
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「歩く練習といえば前に進むもの」と思われがちですが、リハビリの現場では"後ろ向きに歩く"練習(後方歩行、バックワードウォーキング)が使われることがあります。「なぜわざわざ後ろ向きに歩くの?」「本当に歩きやすくなるの?」と疑問に思う方も多いはずです。この記事では、脳卒中後の後方歩行について、研究で分かってきたこと、何が変わりやすく何がまだはっきりしないのかを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。

・脳卒中の方を対象にした複数の研究をまとめた解析では、通常のリハビリに後方歩行を加えると、歩く速さやバランス(Berg Balance Scale)が前より高まったと報告されています1,2。
・ただし研究の多くは参加者20〜30名程度と小規模で、質の高いエビデンスとまでは言えません1,2。
・バランスへの効果は比較的一貫している一方、歩く速さへの効果の確からしさは低いと評価されています1。
・後方歩行はふらつきや転倒の心配があるため、必ず支えや見守りのある環境で、専門職と相談しながら行うことが大切です。
後方歩行(バックワードウォーキング)とは、その名のとおり後ろ向きに歩く練習のことです。前に歩くときと後ろに歩くときでは、足の運び方、体重のかけ方、バランスの取り方が変わります。後ろ向きに歩くときは、目で行き先を確認できないぶん、足の裏やお尻・ももの筋肉からの感覚、そして体のバランス感覚をより頼りにする必要があります。こうした「前向きとは違う条件」で歩くことが、歩行やバランスに関わる働きを刺激すると考えられています。
脳卒中の後は、麻痺した側の足で踏ん張る、左右のバランスを保つ、といったことが難しくなりやすく、歩行が不安定になったり転びやすくなったりします。後方歩行は、こうしたバランスや踏ん張る力に働きかける一つの手段として、通常のリハビリに組み合わせて用いられることがあります。歩行の安定はバランスの働きと深く関わるため、あわせて脳卒中後のバランス訓練について解説した記事も参考にしてください。
結論から正直にお伝えすると、後方歩行は「バランスの面ではある程度期待できそう」だが、「歩く速さについては、まだ確からしさが低い」というのが現時点の見方です。いくつかの研究をまとめた解析(メタアナリシス)を順にみていきます。
別の2022年の解析(9件の試験、合計225名)でも、後方歩行を行った群で歩く速さ(10m歩行)、歩く歩数のリズム、バランス(Berg Balance Scale、平均で約4.4点差)、歩幅などが高まる傾向がみられました。多くの項目で研究間のばらつきは小さかったものの、参加者数はやはり少なめでした2。この2つの解析には共通して含まれる研究もあり、まったく別の証拠が2つあるというより、限られた研究群を異なる角度から検討したものと理解するのが正確です。

研究をていねいに読むと、後方歩行で「比較的期待しやすい部分」と「まだ確からしさが低い部分」が見えてきます。まず、バランスの指標(Berg Balance Scale)は複数の解析で一貫して高まる傾向が示されており、研究間のばらつきも小さいため、比較的期待しやすい部分といえます1,2。立位や歩行時の安定感、ふらつきにくさに関わる部分です。
一方で、歩く速さについては、数値のうえでは高まる傾向があるものの、証拠の確からしさは低いと評価されています1。つまり「速く歩けるようになる可能性はあるが、確実とは言い切れない」という段階です。また、後方歩行だけで歩行のすべてが整うわけではなく、前向き歩行やバランス練習、転ばない工夫と組み合わせて考えるのが現実的です。転倒への備えについては脳卒中後の転倒について解説した記事もあわせて確認すると、全体像がつかみやすくなります。
研究で対象になったのは、多くが見守りや軽い介助で立ったり歩いたりできる、比較的安定した状態の方です1,2。すでにある程度歩ける方が、バランスや歩行の安定をさらに高めたい場面で、通常のリハビリに後方歩行を組み合わせる、という使い方が想定されます。反対に、まだ立位が不安定な方や、支えなしでは歩けない方が自己流で行うのは、転倒の心配が大きくおすすめできません。
研究では、練習の内容や量は試験ごとにさまざまでした。多くは1回あたり数十分、週に3〜6回、3〜6週間ほど、通常のリハビリに後方歩行を組み合わせて行っていました2。ここから言えるのは、一度に長く頑張るよりも、無理のない範囲で短時間の練習を繰り返し、数週間単位で続けるという進め方が現実的だということです。ただし「これだけやれば効く」という決まった正解はまだありません1,2。
進め方としては、まず手すりや平行棒につかまってゆっくり後ろに一歩ずつ踏み出すところから始め、慣れてきたら支えを減らす、歩く距離を伸ばす、といった段階づけが役立ちます。トレッドミル(歩行練習用のベルト)の上で後方歩行を行う方法もあります。トレッドミルを使う歩行練習全般については脳卒中後のトレッドミル歩行練習(BWSTT)について解説した記事もあわせてご覧ください。ご家庭で行う場合は、やり方と強さ、一人で行ってよい範囲を専門職に確認しておくと、無理なく安全に続けやすくなります。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Wen H, Wang M. Backward Walking Training Impacts Positive Effect on Improving Walking Capacity after Stroke: A Meta-Analysis. Int J Environ Res Public Health. 2022;19(6):3370. DOI:10.3390/ijerph19063370. PMID:35329056. PMCID:PMC8956083.
3. Moon Y, Bae Y. The effect of backward walking observational training on gait parameters and balance in chronic stroke: randomized controlled study. Eur J Phys Rehabil Med. 2022;58(1):9-15. DOI:10.23736/S1973-9087.21.06869-6. PMID:34468110. PMCID:PMC9980533.
