東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
研究で分かっていることと日本での位置づけを正直に解説
「麻痺した足首が硬くて、歩くときにつま先が引っかかる」「手首や指がぐっと曲がったまま伸ばしにくい」——脳卒中後の痙縮(つっぱり・こわばり)は、ご本人にもご家族にも負担の大きい症状です。海外の研究では、この痙縮に対して「ドライニードリング」という細い針を筋肉に刺す方法が試されており、日本語のインターネット上でも目にする機会が増えてきました。
この記事では、脳卒中後の痙縮に対するドライニードリングについて、実際に発表されている研究をもとに、どこまで分かっていて何が分かっていないのか、そして日本で受けようとした場合に何を知っておくべきかを整理します。結論から言うと、短期的な筋緊張の低下を示した研究はある一方で、生活動作そのものへの効果や長期的な影響ははっきりしておらず、日本では実施できる職種が法律上限られる、というのが現時点の状況です。
最終更新日:2026年8月28日
最新レビュー日:2026年8月28日
ドライニードリングは皮膚に針を刺す行為です。日本では、身体に針を刺す施術は「はり師」の国家資格を持つ方の業務範囲であり、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が行うことはできません。Journey Rehabでもこの施術は提供していません。この記事は海外の研究状況を一般的な情報としてお伝えするもので、特定の施術をおすすめするものではありません。検討される場合は必ず主治医にご相談ください。
ドライニードリング(dry needling)は、薬剤を注入しない細い針を、緊張した筋肉やその中の圧痛点に直接刺す方法です。「ドライ(乾いた)」という名前は、注射のように薬液を注入しない、という意味からきています。海外では主に理学療法士が用いる手技として広まり、筋骨格系の痛みに対して使われてきました。脳卒中後の痙縮に対しては、麻痺した側のふくらはぎや前脛骨筋、手首を曲げる筋肉などが対象になります。
東洋医学の鍼治療と針を使う点は共通していますが、考え方の出発点が異なります。鍼治療は経穴(ツボ)と経絡という伝統医学の体系に基づいて刺入部位を決めるのに対し、ドライニードリングは筋肉の解剖学的な位置や硬さを手がかりに刺入部位を決めます。ただし実際には刺す場所が重なることも多く、両者を明確に区別できるのかについては専門家の間でも議論があります。脳卒中後の鍼治療については、当施設のブログでも脳卒中後の鍼治療について解説した記事で研究状況を取り上げています。
なぜ針を刺すと筋緊張が下がる可能性があるのか、その仕組みはまだ完全には解明されていません。研究では、針の刺激によって脊髄反射の興奮性が一時的に低下する可能性が示唆されています。ある研究では、施術の前後で脊髄反射の指標(H反射の振幅)が2.74mVから1.34mVへ低下したと報告されています3。ただし、この研究は対照群を置かない単一グループの前後比較であり、施術直後の測定に限られています3。

脳卒中後の痙縮に対するドライニードリングは、2020年前後から比較試験が積み重ねられてきました。ここでは、内容を詳しく確認できた研究を中心に紹介します。
脳卒中発症からおよそ6か月の20名(平均49.3歳)を2群に分け、10名には超音波で位置を確認しながら前脛骨筋と後脛骨筋へ1分ずつ針を刺したうえで60分の神経リハビリテーションを行い、残り10名には同じ60分のリハビリのみを行いました1。その結果、針を用いた群では筋緊張の指標(MMAS)が有意に低下し(p<0.001)、立ち上がって3m歩いて戻る時間を測るTimed Up and Goテストでも群間に有意差が認められました(F=22.71、p<0.001)1。
ただしこの研究は各群10名と小規模で、施術は1回のみ、評価も同じ日の前後に限られています1。対照群には偽の針刺激(シャム)が置かれておらず、効果がどこまで針そのものによるものかは判別できません1。著者自身も追跡期間の短さを限界として挙げ、効果が持続するかどうかは分からないと述べています1。
同じく超音波で位置を確認しながらヒラメ筋へ1回施術した研究では、30名を対象に施術前後を比較し、筋緊張の指標(MMAS)が3.0から1.53へ、脊髄反射の指標が2.74mVから1.34mVへ低下したと報告されています(いずれもp<0.001)3。ただしこの研究には比較する対照群がなく、測定も施術直後のみです3。対照群がない研究では、時間経過や測定者の期待による変化と、施術そのものの影響を分けることができません。
