脳卒中後のサイクリング運動とは?有酸素運動・歩行への研究と限界

· 脳卒中下肢関連情報
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後のサイクリング運動(エルゴメーター)とは?有酸素運動・歩行への研究と限界を正直に解説

「退院してから体力が落ちた」「歩くとすぐ疲れてしまう」「まだ外を歩くのは不安だけれど、座ったままできる運動はないだろうか」——脳卒中の後、こうした声はとてもよく聞かれます。そのときに候補になるのが、自転車をこぐ動き(サイクリング運動/エルゴメーター)です。椅子に座ったまま、あるいは専用の機器で脚を回すことができるため、まだ歩行が安定しない方でも取り組みやすい運動として知られています。この記事では、脳卒中後のサイクリング運動について、研究で分かっていること、期待しすぎないほうがよい点、続けるうえで大切にしたいことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。

脳卒中後にエルゴメーターで座って脚を回す運動のイラスト
座って行えるエルゴメーター運動は、歩行が不安定な時期の体力づくりとして検討されることがあります。
この記事の要点
・サイクリング運動は座ったまま行える有酸素運動で、まだ歩行が不安定な方でも取り組みやすい方法です。
・研究をまとめた解析では、有酸素運動(トレッドミルや自転車エルゴメーター)は全身の持久力・最大の運動強度・歩く速さの最大値・歩き続けられる距離を高める働きが示されています1
・一方で、ふだんの歩く速さ・バランス・日常生活の自立度(FIM)には、はっきりした差が示されていません1
・歩けない時期の方でも、エルゴメーターは持久力や代謝の指標を高める可能性が報告されていますが、研究の質にはばらつきがあります2
・重い転倒や心臓への負担を避けるため、開始前に医師の確認を受け、無理のない強さから始めることが大切です1
SECTION 01
サイクリング運動(エルゴメーター)とは

サイクリング運動とは、自転車のペダルをこぐような動きを繰り返す運動のことです。リハビリでは、床置き型や椅子に取り付ける「自転車エルゴメーター(サイクルエルゴメーター)」という機器を使い、座ったまま脚(ときに腕)を回します。地面を歩く運動と違って、常に転ばないように支える必要が少ないため、まだ立って歩くのが不安定な時期でも、心臓や脚に一定の運動を届けやすいことが特徴です。

脳卒中の後は、入院や活動量の低下によって全身の体力(持久力)が落ちやすく、少し動いただけで疲れてしまう状態になりやすいことが知られています。サイクリング運動は、こうした落ちた体力を立て直すための有酸素運動のひとつとして用いられます。有酸素運動全般については、脳卒中後の有酸素運動について解説した記事もあわせて参考にしてください。

SECTION 02
研究で分かっていること

結論から正直にお伝えすると、サイクリング運動を含む有酸素運動は「全身の体力」や「歩き続けられる力」を高める方向に働くことが示されています。ただし、「ふだんの歩きやすさ」や「バランス」「日常生活の自立度」までが同じように変わるとは言い切れません。以下に、質の高い研究をまとめた解析を紹介します。

脳卒中後の有酸素運動で体力と歩行を確認するイラスト
サイクリング運動は体力や歩行持久力の一助になり得ますが、歩行練習や生活動作練習との組み合わせが大切です。
研究から読み取れること
脳卒中後の有酸素運動を調べた研究をまとめた解析(25件の試験、うち質の高いもの8件)では、トレッドミルと自転車エルゴメーターが最もよく使われた運動でした。まとめて解析すると、有酸素運動をした群では、全身の持久力の指標(最高酸素摂取量)、こげる最大の強度(最大仕事量)、歩く速さの最大値、歩き続けられる距離が、いずれも運動をしない群より高くなりました(すべて統計的に有意)1

