
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「手を伸ばすと目標の手前で行き過ぎてしまう」「立つとお酒に酔ったようにふらつく」「コップに手を伸ばすと手が震える」——脳卒中の後、こうした症状に戸惑うご本人やご家族は少なくありません。これらは「運動失調(うんどうしっちょう)」と呼ばれ、力そのものは残っていても、動きをなめらかに調整する働きがうまくいかなくなった状態です。この記事では、脳卒中後の運動失調がなぜ起こるのか、リハビリで何が期待でき、何がまだ分かっていないのかを、研究をもとに患者さんとご家族へ正直に整理します。

・小脳やその連絡路が傷つくと起こりやすく、脳卒中でも生じます。
・急性期の小脳卒中を追った研究では、姿勢の乱れは数か月で大きく戻る一方、歩行のふらつきは残りやすいと報告されています1。
・慢性期の脳卒中で運動失調が残る方を対象にした試験では、バランス・歩行練習を含むリハビリでバランスや生活の自立度が改善した一方、ロボットを使う方法と通常のリハビリで差はありませんでした2。
・研究の数は少なく小規模で、「どの方法がどれだけ有効か」ははっきりしていません1,2,3。
運動失調とは、手足の力そのものは保たれているのに、動きの「タイミング」「方向」「力の入れ具合」をなめらかに調整することが難しくなった状態です。具体的には、目標に手を伸ばすと行き過ぎたり手前で止まったりする(測定障害)、動作の途中で手が震える(企図振戦)、立ったり歩いたりするとふらついて足を大きく広げて歩く、ろれつが回りにくく話しづらい、といった形で現れます。力の弱さ(麻痺)とは仕組みが異なるため、「力はあるのに動きが定まらない」と感じられるのが特徴です。
こうした調整の働きは、おもに「小脳」とその連絡路が担っています。小脳や、小脳と大脳・脊髄をつなぐ経路が脳卒中(脳梗塞・脳出血)で傷つくと、運動失調が起こりやすくなります。どの場所がどのくらい傷ついたかによって、症状の強さや残りやすさは変わります。実際に、小脳の梗塞を追った研究では、傷ついた範囲が大きいほど失調が強い傾向があったと報告されています1。歩行やバランスの安定には体幹の働きも関わるため、あわせて脳卒中後の体幹トレーニングについて解説した記事も参考にしてください。
結論から正直にお伝えすると、脳卒中後の運動失調そのものを対象にした質の高い研究はまだ少なく、「この方法で必ず良くなる」とは言えません。ただし、症状の自然な回復のしかたや、バランス・歩行を含むリハビリの手ごたえについては、いくつかの手がかりがあります。
発症から1年以上たった慢性期の脳卒中で運動失調が残る方19名を対象にしたランダム化比較試験では、5か月間、週3回のリハビリ(通常の理学療法+歩行練習、うち1回はロボットを用いた歩行練習または通常の歩行練習)と自宅運動を行いました。その結果、両群ともバランス(BBS)、生活の自立度(FIM)、失調の重症度(SARA)が治療前より改善しました。ただし、ロボットを使う群と通常の歩行練習の群の間に差はありませんでした2。

研究をていねいに読むと、運動失調の中でも「変わりやすい部分」と「残りやすい部分」があることが見えてきます。急性期の小脳卒中の研究では、立っているときの姿勢の乱れは比較的戻りやすかった一方で、歩くときのふらつきや歩く速さの低下は残りやすいと報告されています1。これは、じっと立つ場面よりも、歩行のように手足を素早く連動させる場面のほうが、調整の難しさが表に出やすいためと考えられます。
一方で、慢性期であってもバランスや歩行の練習を続けることで、バランスや生活の自立度の面で変化がみられたという報告もあります2。つまり「時間がたったら何も変わらない」というわけではなく、安定して動ける範囲を広げる余地は残されている可能性があります。歩行の安定にはバランスや脚の連動が関わるため、脳卒中後のバランス訓練について解説した記事もあわせて確認すると、全体像がつかみやすくなります。
研究でバランスや自立度の変化がみられたのは、主に見守りや軽い介助で立ったり歩いたりできる方を対象にしたバランス・歩行練習です2。「立つとふらつく」「歩くと左右にぶれる」「手を伸ばすと定まらない」といった失調が残っている方は、安全を確保しながらバランスや動作を専門職と一緒に確認していくことが、動ける範囲を保つ助けになります。練習は、立ち座り・方向転換・物へ手を伸ばす動作など、生活の場面と結びつけて行うと日常につながりやすくなります。
研究では、練習の内容・回数・期間は試験ごとにさまざまで、「これだけやれば失調が軽くなる」という一律の正解は示されていません2,3。バランスや自立度の変化がみられた慢性期の試験では、週3回のリハビリと自宅運動を5か月間、継続していました2。ここから言えるのは、短期間に強い練習をがんばるよりも、無理のない範囲でバランス・歩行の練習を生活に組み込み、数か月単位で続けることが現実的だということです。
運動失調の場合、動きが定まらないぶん、いきなり難しい課題に挑むと転倒や疲労につながりやすくなります。まずは支えのある姿勢から始め、徐々に支えを減らす、動作の速さを調整する、といった段階づけが役立ちます。ロボットを用いた歩行練習も選択肢の一つですが、研究では通常の歩行練習を明確に上回る結果は示されていません2。歩行支援機器に関心がある方は、脳卒中の歩行リハビリと外骨格ロボットについて解説した記事もあわせてご覧ください。ご家庭で行う場合は、やり方と強さ、一人で行ってよい範囲を専門職に確認しておくと、無理なく安全に続けやすくなります。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Belas Dos Santos M, Barros de Oliveira C, Dos Santos A, Garabello Pires C, Dylewski V, Arida RM. A Comparative Study of Conventional Physiotherapy versus Robot-Assisted Gait Training Associated to Physiotherapy in Individuals with Ataxia after Stroke. Behav Neurol. 2018;2018:2892065. DOI:10.1155/2018/2892065. PMID:29675114. PMCID:PMC5838477.
3. Marquer A, Barbieri G, Pérennou D. The assessment and treatment of postural disorders in cerebellar ataxia: a systematic review. Ann Phys Rehabil Med. 2014;57(2):67-78. DOI:10.1016/j.rehab.2014.01.002. PMID:24582474.
