東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
研究で分かっていることと限界を正直に解説
「抗がん剤治療のあと、手足の先がしびれてボタンがかけにくい」「足の裏の感覚が鈍くて、つまずきやすくなった」——化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy、CIPN)は、タキサン系・プラチナ製剤などの抗がん剤治療後に手足の先端に生じるしびれ・感覚の変化・痛みで、生活の質やバランス、転倒リスクにも影響することがあります。
この記事では、CIPNに対する運動療法について、複数のシステマティックレビュー・メタアナリシス・ネットワークメタアナリシスの結果をもとに、どこまで効果が確認されていて、何がまだ分かっていないのかを正直に整理します。
最終更新日:2026年8月27日
最新レビュー日:2026年8月27日
CIPNの運動療法は、がん治療中・治療後の全身状態や血液検査の値(血小板数・白血球数など)を踏まえて実施の可否を判断する必要があります。この記事は一般的な情報提供が目的で、特定の運動方法を保証するものではありません。実施を検討する場合は、必ず主治医・がんリハビリの専門職にご相談ください。
CIPN(化学療法誘発性末梢神経障害)は、タキサン系薬剤(パクリタキセルなど)やプラチナ製剤(オキサリプラチンなど)といった一部の抗がん剤の副作用として、手足の先端の末梢神経が傷つくことで起こります。代表的な症状は、手足のしびれ・ピリピリ感・感覚の鈍さ・痛みで、進行すると細かい作業がしにくくなったり、足元の感覚が分かりにくくなってふらつき・転倒につながることもあります。糖尿病による末梢神経障害と症状が似ている部分もあり、当施設のブログでも糖尿病性末梢神経障害と運動・バランス訓練について解説した記事で近い内容を取り上げています。
CIPNに対する薬物療法の選択肢は限られており、有効性が確立した薬剤は多くありません。そのため、運動療法(有酸素運動・筋力トレーニング・バランス運動・感覚運動訓練など)が、症状の緩和や生活の質の維持を目的とした選択肢として、この数年で多くの研究が積み重ねられてきました。

2023年に発表されたメタアナリシス(15件のRCT、乳がん・リンパ腫・大腸がん・肺がん・血液がん・婦人科がんなど1124名を統合)では、化学療法終了後に行うストレッチ・バランス運動・ヨガ・感覚運動訓練・筋力トレーニング・有酸素運動などの運動療法によって、CIPNの総症状スコアが有意に改善したと報告されています(標準化平均差-0.62、95%信頼区間-0.99〜-0.24)1。手足のしびれ(SMD -0.19)、ピリピリ感(SMD -0.27)、痛み(SMD -0.40)にも統計的に意味のある改善が見られ、生活の質の総合スコアはSMD 0.67(95%CI 0.41〜0.94)、バランス能力はSMD 0.88(95%CI 0.50〜1.25)と、比較的大きな効果量が示されました1。
24件の研究・19種類の運動介入を比較したネットワークメタアナリシス(2025年)では、有酸素運動、バランス運動、レジスタンス運動、感覚運動を組み合わせる方法が有望と報告されました2。ただし、異なる運動を間接的に比較する解析であり、個々の順位を「最善の方法」と断定できるわけではありません。運動の組み合わせは、症状、治療経過、体力、転倒リスクに応じて調整する必要があります。
これらの結果を総合すると、「運動療法はCIPNの症状・生活の質・バランス能力に一定の関連がある」と言えそうですが、単一の運動より複数の要素を組み合わせた運動の方が効果的である可能性が示唆されており、どの組み合わせが個々の患者さんに最適かは、まだ研究間で完全に一致していません。
これまで紹介した研究は、いずれも化学療法が終わったあとに運動療法を行った場合の効果でした。一方、「化学療法が始まる前・治療中から運動を始めておくことで、CIPNの発症や重症化を防げるのか」という予防の観点からの研究も進んでいます。
タキサン系薬剤による治療を受ける乳がんの女性を対象にした2025年のメタアナリシス(10研究・896名、うちCIPN症状の解析は4RCT・171名)では、化学療法の1週間前または治療中から始めるレジスタンス運動と有酸素運動の組み合わせ、ヨガ、神経グライディング運動(神経を滑らせるように動かすストレッチ)などによって、通常ケアと比べてCIPN症状が有意に軽減したと報告されています(標準化平均差-0.71、95%CI -1.24〜-0.17、エビデンスの質は中程度)3。
2022年のメタアナリシス(8RCT・618名)でも、化学療法開始時からの運動により生活の質を保てる可能性が報告されています4。一方、含まれた研究にバイアスリスクの低いものはなく、CIPNそのものを予防できると断定できる段階ではありません。予防目的で始める場合も、治療計画と血液検査、疲労、痛み、転倒リスクを主治医と共有して判断します。
2023年のメタアナリシスでは、含まれた15研究の質は「中等度」と評価されましたが、ランダム化の方法を適切に報告していたのは12件、盲検化を報告していたのは4件のみでした。総症状スコアについてはGRADE評価で「非常に質の低いエビデンス」と判定され、その理由として研究間の異質性(統計的なばらつき)、出版バイアス、バイアスリスクが挙げられています1。予防的な運動療法を検討した2025年のメタアナリシスでも、CIPN症状の解析における異質性はI²=76.9%と高く、著者らは「介入内容の多様性が結果の頑健性に疑問を投げかけている」と述べています3。
ネットワークメタアナリシスでは、運動の頻度・期間・1回あたりの時間、指導の有無、がんの種類、抗がん剤の種類、年齢がCIPNへの効果に有意な影響を与えることが示されています2。つまり、「この運動をすれば誰にでも効く」という単純な話ではなく、対象者ごとに最適な組み合わせが異なる可能性があるということです。研究に含まれた運動療法の頻度は週1〜7回、1回15〜60分、介入期間は2〜36週間と幅が非常に大きく、統一されたプロトコルはまだありません1。
がんの種類・抗がん剤の種類・治療中か治療後かによって、運動療法がどこまで効果を発揮するのかは、現時点では十分に分かっていません。また、多くの研究で有害事象(転倒やケガなど)の報告が不十分であることも、著者らが繰り返し指摘している限界です1。