これらの個別の試験をまとめた解析も報告されています。2026年に発表されたシステマティックレビュー・メタアナリシス(11件のランダム化比較試験・276名)では、対照群と比べて筋緊張の指標が平均0.65ポイント低下し、上肢では0.40ポイント、下肢では1.02ポイント、特に足関節を底屈させる筋(ふくらはぎ)で1.05ポイントと、下肢でより大きい傾向が報告されました4。この解析では、エビデンスの確実性は対象人数の少なさと盲検化の不十分さから「中程度から低い」と評価されています4。
2021年に発表された別のシステマティックレビュー・メタアナリシス(7件の研究)では、短期の追跡で筋緊張(標準化平均差 −1.01、95%信頼区間 −1.68〜−0.34)と痛み(同 −1.01、95%信頼区間 −1.73〜−0.30)に差が報告された一方、4週後の時点では筋緊張への差は認められず、運動機能そのものへの効果も確認されませんでした(標準化平均差 0.16、95%信頼区間 −0.13〜0.44)5。つまり、複数の解析が共通して示しているのは「短期的に筋緊張の指標が下がる可能性」であり、「その先の生活動作が変わる」ところまでは示されていない、という点です。
針を刺す方法である以上、安全性は効果と同じくらい重要です。脳卒中の患者さんに対するドライニードリングの安全性を整理したスコーピングレビューが2024年に発表されています2。
対象となった25件の研究には計706名が含まれ、そのうち369名が実際に施術を受けていました2。含まれた研究のいずれからも、重篤な有害事象の報告はありませんでした2。
一方、報告された出来事としては、施術後の痛み(ある研究では8例中5例で最大72時間持続)、手足が重く感じる違和感が数時間続くこと、皮下の内出血3件、局所の赤みや発汗といった反応、そして血圧低下を伴う数秒間の失神が2例、といった内容が挙げられています2。
ただし著者らが強調しているのは、25件のうち有害事象について報告していたのはわずか6件だった、という点です2。報告がないことは「起きなかった」ことと同じではありません。著者らは、脳卒中患者への安全性に関する文献が乏しく、根拠は不十分であると結論づけています2。
脳卒中の後は、再発予防のために血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬・抗血小板薬)を服用している方が少なくありません。このレビューでは、4件の試験が抗凝固薬を施術の禁忌としていた一方、他の研究では服薬を中断せずに実施されており、ガイドライン間でも扱いが一致していないことが示されています2。また、深い筋肉や大きな血管の近くでは超音波で位置を確認しながら行うことが望ましいとされていますが、レビュー対象25件のうち超音波を使っていたのは3件のみでした2。服薬中の方にとって、この不一致は無視できない情報です。
・針を刺す施術は、受ける側にも施術する側にも「今、針を刺している」ことが分かってしまうため、盲検化が難しく、期待による影響を完全には除けません4。
・2020年に発表されたシステマティックレビューでは、対象人数・対照群の設定・施術する筋肉・評価指標が研究ごとに大きく異なり、数値をまとめること自体ができなかったと報告されています6。
・研究ごとに施術回数が1回から20回まで幅があり、間隔や対象筋もそろっていません2。
・筋緊張の数値が下がることが、歩きやすさや手の使いやすさといった生活の変化につながるのか。運動機能への効果は今のところ確認されていません5。
・どのような方に向いているのか。発症からの時期、麻痺の重さ、痙縮の程度による違いは十分に検証されていません。
・最適な回数・間隔・刺入する筋肉の組み合わせ。研究間でばらつきが大きく、標準的な方法が定まっていません2。
・血液を固まりにくくする薬を服用している方への安全性。専門家の間でも見解が分かれています2。
研究全体としては一定の傾向が見えつつありますが、対象者や施術内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。「筋緊張の指標が下がった」という報告と、「日常生活が楽になった」ということの間には、まだ埋まっていない距離があります。


