
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脳卒中の後、また車を運転できるのだろうか」「買い物や通院のために運転を再開したいが、何から始めればいいのか分からない」——これは、生活の足として車を使ってきた方やご家族から、とてもよく聞かれるお悩みです。運転は移動の自由や社会とのつながりに直結する一方、安全に関わるため慎重な確認が必要です。結論から正直にお伝えすると、運転再開を後押しするリハビリ(運転シミュレーターや視覚・認知の訓練)の効果は、研究ではまだ十分に確かめられていません1。この記事では、脳卒中後の運転再開について、研究で分かっていること、再開までに必要な確認、進め方の考え方を、患者さんとご家族に向けて整理します。

・運転を後押しするリハビリ(シミュレーター訓練など)の効果をまとめた大規模なまとめ(コクラン・レビュー、4試験・245名)では、実車の運転評価の成績がはっきり良くなるという確かな根拠は得られていません1。
・一方で、シミュレーター訓練は道路標識の認識など、運転に関わる一部の視覚・認知の力で良い傾向が報告されています(1試験)1,2。
・訓練群が再開できた割合が高いとする報告もありますが、その差は長期(5年)では薄れたとする追跡もあります2,3。
・運転再開の可否は、最終的に実車を含む専門的な評価と、主治医・運転免許センター(公安委員会)の確認で判断されます。
運転は、手足を動かす力だけでなく、見る力(視野・視力)、たくさんの情報の中から必要なものに気づき判断する力(注意・認知)、とっさの操作を行う力など、多くの働きを同時に使う複雑な活動です。脳卒中の後は、麻痺だけでなく、視野の欠け、片側の見落とし(半側空間無視)、注意や判断のしにくさなどが、運転の安全に影響することがあります。
そのため、脳卒中後の運転再開は「乗れる気がするから乗る」と自己判断するものではなく、身体・視覚・認知の状態と安全を確認し、必要な医学的・法的手続きを踏んで判断します。日本では、一定の病気の後の運転について、主治医への相談や、運転免許センター(公安委員会)での確認・適性相談が必要になる場合があります。運転再開を支える取り組みには、運転シミュレーターを使った練習や、視覚・注意の力を高める訓練、そして実際の車を使った評価(実車評価)などがあります1。
結論から正直にお伝えすると、運転再開を後押しするリハビリが、実際の路上での運転の成績をはっきり良くするという確かな根拠は、現時点ではまだ得られていません。一部の視覚・認知の力では良い傾向が報告されていますが、研究の数も少なく、慎重に受け止める必要があります。
一方で、シミュレーター訓練を受けた人は、道路標識を認識する課題の成績が、受けなかった人より良い傾向が報告されました(1試験・73名、平均差1.69点、95%信頼区間0.51〜2.87)1。この訓練のもとになった比較試験(83名)では、追跡時の公的な運転前評価に合格した人の割合が、シミュレーター群で73%、対照群で42%と報告されています2。ただし、これは1つの試験の結果であり、脱落者が多かったことや、自然な回復の影響も考えられると著者らは述べています2。
さらに、同じ参加者を5年後まで追った研究では、6か月時点で見られたシミュレーター訓練の利点は5年後には薄れていました。5年後に運転していたのは全体の56%で、運転を続けていた人は、より若く、日常生活が自立し、合併症や気分の落ち込みが少ない傾向がありました3。視覚的注意の訓練を比べた解析でも、二つの訓練法のあいだに差は見られませんでした4。なお、レビューでは実車での教習そのものを評価した質の高い試験は見つからず、有害事象の報告もありませんでした1。

研究で良い傾向が見えやすいのは、道路標識の認識など、運転に関わる一部の視覚・認知の課題の成績です1,2。訓練によって、こうした個別の力は伸びる可能性があります。
一方で変わりにくい、あるいははっきりしないのは、訓練が「実際の路上で安全に運転できるか」という最終的な運転能力にまでつながるかどうかです1。また、一時的に見られた利点が、長い目で見ると薄れていく可能性も示されています3。運転を続けられるかどうかは、訓練の有無だけでなく、年齢・全身の状態・合併症・気分など、さまざまな要因が関わると考えられます3。だからこそ、訓練の成績だけで判断せず、実車を含む専門的な評価で総合的に確認することが大切です。
脳卒中の後に運転再開を考えるすべての方が、確認の対象になります。とくに、麻痺が残っている、視野が欠けている、片側を見落としやすい、注意や判断がしにくい、てんかん発作の心配がある、といった場合は、より慎重な評価が必要です。生活の足として運転が欠かせない方ほど、安全を確かめたうえで進めることが、本人と周囲を守ることにつながります。
一般的な流れとしては、まず主治医に運転再開の希望を伝えて相談します。次に、身体・視覚・注意などの機能を専門職が評価し、必要に応じて運転シミュレーターや実車での評価を行います。そのうえで、運転免許センター(公安委員会)での確認や適性相談など、法的な手続きを進めます。研究で用いられた訓練の期間はさまざまで(たとえば5週間・合計15時間といった設定2)、決まった標準のやり方が確立しているわけではありません1。
これらはあくまで一般的な目安で、必要な手続きや評価は、お住まいの地域や個々の状態によって異なります。あせって自己判断で再開せず、主治医・専門職・運転免許センターと連携しながら、一つずつ確認して進めることが、結果的に安全で確実な再開につながります。運転をすぐに再開できない期間も、移動手段の工夫や生活の組み立てを一緒に考えることができます。
作業療法士は、運転に必要な身体機能だけでなく、注意、視覚認知、判断、遂行機能などの高次脳機能と、実際の生活状況を整理する役割を担います。ただし、作業療法士だけで運転再開の可否を決めるものではありません。主治医、専門の運転評価機関、運転免許センター(公安委員会)と連携し、必要な確認を一つずつ進めることが大切だと感じています。
※上記は当施設で関わった範囲の経験であり、運転可否の判断は医師・専門機関・公安委員会が行います。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Akinwuntan AE, De Weerdt W, Feys H, Pauwels J, Baten G, Arno P, Kiekens C. Effect of simulator training on driving after stroke: a randomized controlled trial. Neurology. 2005;65(6):843-850. DOI:10.1212/01.wnl.0000171749.71919.fa. PMID:16186521.
3. Devos H, Akinwuntan AE, Nieuwboer A, Ringoot I, Van Berghen K, Tant M, Kiekens C, De Weerdt W. Effect of simulator training on fitness-to-drive after stroke: a 5-year follow-up of a randomized controlled trial. Neurorehabil Neural Repair. 2010;24(9):843-850. DOI:10.1177/1545968310368687. PMID:20656965.
4. Akinwuntan AE, Devos H, Verheyden G, Baten G, Kiekens C, Feys H, De Weerdt W. Retraining moderately impaired stroke survivors in driving-related visual attention skills. Top Stroke Rehabil. 2010;17(5):328-336. DOI:10.1310/tsr1705-328. PMID:21131257.
