
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脳卒中の後、ものが二重に見える」「目を動かすとぼやける・気持ち悪い」——こうした見え方の変化は、脳卒中後に決してめずらしくありません。視野が欠ける半盲とは別に、両目の動きのずれによって「ものが二重に見える(複視)」ことがあり、読書・歩行・食事などの日常に大きく影響します。この記事では、脳卒中後の複視や眼球運動の障害について、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、いくつかの対応策はあるものの、「これをすれば確実に治る」と言い切れる強い証拠はまだ乏しく、まずは眼科など専門の評価につなぐことが大切です。
・欧州脳卒中機構(ESO)の2025年ガイドラインでは、脳卒中後に約6割の方が何らかの見え方の問題を経験するとされ、発症後まもない時期の視覚スクリーニングと、必要に応じた眼科などへの紹介がすすめられています1。
・眼球運動障害に対する治療をまとめたコクランレビュー(5件・116名)では、ボツリヌス療法や眼球運動の訓練、一部の内服薬などが調べられましたが、質の高い証拠は乏しく、「治療を決める十分な根拠はない」とされています2。
・複視には、プリズム眼鏡・片目を隠す(遮蔽)といった実用的な対応が現場では使われますが、これらを検証した質の高い研究は限られています1,2。
・眼球運動障害があっても半数以上の方が自分では症状を訴えないとされ、見逃されやすいため、気づいたら専門職に相談することが大切です1。
脳卒中後の複視・眼球運動障害とは
私たちがものを一つに見られるのは、左右の目が同じ方向へぴたりと動いてくれるからです。脳卒中によって、目を動かす神経(動眼神経・滑車神経・外転神経など)や、それを調整する脳幹・小脳が影響を受けると、両目の動きにずれが生じ、ものが二重に見える「複視(ふくし)」が起こります。ほかにも、目が揺れて見える「眼振(がんしん)」、目をスムーズに動かせない、片側に視線を向けにくい、といった「眼球運動障害」が現れることがあります。
よく混同されますが、これは視野の半分が欠ける「半盲(同名半盲)」とは別の症状です。半盲は「見える範囲」の問題、複視は「見え方(二重に見える)」の問題です。見える範囲が欠ける症状については脳卒中後の半盲(視野障害)について解説した記事で詳しく説明しています。複視や眼球運動の障害は、読書・歩行・段差の認識・食事・人の顔を見るといった日常のあらゆる場面に影響し、めまいや吐き気、転倒の不安につながることもあります。
研究で分かっていること
結論から正直にお伝えすると、「まず見え方の問題を見つけて専門評価につなぐこと」の大切さははっきりしていますが、「複視や眼球運動障害をどう治すか」という点では、質の高い証拠はまだ乏しいのが現状です。代表的な研究をみていきます。
一方、複視や眼球運動障害を「どう治すか」については、脳損傷後の眼球運動障害への治療をまとめたコクランレビュー(5件のランダム化比較試験・116名)があります。ここではボツリヌス療法、眼球運動の訓練、一部の内服薬などが調べられました2。たとえば外転神経のまひ(目が外に向きにくい)に対するボツリヌス療法では、4か月の時点で回復した割合が観察群より高い傾向がみられた一方、まぶたが下がる・上下方向のずれといった一時的な副作用も報告されました2。ただし、いずれの研究も参加者が少なく、質は「低い〜非常に低い」と評価され、レビューの著者らは「治療を決めるための十分な証拠がない」と結論づけています2。
何が期待でき、何ははっきりしないか
研究をふまえると、まず期待できるのは「早めに見つけて、専門の評価につなぐこと」の価値です。複視や眼球運動障害は見逃されやすいため、気づいて眼科・専門職につながることで、その人に合った対応(プリズム眼鏡の検討、片目の遮蔽、環境の工夫など)を相談しやすくなります1。また、脳卒中後の複視は、時間の経過とともに軽くなっていくことも少なくありません。
一方で、「特定の訓練や器具で複視が確実に治る」「短期間で二重に見えるのがなくなる」ことは、現時点の質の高い研究でははっきり示されていません2。プリズム眼鏡や遮蔽は生活を楽にする実用的な工夫ですが、これらの効果を厳密に比べた研究は限られています。見え方の問題は運転の再開にも関わるため、車の運転を考えている方は、自己判断せず主治医・専門職の評価を受けることが大切です。運転再開の進め方は脳卒中後の運転再開について解説した記事もあわせてご覧ください。
どんな人に向いているか・注意したいこと
「ものが二重に見える」「目を動かすとぼやける・気持ちが悪い」「読書や歩行がしづらい」と感じている方は、まず眼科や主治医、リハビリの専門職に相談することがすすめられます。とくに、急に複視が現れた・強くなった場合や、激しい頭痛・手足の力の入りにくさ・ろれつの回りにくさをともなう場合は、新たな脳の異常のサインのこともあるため、すぐに医療機関を受診してください。
受け方・生活での工夫の目安
研究では「これをすれば確実」という決まった方法は定まっていません1,2。そのうえで現実的な進め方としては、まず眼科・主治医・リハビリ専門職に見え方の状態を評価してもらい、その人に合った対応を一緒に選んでいくことが基本になります。現場でよく用いられる実用的な工夫としては、複視がつらいときに片目を一時的に隠す(左右を交代しながら使うこともあります)、プリズム眼鏡を眼科で検討する、読書や作業のときに明るさや文字の大きさ・距離を調整する、といったものがあります。
生活面では、よく使う物の置き場所を決める、段差にテープなどで目印をつける、急がず一つずつ動作を確認する、といった環境の工夫が安全につながります。見え方の変化は、半側空間無視など「見えているのに気づきにくい」問題と重なることもあります。視覚の見落としへの対応は脳卒中後のプリズム適応療法(半側空間無視)について解説した記事もあわせて参考にしてください。複視が続いてつらいときや、日常に支障が大きいときは、我慢せず専門職に相談してください。
Journey Rehabでの現場経験
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
よくある質問
2. Rowe FJ, Hanna K, Evans JR, et al. Interventions for eye movement disorders due to acquired brain injury. Cochrane Database Syst Rev. 2018;(3):CD011290. DOI:10.1002/14651858.CD011290.pub2. PMID:29505103. PMCID:PMC6494416.