
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脳卒中の後、手足の麻痺やつっぱりに鍼(はり)は効くの?」——リハビリを続ける中で、鍼治療(鍼灸・はり治療)を検討する方やご家族は少なくありません。中国を中心に多くの研究が行われてきたテーマですが、その内容や結論を正しく知る機会は多くないと思います。この記事では、脳卒中後の鍼治療について、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、良い変化を報告した研究がある一方で、研究の質にばらつきが大きく、「鍼をすれば確実に良くなる」と言い切れる段階ではありません。

・31件の研究(約2,257名)をまとめた大規模な総説では、鍼を加えた群で生活の自立度や運動機能の検査成績が良かったと報告されましたが、研究の質は「非常に低い〜低い」とされ、そのまま日常的にすすめる根拠には足りないと結論づけられています1。
・別の総説では、リハビリに鍼を加えても運動の回復に上乗せの効果はみられず、自立度へのわずかな良い変化は「見かけ上の効果」の可能性が指摘されています2。
・脳卒中後の肩の痛みでは、鍼と通常のリハビリの効果は同じくらいで、どちらが優れているとは言えないとされています3。
・多くの研究が中国の単施設・小規模で、質にばらつきがあり、結果の解釈には注意が必要です1,2,3。
・重い副作用の報告は少ないものの、安全性を確かめた情報も十分ではありません1。持病や薬の影響もあるため、始める前に主治医への相談が大切です。
鍼治療(はり治療・鍼灸)は、体のツボ(経穴)に髪の毛ほどの細い針を刺し、体の反応を引き出そうとする東洋医学の方法です。針に弱い電気を流す「電気鍼(電気刺激を併用する鍼)」や、頭のツボに刺す「頭鍼(とうしん)」など、いくつかのやり方があります。脳卒中後の分野では、手足の麻痺、筋肉のつっぱり(痙縮)、肩の痛み、飲み込みのしにくさ、気分の落ち込みなど、さまざまな症状を対象に研究が行われてきました。
鍼が体に働きかける仕組みは、血流や神経、痛みを和らげる体内の物質などが関わると考えられていますが、まだ完全には解明されていません。日本では鍼灸は国家資格を持つはり師・きゅう師が行う施術で、私たち作業療法士・理学療法士が行うリハビリとは別のものです。この記事は、鍼治療そのものをおすすめするのではなく、研究で分かっていることを中立的にお伝えするための情報です。なお、筋肉のつっぱり(痙縮)そのものへの向き合い方は痙縮に対する自宅でできるリハビリについて解説した記事もあわせてご覧ください。
結論から正直にお伝えすると、良い変化を報告した研究がある一方で、研究の質にばらつきが大きく、研究全体としては結論が定まっていません。代表的な研究をみていきます。
ただし研究者は、これらの結果を支える研究の質は「非常に低い〜低い」とし、そのまま日常的に鍼をすすめる根拠には足りないと明確に述べています1。また、鍼を「本物の鍼」と「偽の鍼(sham)」で比べた研究は31件中2件しかなく、大半は偽鍼で比べていない点も重要です1。別の総説(14件・約1,213名)では、リハビリに鍼を加えても運動の回復に上乗せの効果はみられず(効果量0.06、95%信頼区間−0.12〜0.24)、自立度へのわずかな良い変化は「見かけ上の効果(プラセボ効果)や研究の質の影響」の可能性が指摘されています2。脳卒中後の肩の痛みを対象にした総説(18件)でも、鍼と通常のリハビリの効果は同じくらいで、痛み・腕の動き・生活動作のいずれでも差ははっきりしませんでした3。

研究をふまえると、鍼治療は「リハビリの代わり」ではなく、あくまで補助的な選択肢の一つとして考えるのが現実的です。肩の痛みなど一部の症状では、通常のリハビリと同じくらいの手ごたえが報告されており、選択肢として検討する余地はあります3。針を受けている間の心地よさや、体をみてもらえる安心感を大切にされる方もいます。
一方で、「鍼だけで麻痺が確実に回復する」「リハビリに鍼を足せば必ず上乗せの効果がある」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません1,2。とくに、運動そのものの回復については、質の高い比較で上乗せの効果がみられなかった点は重要です2。鍼を検討する場合も、運動を中心とした通常のリハビリをやめてしまうのではなく、続けたうえで組み合わせて考えることをおすすめします。肩の痛みそのものへの向き合い方は脳卒中後に肩が痛い原因について解説した記事もあわせて参考にしてください。
鍼治療は、体調が安定していて、通常のリハビリを続けながら補助的な選択肢を探している方が検討することがあります。ただし、脳卒中の後は薬や持病の状態によって注意が必要な場合があります。針を刺す治療のため、以下の点は特に確認しておくと安心です。
研究では「これだけ受ければよい」という決まった回数や期間は定まっていません1,2。多くの研究では、数週間から数か月にわたって週に複数回行われていましたが、方法も対象もばらばらで、最適な受け方は分かっていないのが実情です。鍼を検討する場合の現実的な考え方としては、まず主治医に脳卒中後であることと服薬内容を伝えて相談し、通常のリハビリ(運動・生活動作の練習)を土台として続けながら、補助的に組み合わせる形が無難です。
大切なのは、鍼に過度な期待をかけて主となる運動リハビリをおろそかにしないことです。手足の動きや歩行、生活動作の土台づくりは、繰り返しの運動練習が中心になります。電気の刺激を使ったアプローチに関心がある方は脳卒中の上肢麻痺に対する電気刺激療法について解説した記事もあわせてご覧ください。鍼を受けてみて体調に変化を感じたときや、痛み・内出血が続くときは、無理をせず施術者と主治医に相談してください。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Sze FK, Wong E, Or KKH, Lau J, Woo J. Does acupuncture improve motor recovery after stroke? A meta-analysis of randomized controlled trials. Stroke. 2002;33(11):2604-2619. DOI:10.1161/01.str.0000035908.74261.c9. PMID:12411650.
3. Zhan J, Luo Y, Mao W, Zhu L, Xu F, Wang Y, Chen H, Zhan L. Efficacy of acupuncture versus rehabilitation therapy on post-stroke shoulder pain: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Medicine (Baltimore). 2023;102(46):e34266. DOI:10.1097/MD.0000000000034266. PMID:37478239. PMCID:PMC10662925.
4. Cai Y, Zhang CS, Liu S, Wen Z, Zhang AL, Guo X, Lu C, Xue CC. Electroacupuncture for Poststroke Spasticity: A Systematic Review and Meta-Analysis. Arch Phys Med Rehabil. 2017;98(12):2578-2589.e4. DOI:10.1016/j.apmr.2017.03.023. PMID:28455191.
