田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学) 東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍 初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の情報提供とは?本人・家族が「知ること」に関する研究と限界を正直に解説
「病院では説明を受けたはずなのに、家に帰ったら何も分からなくなった」——退院後のご本人やご家族から、本当によくうかがう言葉です。脳卒中は、突然起こり、その後の生活が大きく変わります。にもかかわらず、いちばん情報が必要な時期は、いちばん頭が働きにくい時期でもあります。この記事では、脳卒中の後に「情報を得ること」そのものについて、研究で分かってきたことと、まだはっきりしないことを整理します。結論から言うと、渡し方が重要です。資料を一度渡すだけの形より、専門職とやりとりしながら繰り返し確認していく形のほうが、知識や気持ちの面で良い結果が報告されています1 。
情報は、一方的に受け取るだけでなく対話しながら整理します。
この記事の要点
・33件の無作為化比較試験、ご本人5,255人・ご家族3,134人をまとめたCochraneの系統的レビュー(2021年)があります1 。 ・専門職がやりとりしながら繰り返し確認する「能動的な渡し方」では、ご本人の知識(標準化平均差0.41、95%信頼区間0.17〜0.65)や、抑うつの指標(HADS-D 平均差 −0.8、−1.27〜−0.34)で良い方向の結果が示されました1 。 ・一方、資料を一度渡すだけの「受け身の渡し方」では、知識に明らかな差はなく(0.23、−0.23〜0.69)、不安や抑うつの指標はむしろわずかに悪い方向の値でした1 。 ・ただし証拠の確かさは、抑うつの指標を除いて多くが「低い」または「非常に低い」評価であり、変化の幅も小さく、著者らは「重要と言えるほどの差ではないかもしれない」と述べています1 。 ・自己管理を支える取り組み全体を整理したレビューでも、目標設定や問題解決を含むリハビリの中で情報を扱う形が有望とされています3 。まずは担当の専門職に、分からないことを言葉にして伝えるところからで十分です。
SECTION 01
脳卒中後の情報提供とは
ここでいう情報提供とは、脳卒中という病気そのもの、後遺症、リハビリの内容、使える制度やサービス、退院後の生活、再発に関わる注意点などについて、ご本人とご家族が知る機会を持つことを指します1 。パンフレットや冊子を渡す、説明の時間を設ける、面談を重ねる、電話で確認する、といった形がすべて含まれます。
研究の世界では、この渡し方を大きく2つに分けて扱います。ひとつは「能動的な渡し方」で、専門職とのやりとりを伴い、後日あらためて確認する機会が組み込まれているものです。もうひとつは「受け身の渡し方」で、資料を一度渡して終わり、その後の確認がないものです1 。この区別が、後で見るように結果を大きく分けます。
情報を得ることは、それ自体が目的というより、その後の選択や行動の土台になります。自分の状態を把握したうえで、何を目指すかを一緒に決めていく流れについては脳卒中後の協働的な目標設定について解説した記事 で紹介しています。
SECTION 02
研究で分かっていること
結論から正直にお伝えすると、「やりとりを伴う形で情報を届けると、知識や気持ちの面で良い方向の結果が出やすい」一方で、「変化の幅は小さく、証拠の確かさも限られる」というのが現状です。
Cochraneの系統的レビュー(2021年)
脳卒中の当事者とご家族への情報提供を調べた33件の無作為化比較試験(ご本人5,255人、ご家族3,134人)が集められました。能動的な渡し方では、ご本人の知識で標準化平均差0.41(95%信頼区間0.17〜0.65、3件)、不安の指標(HADS-A)で平均差 −0.73(−1.10〜−0.36、6件)、抑うつの指標(HADS-D)で −0.8(−1.27〜−0.34、8件)と、いずれも良い方向の結果でした。証拠の確かさは、抑うつの指標のみ「中程度」、それ以外は「低い」と評価されています1 。
「渡すだけ」では結果が違った
同じレビューで、資料を一度渡すだけの受け身の渡し方を調べた部分では、知識の標準化平均差は0.23(−0.23〜0.69、3件、証拠の確かさは非常に低い)で、明らかな差とは言えませんでした。さらに、不安の指標は平均差0.67(−0.37〜1.71)、抑うつの指標は0.39(−0.61〜1.38)と、値としてはむしろ悪い方向でした。著者らは、受け身の渡し方は不安や抑うつの指標を「わずかに悪くする可能性がある」と述べています。ご家族に対する結果は、能動的な渡し方でも知識0.68(−0.03〜1.39)などばらつきが大きく、全体として不確かなままです1 。なお、この結論はレビューの版を重ねる中で積み上げられてきたもので、以前の版でも同様の方向性が示されていました2 。
自己管理を支える取り組みの中での位置づけ
脳卒中後の自己管理支援を対象に、13件の系統的レビュー(101件の無作為化比較試験を含む)を整理したメタレビュー(2015年)では、発症後早い時期のリハビリの中で、問題解決・意思決定・目標設定といった要素とあわせて情報を扱う形について、比較的質の高い根拠があるとまとめられています。能動的な情報提供も、有望な要素のひとつとして挙げられました。一方で、生活の質に関しては、質の高い3件のレビューのいずれも明確な差を示せていません
3 。情報だけで生活が変わるわけではない、という点は押さえておく必要があります。日々の過ごし方を自分で組み立てていく取り組みについては
脳卒中後のセルフマネジメント支援について解説した記事 もご覧ください。
退院後に見返し、分からない点を次の相談につなげます。