また、まだ自分で歩けない時期の方を対象にした別の解析(33件・910名、うちエルゴメーターを用いた研究は5件)では、自転車エルゴメーターによって心拍や運動の強度、呼吸の指標、血液中の脂質や血糖に関する値、そして自立度が、運動の終了時点で高くなったと報告されています。重い有害事象は少なく、途中でやめた人の割合は12〜20%でした2
エビデンスの質と限界
これらの解析の対象は、多くが「軽度から中等度」で、運動による心臓への危険が低いと事前の検査で確認された方に限られます1。歩けない時期の方を調べた解析でも、研究の多くは「中程度の質」で、急性期の入院中に行われたものが中心でした2。「自転車をこぐ運動だけ」に絞った試験は数が少なく規模も小さいため、サイクリング運動そのものの効果を、すべての脳卒中の方に当てはめて語ることはまだ難しいのが実際です。実際、亜急性期の方に自転車運動を3か月間行った試験では、運動群と対照群のあいだで、運動の強度の伸びにはっきりした差はみられませんでした3
まだ分かっていないこと
現在の研究でも、「どの時期の・どのような方に、どのくらいの強さと時間で行うのが最も合うのか」は十分に定まっていません。急性期の方を対象にした小さな試験では、通常のリハビリに自転車運動を加えた群のほうが脚の筋力や動きやすさで良い結果だったとの報告もありますが、人数が20名と少なく、結論とするには弱いものです4。また、まひした脚に電気刺激を組み合わせながらこぐ方法も試されていますが、電気刺激を加えても加えなくても大きな差はみられなかったと報告されています5。研究の平均だけで判断せず、目の前の身体や体力に合わせて考えることが大切です。
SECTION 03
何が変わりやすく、何は変わりにくいか

研究の結果をていねいに読むと、サイクリング運動を含む有酸素運動で「変わりやすいこと」と「変わりにくいこと」が分かれて見えてきます。変わりやすいのは、全身の持久力(最高酸素摂取量)、こげる強度、そして「歩き続けられる距離」や「がんばって歩いたときの速さの最大値」といった、体力・持久力に近い部分です1。これは、脳卒中の後に落ちた全身のコンディションを立て直すうえで意味のある変化です。

一方で、まとめた解析では、「ふだん自分で選ぶ歩く速さ」「バランス(Berg Balance)」「日常生活の自立度(FIM)」には、はっきりした差が示されていません1。つまり、自転車をこぐ運動は「体力・持久力の土台づくり」には向いていても、それだけで歩き方の質やバランス、生活動作そのものが大きく変わるとは限らない、というのが正直なところです。歩き方やバランス、脚の力そのものに取り組みたい場合は、目的に合わせて他の練習と組み合わせることが現実的です。強めの有酸素運動を安全に行う考え方については脳卒中後の高強度インターバルトレーニングについて解説した記事、脚の力づくりについては脳卒中後の筋力トレーニングについて解説した記事もあわせてご覧ください。

SECTION 04
どんな人に向いているか・注意したい人

サイクリング運動は、座って行えて転倒の心配が比較的少ないため、「体力を立て直したいが、まだ歩くのは不安」「歩行練習だけでは疲れてしまう」という方の選択肢になりやすい運動です。歩けない時期の方でも取り組めたという報告があり2、有酸素運動の入り口として使いやすい面があります。歩行や立ち座りの練習に、体力づくりとしてのサイクリングを組み合わせる、といった使い方が現実的です。

⚠ 注意したい人・気をつけたいこと
有酸素運動は心臓や血圧に負担がかかるため、研究でも「運動による心臓の危険が低いと事前の検査で確認された方」を対象に、強さを段階的に上げていました1。心臓の病気がある方、血圧が不安定な方、強い不整脈がある方などは、始める前に必ず主治医の確認が必要です。また、脚のつっぱり(痙縮)が強い方、関節や皮膚に痛み・傷がある方、感覚が鈍い方は、こぐ動きや機器の当たり方に注意が必要です。運動中に強い息切れ・胸の痛み・めまい・冷や汗が出たときはすぐに中止し、医療機関に相談してください。「どのくらいの強さで・何分・週に何回まで行ってよいか」は人によって大きく異なるため、開始前に主治医や担当のリハビリ専門職に相談しながら進めてください。
SECTION 05
回数・頻度・進め方の目安

研究で用いられた有酸素運動の目安をまとめると、1回あたり20〜40分、週に3〜5日の頻度で行われることが多く、強さは「最大の心拍予備能の40〜50%から始めて60〜80%へ」と、段階的に上げていく形が中心でした。プログラムの期間は3週間から6か月とさまざまです1。ここから言えるのは、「いきなり長く・強く」ではなく、「軽めから始めて、体調を見ながら少しずつ時間と強さを増やす」ことが基本だということです。

ご家庭でエルゴメーターを使う場合も、まずは短い時間・軽い負荷から始め、こいでいる最中と直後の息切れ・脈・疲れ方を確認しながら進めると安心です。「少しきついが会話はできる」くらいが、続けやすさの一つの目安になります。ただし、適切な強さや上限は人によって違うため、始める前と定期的な見直しの際に、専門職と一緒に確認しておくことをおすすめします。無理に強度を上げるより、痛みや過度な疲れの出ない範囲で続けられる形にすることが、結果的に体力づくりにつながりやすくなります。