紹介した研究の多くは、がん治療の専門医療機関で、全身状態を確認しながら実施されています。どのがん種・抗がん剤・重症度の方に最も向いているかは、まだ研究間で一致した結論が出ていません。ご自身に合うかどうかは、必ず主治医・がんリハビリの専門職と相談しながら判断することが大切です。転倒予防の考え方については、当施設のブログでもバランスと転倒対策について解説した記事で取り上げています。
・予防的な運動療法を検討した研究:化学療法開始の1週間前、または治療中から開始し、介入期間2〜12か月3
・ネットワークメタアナリシス:運動の頻度・期間・1回あたりの時間が効果に影響する可能性2
研究によって運動の種類・頻度・期間はさまざまで、「これが正解」という統一的な基準はまだありません。がん治療の経過(治療前・治療中・治療後)によっても体調が大きく変わるため、いつ、どのくらいの強度で始めるかは、主治医・専門職と相談しながら決めることをおすすめします。
CIPNについてご相談を受ける際は、主治医からの情報、治療経過、血液検査、転倒歴などを確認し、対応可能な範囲を個別に判断します。必要に応じて医療機関やがん相談支援センターへの相談を優先し、運動を行う場合はバランス、歩行、生活動線の安全確認から始めます。
がん治療中・治療後の体調は日によって変わりやすいものです。訪問リハビリでは、その日の体調に合わせて無理のない範囲で、できることを一つずつ確認していく視点を大切にしています。

化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)に対する運動療法は、複数のメタアナリシスで、症状・生活の質・バランス能力に一定の改善が報告されています。化学療法前後から予防的に行う運動でも、症状軽減や生活の質の維持に有望な結果が示されていますが、研究の質にはばらつきがあり、最適な運動の種類・頻度・期間はまだ確立していません。過度な期待をせず、主治医・専門職と相談しながら、体調に合わせて検討することが大切です。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。CIPNへの運動療法の適応・安全性は、がん治療の経過や全身状態によって個々に異なります。実施を検討する場合は、必ず主治医・がんリハビリの専門職へ相談してください。研究データは執筆時点のものであり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