SECTION 03
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
エビデンスの質と限界
このテーマの研究には、避けにくい弱点があります。情報を渡す取り組みは、参加者にも評価する側にも内容を伏せることができません。レビューの著者らは、すべての研究で目隠しがなされていないことを、結果の確かさを下げる要因として挙げています1 。また、多くの解析で参加人数が十分ではなく、研究間で結果がばらついていました。能動的な渡し方と受け身の渡し方を直接比べた研究はなく、それぞれを対照群と比べた結果を並べているにすぎない点にも注意が必要です1 。生活の質については、質の高いレビューでも明確な差が示されていません3 。数字の上での差が、実際の暮らしでどれほど感じられるものかは、慎重に受け止める必要があります。
まだ分かっていないこと
現在の研究では、どの時期に、どのくらいの回数、どんな内容を伝えるのが最も役に立つのかは定まっていません1 。急性期の混乱した時期に伝えるべきことと、退院して数か月経ってから知りたくなることは違うはずですが、その使い分けは十分に検証されていません。ご家族への情報提供については、結果のばらつきが大きく、証拠の確かさは非常に低いままです1 。失語症や高次脳機能の問題がある方に、どう伝えれば届くのかという点も、研究として十分ではありません。さらに著者らは、前向きな気持ちの面(well-being)を測った研究がほとんどないことを課題として挙げています1 。「知ること」が長い目で何をもたらすのかは、まだ描ききれていません。
SECTION 04
何が期待でき、何ははっきりしないか
研究をふまえると、情報提供は「やりとりと繰り返しがあってこそ意味を持つ取り組み」と考えるのが現実的です1 。分からないことを言葉にし、それに応じて説明が返ってきて、後日また確認できる。この往復があるかどうかが、結果の分かれ目になっていました。特別な機器も費用もかからない一方で、時間と関わりを必要とする取り組みだと言えます。
一方で、「詳しく知れば気持ちが軽くなる」「情報を集めれば生活が変わる」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません1,3 。不安や抑うつの指標の変化は小さく、著者ら自身が「重要と言えるほどの差ではないかもしれない」と述べています。むしろ、資料だけが一方的に手元に増える状況は、負担になる可能性も示唆されています1 。ご家族の負担そのものへの対応については脳卒中後の家族・介護者の支援について解説した記事 もあわせてご覧ください。
SECTION 05
どんな人に向いているか
研究の対象は、脳卒中を経験したご本人とそのご家族で、急性期から生活期まで幅広く含まれています1 。そのうえで、特に意味が大きいのは、生活の場が変わる時期です。入院から自宅へ、あるいは支援の担当者が変わるとき、それまで当たり前だった説明の機会が突然なくなることがあります。
また、「何を聞けばいいのかが分からない」という状態にある方にも向いています。これは知識がないということではなく、初めての経験で問いが立てられない、という自然な状態です。専門職と一緒に、今の困りごとから問いを形にしていく過程そのものが、能動的な情報提供にあたります。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと
情報を集めることには注意点もあります。インターネット上には、脳卒中に関する情報が大量にあり、根拠のはっきりしないものや、特定の商品・サービスへ誘導するものも混ざっています。断定的な言い切りや、誰にでも当てはまるかのような説明には慎重になったほうがよいでしょう。また、調べれば調べるほど不安が増すという状態は珍しくありません。受け身の情報提供が不安や抑うつの指標をわずかに悪くする可能性が示されていることも、これと無関係ではないかもしれません1 。医学的な判断に関わる内容は、必ず主治医に確認してください。ここで紹介した内容は一般的な情報であり、成果をすべての方に保証するものではありません。
伝わりにくさがある場合は、絵や選択肢も使って確認します。
SECTION 06
実際の進め方の目安
研究で良い結果が出た取り組みに共通していたのは、ご本人とご家族が受け取るだけでなく実際に関わること、そして後日あらためて確認する機会が計画されていることでした1 。この2点は、日常の中でも取り入れられます。たとえば、聞きたいことを短くメモしておき、次に専門職と会うときに渡す。説明を受けたら、その場で「つまりこういうことですか」と自分の言葉で言い直してみる。1回で分からなくて当然なので、次回もう一度聞く前提でいる。こうした小さな往復が、能動的な形に近づきます。
回数や期間について、研究で定まった基準はありません。生活の場が変わる前後、体の状態が変わったとき、支援の担当者が変わるときなど、節目にあわせて確認する機会を持つのが現実的です。そして、得た情報を「次に何をするか」に結びつけることが大切です。目標や予定と結びつかない情報は、残りにくいというのが正直なところです3 。
SECTION 07
Journey Rehabでの現場経験
当施設でのリアルな経験
訪問リハビリでご一緒するなかで、退院時に渡された資料の束がそのまま袋に入ったまま置かれている、という場面に出会うことがあります。読まなかったからではなく、量が多すぎて、どこから見ればよいか分からなかった、というお話がほとんどです。私たちは、その日の困りごとに関係する部分だけを一緒に開き、必要なところに印を付けるようにしています。一度の説明で伝わりきることは少ないので、次の訪問でもう一度同じ話題に戻ることも多くあります。一方で、情報をお伝えすればそれだけで気持ちが軽くなるわけではなく、かえって考えることが増えてしまう方もいらっしゃいます。何をどこまでお伝えするかは、その方の様子を見ながら決めるようにしています。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
