
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「食事のときによくむせる」「少し動くとすぐ息が切れる」「入院中に肺炎になったことがある」——脳卒中のあと、こうした呼吸や飲み込みに関するご相談をいただくことがあります。脳卒中では、手足の麻痺だけでなく、呼吸に関わる筋肉(呼吸筋・こきゅうきん)の力が落ちることが知られています。そこで近年、専用の器具を使って呼吸筋をきたえる「呼吸筋トレーニング」が、リハビリの一つとして注目されています。この記事では、呼吸筋トレーニングとは何か、研究で分かっていること、向いている人・注意したい人、実施の目安を、患者さんとご家族に向けて、できることと分かっていないことを分けながら正直に整理します。
・複数の研究をまとめた解析では、呼吸に関わる合併症(肺炎など)の起こりやすさが下がった、飲み込みのときの誤嚥(ごえん)が減った、という報告があります1。
・吸気筋(息を吸う筋肉)の力や横隔膜(おうかくまく)の働き、運動の持久力に短期間で良い変化が報告されていますが、その多くは短期の結果で、数か月後まで続くかははっきりしていません2,3。
・研究の数はまだ限られ、対象人数の少ない試験が中心です。効果を保証できる段階ではありません1,2,3。
・むせや息切れが気になるときは、自己判断で強い負荷をかけず、まず主治医やリハビリ専門職に相談することが大切です。
呼吸筋トレーニング(RMT:respiratory muscle training)とは、息を吸うときや吐くときに使う筋肉に、専用の器具でわざと軽い抵抗(負荷)をかけて行う練習のことです。ちょうど、腕や脚の筋トレでダンベルを使うように、呼吸の筋肉に「軽い重り」をかけるイメージです。息を吸う筋肉をきたえるものを吸気筋トレーニング(IMT:inspiratory muscle training)、息を吐く筋肉をきたえるものを呼気筋トレーニング(EMT:expiratory muscle training)と呼びます。手のひらに乗るくらいの小さな器具(呼吸抵抗を調整できるトレーナー)を口にくわえ、決められた回数だけ吸ったり吐いたりします。
脳卒中のあとは、体を支える筋肉だけでなく、呼吸に関わる筋肉や、呼吸を助ける横隔膜(おうかくまく:肺の下にあるドーム状の筋肉)の働きが落ちることがあります。呼吸筋の力が下がると、深く息が吸いにくくなったり、しっかり咳(せき)ができずに、のどに入りかけたもの(唾液や食べ物)を押し戻しにくくなったりします。これが、むせ(誤嚥)や、肺炎などの呼吸に関わる合併症につながることがあります。呼吸筋トレーニングは、こうした呼吸や咳、飲み込みに関わる力に働きかけることを目的に用いられます。呼吸筋トレーニングは、体を起こして活動を広げていく時期のリハビリと組み合わせて行われることが多く、早い時期から体を動かし始める考え方については、脳卒中後の早期離床について解説した記事もあわせて参考になります。
結論から正直にお伝えすると、呼吸筋トレーニングは「呼吸の筋肉の力や、飲み込み・呼吸に関わるいくつかの指標に、短期間で良い変化が報告されている」一方で、「研究の数はまだ限られ、効果がどのくらい続くかははっきりしていない」段階です。まったく手立てがないわけではありませんが、「これをすれば必ず良くなる」と言い切れるほどの強い根拠はまだそろっていません。
別のメタアナリシスでは、9件の研究(合計463名)をまとめ、運動を続けられる持久力(運動耐容能)が高まった(標準化平均差0.65)、息を吸う筋肉の力(吸気筋力)が高まった(同0.65)、横隔膜の厚みが増した(同0.9)などの変化が、短期間の時点で報告されています2。吸気筋トレーニングにしぼった別のレビューでも、吸気筋の力の指標が高まったと報告されています4。ただし著者らは、これらの変化は中期(数か月後)の時点では保たれていなかったと述べており、効果の質は「中程度〜低い」と評価しています2。さらに、横隔膜の働きに注目した6件の研究(合計246名)をまとめた解析でも、麻痺側の横隔膜の動きや厚みが増したと報告されていますが、こちらも介入期間は4〜6週間が中心で、長期の追跡データはありません3。
研究で比較的見えやすいのは、練習を続けた直後に、息を吸う筋肉の力(吸気筋力)や横隔膜の働き、運動を続けられる持久力といった指標が少し良くなる、という短期の変化です2,3。また、飲み込みのときに、のどにものが入りかける度合いや、肺炎などの呼吸に関わる合併症の起こりやすさが下がったという報告もあります1。
一方で注意したいのは、これらの変化が「大きく」「長く続く」とは限らない点です。咳の強さや、肺の機能(1秒間に吐ける息の量など)、口から食べられる度合いでは、はっきりした差が見られなかった報告もあります1,2。また、良い変化の多くは短期のもので、時間が経つと差が薄れていく傾向も指摘されています2。呼吸筋トレーニングは「一度やれば終わり」ではなく、体力づくりや活動量を保つ取り組みと組み合わせて、無理のない範囲で続けていく視点が大切です。息切れや持久力に関わる有酸素運動の考え方については、脳卒中後の有酸素運動について解説した記事もあわせてご覧ください。