ここが、海外の研究を読むうえで最も注意していただきたい点です。紹介した研究の多くは、スペイン・イラン・インドなど、理学療法士が針を扱える国で行われています。日本では制度が異なります。
日本では、身体に針を刺す施術は「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」に基づき、はり師の国家資格を持つ方の業務範囲とされています。理学療法士・作業療法士がこの施術を行うことはできません。海外の論文で「physiotherapist(理学療法士)が実施した」と書かれていても、日本ではそのまま同じ職種が実施できるわけではない、という点にご注意ください。
したがって日本で類似の施術を受けたい場合、窓口は鍼灸院や、はり師が在籍する医療機関ということになります。その際は、脳卒中後の痙縮に対する経験があるか、血液を固まりにくくする薬を服用していることを伝えたうえで判断してもらえるか、主治医と情報を共有できるかを確認されるとよいと思います。Journey Rehabではこの施術は提供していません。
痙縮への対応は、ドライニードリング以外にも複数の選択肢があります。医師が行う治療としては、痙縮のある筋肉に薬剤を注射する方法や内服薬があり、リハビリ職が関わる範囲では、関節を動かす練習、装具の調整、電気刺激、姿勢の管理などが組み合わされます。
当施設のブログでは、脳卒中後の体外衝撃波治療について解説した記事や、痙縮に対して自宅でできるリハビリの進め方はこちらでも、それぞれの方法の研究状況を取り上げています。どの方法にも得意な場面と限界があり、「これさえやれば」という単独の答えはありません。
現場で感じるのは、痙縮そのものの数値を下げることと、その方が困っている場面(靴が履きにくい、装具を着けるときに足首が硬い、夜間につっぱって眠りにくいなど)を減らすことは、必ずしも同じではないということです。何にいちばん困っているのかを具体的にすることが、方法を選ぶ前の出発点になります。
訪問リハビリの場では、「鍼に通っているけれど、リハビリと両方続けてよいですか」「つっぱりに鍼を試してみたい」という相談を受けることがあります。当施設ではドライニードリングや鍼施術そのものは行っていません。そのため、受ける・受けないをこちらだけで決めるのではなく、脳卒中後であることや服薬内容を主治医と施術者の双方に伝え、運動を中心としたリハビリは土台として続けるようお話ししています。実際には、鍼を受けた後に「体が軽く感じる」と話される方がいる一方で、大きな変化を感じない方もいます。また、つっぱり感が一時的に軽くても、靴の着脱、装具の装着、立ち上がりや歩行といった生活動作が同じように変わるとは限りません。私たちは筋緊張の強さだけで判断せず、本人がどの場面で困っているかを実際のご自宅で確認し、一つの施術に頼りきらない進め方を大切にしています。
Journey Rehabは訪問型のリハビリのため、ご自宅で実際に靴を履く、装具を着ける、床から立ち上がるといった場面を一緒に確認できます。痙縮そのものへの施術を行うのではなく、その方が生活の中で困っている場面を具体的にし、そこに対して身体の使い方や環境をどう調整できるかを一緒に考えていくことを大切にしています。医療的な治療が必要と考えられる場合は、主治医への相談をおすすめしています。
脳卒中後の痙縮に対するドライニードリングは、短期的に筋緊張の指標が下がったという報告が複数あり、特に下肢・足関節周囲で差が大きい傾向が示されています14。一方で、4週後には差が確認されなかった解析があり5、運動機能そのものへの効果も現時点では確認されていません5。安全性についても、重篤な有害事象の報告はない一方、そもそも有害事象を報告している研究が少なく、根拠は不十分とされています2。加えて日本では、針を刺す施術ははり師の業務範囲であり、リハビリ職が実施することはできません。関心をお持ちの場合は、まず主治医にご相談ください。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。針を用いる施術は、日本では法律上、実施できる資格が定められています。服薬内容や合併症によって適否は個々に異なります。実施を検討する場合は、必ず主治医・リハビリ専門職へ相談してください。研究データは執筆時点のものであり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