今の状態や生活の困りごとを一緒に確認しながら、リハビリの進め方を相談できます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨を目的とするものではありません。病状の見通しや薬、再発に関わる医学的な判断は、主治医に確認してください。制度やサービスの利用条件は地域や時期によって異なるため、担当のケアマネジャーや市区町村の窓口にお問い合わせください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格 修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836 東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍 経歴 2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事 2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立 2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中 研究活動 第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表 論文執筆 田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
パンフレットをもらうだけでは意味がないのですか?
意味がないとまでは言えませんが、研究では、資料を一度渡すだけの形では知識に明らかな差が出ませんでした。誰かとやりとりし、後日もう一度確認できる形のほうが、良い結果が報告されています。資料は「後で一緒に見る材料」と考えるとよいかもしれません。
何を聞けばよいか分かりません。
それで問題ありません。まずは「今いちばん困っていること」をひとつ挙げてみてください。そこから、必要な問いを専門職と一緒に形にしていけます。分からないことが分からない状態は、初めての経験では自然なことです。
調べるほど不安になります。どうすればよいですか?
よくあることです。研究でも、受け身の情報提供では不安や抑うつの指標がわずかに悪い方向の値でした。情報源を絞り、疑問は書き留めて次の受診やリハビリのときに直接確認する形にすると、負担が軽くなることがあります。不安が強いときは主治医に相談してください。
家族向けの情報はどこで得られますか?
病院の相談窓口、地域包括支援センター、担当のケアマネジャーなどが窓口になります。研究上は、ご家族への情報提供の結果はばらつきが大きく不確かなままですが、相談先を持っておくこと自体は現実的な備えになります。
失語症があると説明が届きにくいのではありませんか?
伝え方の工夫が必要になります。短い文、絵や写真、選択肢を示すなどの方法があります。ただし、どの方法がどれだけ有効かを比べた研究は十分ではありません。担当の言語聴覚士やリハビリ専門職に、伝え方の相談をしてみてください。
いつ説明を受けるのがよいですか?
研究で定まった時期はありません。実務的には、退院前後、支援の担当者が変わるとき、体の状態が変わったときなど、節目にあわせて確認する機会を持つのが現実的です。一度で終わらせず、繰り返す前提でいることが大切です。
情報を得れば生活は変わりますか?
情報だけで変わるとは言えません。生活の質について、質の高いレビューでは明確な差が示されていません。情報を、目標や実際の行動に結びつけていくことが大切だと考えられています。
REFERENCES
参考文献
1. Crocker TF, Brown L, Lam N, Wray F, Knapp P, Forster A. Information provision for stroke survivors and their carers. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2021. DOI:10.1002/14651858.CD001919.pub4. PMID:34813082. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34813082/ 2. Forster A, Brown L, Smith J, House A, Knapp P, et al. Information provision for stroke patients and their caregivers. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2012. DOI:10.1002/14651858.CD001919.pub3. PMID:23152210. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23152210/ 3. Parke HL, Epiphaniou E, Pearce G, Taylor SJC, et al. Self-Management Support Interventions for Stroke Survivors: A Systematic Meta-Review. PLoS One. 2015. DOI:10.1371/journal.pone.0131448. PMID:26204266. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26204266/