SECTION 06
Journey Rehabでの現場経験
当施設での経験
弊社は訪問型の自費リハビリのため、ご自宅にある機器やスペースに合わせて、座って行える運動を取り入れることがあります。現場では、まだ長く歩くのは不安という方でも、座ってこぐ運動なら安心して取り組め、「以前より疲れにくくなった気がする」と話される場面があります。一方で、こぐ運動を続けても、それだけで歩き方やバランスが大きく変わるわけではなく、歩行や立ち座りの練習と組み合わせて初めて生活につながっていく、と感じています。強い負荷を無理に増やすより、体調や脈を確認しながら、続けられる強さを一緒に探すことを大切にしています。効果には個人差が大きく、期待どおりに体力が戻りにくい時期もあることも、正直にお伝えしています。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
体力づくりや歩行について、今の身体の状態やご自宅の環境を一緒に確認しながらリハビリの内容を考えます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨ではありません。安全に行える運動の種類や強さは人によって異なり、心臓の病気・血圧の不安定さ・不整脈・強い痙縮などがある場合は特に注意が必要です。運動を始める前に、行ってよい状態かどうかややり方を含め、主治医や担当専門職に相談しながら進めてください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍

経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中

研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表

論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
まだうまく歩けなくてもサイクリング運動はできますか?
座って行えるため、歩行がまだ不安定な時期でも取り組めることがあります。研究でも、自分で歩けない時期の方を対象にエルゴメーターを行った報告があります。ただし、始めてよいかや強さは状態によって異なるため、事前に専門職へ確認してください。
こげば歩けるようになりますか?
サイクリング運動は全身の持久力や歩き続けられる力を高める働きが示されていますが、まとめた解析では、ふだんの歩く速さやバランス、生活の自立度にはっきりした差は示されていません。歩き方そのものには、歩行や立ち座りの練習を組み合わせることが現実的です。
どのくらいの時間・頻度が目安ですか?
研究では1回20〜40分、週3〜5回、軽めから段階的に強くしていく形が多く用いられていました。ただし適切な強さは人によって異なります。「少しきついが会話はできる」くらいを目安に、専門職と相談しながら決めると安心です。
電気刺激を組み合わせると良いのですか?
まひした脚に電気刺激を加えながらこぐ方法も試されていますが、電気刺激を加えても加えなくても結果に大きな差はみられなかったとの報告があります。必ずしも必要とは言えず、目的や状態に応じて専門職と相談して判断するのがよいでしょう。
心臓の持病がありますが行っても大丈夫ですか?
有酸素運動は心臓や血圧に負担がかかります。研究でも、事前の検査で運動の危険が低いと確認された方を対象にしていました。持病がある場合は自己判断で始めず、行ってよいか・どの強さまでかを必ず主治医に確認してください。
自宅の器具でも意味はありますか?
ご自宅のエルゴメーターでも、無理のない強さで続ければ体力づくりの助けになり得ます。ただし、負荷の設定や安全に行える範囲は人によって異なります。始める前に、やり方と上限を専門職と確認しておくと、無理なく続けやすくなります。
REFERENCES
参考文献
1. Pang MYC, Charlesworth SA, Lau RWK, Chung RCK. Using aerobic exercise to improve health outcomes and quality of life in stroke: evidence-based exercise prescription recommendations. Cerebrovasc Dis. 2013;35(1):7-22. DOI:10.1159/000346075. PMID:23428993.
2. Lloyd M, Skelton DA, Mead GE, Williams B, van Wijck F. Physical fitness interventions for nonambulatory stroke survivors: A mixed-methods systematic review and meta-analysis. Brain Behav. 2018;8(7):e01000. DOI:10.1002/brb3.1000. PMID:29920979. PMCID:PMC6043697.
3. Vanroy C, Feys H, Swinnen A, Vanlandewijck Y, et al. Effectiveness of Active Cycling in Subacute Stroke Rehabilitation: A Randomized Controlled Trial. Arch Phys Med Rehabil. 2017;98(8):1576-1585. DOI:10.1016/j.apmr.2017.02.004. PMID:28284834.
4. Pinheiro DRDR, et al. Effects of aerobic cycling training on mobility and functionality of acute stroke subjects: A randomized clinical trial. NeuroRehabilitation. 2021;48(1):39-47. DOI:10.3233/NRE-201585. PMID:33386826.
5. Janssen TW, Beltman JM, Elich P, Koppe PA, et al. Effects of electric stimulation-assisted cycling training in people with chronic stroke. Arch Phys Med Rehabil. 2008;89(3):463-469. DOI:10.1016/j.apmr.2007.09.028. PMID:18295624.