食事のときにむせやすい、しっかり咳ができない、少しの活動で息切れしやすい、肺炎を繰り返したことがある——こうした呼吸や飲み込み、体力に不安がある方では、担当の専門職の評価のうえで、呼吸筋トレーニングを取り入れることを検討する場面があります。脳卒中のあとの呼吸筋の弱さは見えにくく、本人も気づきにくいため、まずは専門職が状態を確認することが出発点になります。
研究で用いられてきた方法は、専用の器具に、その人が最大限に吸える力(最大吸気圧)の3割前後の負荷を設定し、1日に決められた回数を、週に数回、数週間続けるものが多く見られます1,2。介入期間はおおむね4〜6週間程度で組まれた研究が中心です3。ただし、これらはあくまで研究での一例で、最適な負荷・回数・期間がはっきり定まっているわけではありません。負荷が強すぎれば疲れやリスクにつながり、弱すぎれば手応えが乏しくなるため、その人の呼吸筋の力や体調に合わせた設定が欠かせません。
大切なのは、回数の多さそのものより、無理のない負荷で安全に続けられることです。呼吸筋トレーニングだけを切り出すのではなく、体を起こして動く時間を増やす、体力づくりの運動を組み合わせる、飲み込みや食事の工夫を並行する、といった全体の取り組みの中に位置づけていくのが現実的です。具体的な負荷設定や回数は、担当の専門職とその時期の状態に合わせて相談しながら決めていくことをおすすめします。
現場では、器具を使う場合も「強く吹く・吸う」ことだけに意識が向くと続きにくく、息苦しさや疲労が出ることがあります。そのため、体調、血圧、むせの頻度、疲れの残り方を見ながら、無理のない負荷と回数に調整することを大切にしています。肺炎を繰り返している方、強い息切れがある方、嚥下の不安が大きい方では、リハビリだけで判断せず、主治医や関連職種と確認しながら進める必要があります。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Fabero-Garrido R, Del Corral T, Angulo-Díaz-Parreño S, et al. Respiratory muscle training improves exercise tolerance and respiratory muscle function/structure post-stroke at short term: A systematic review and meta-analysis. Ann Phys Rehabil Med. 2022;65(5):101596. DOI:10.1016/j.rehab.2021.101596. PMID:34687960.
3. Chen J, Yin Y, Xu J, Lv P, Li W. Effect of respiratory muscle training on diaphragm function in stroke patients: a systematic review and meta-analysis. Front Med. 2025;12:1694356. DOI:10.3389/fmed.2025.1694356. PMID:41641249. PMCID:PMC12866612.
4. Menezes KKP, Zhang X, Zheng Y, et al. Can inspiratory muscle training benefit patients after stroke? A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Clin Rehabil. 2020;34(9):1131-1140. DOI:10.1177/0269215520926227. PMID:32493056.
5. Wu F, Liu Y, Ye G, Zhang Y. Respiratory Muscle Training Improves Strength and Decreases the Risk of Respiratory Complications in Stroke Survivors: A Systematic Review and Meta-analysis. Arch Phys Med Rehabil. 2020;101(11):1991-2001. DOI:10.1016/j.apmr.2020.04.017. PMID:32445847.
6. Hao X, Yang Y, Qin Y, et al. The Effect of Respiratory Muscle Training on Swallowing Function in Patients With Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. West J Nurs Res. 2024;46(5):389-401. DOI:10.1177/01939459241242533. PMID:38545931.
