
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「脳卒中の後、本人のやる気が出ない」「リハビリに気が乗らない」「趣味にも興味を示さなくなった」——こうした変化に戸惑うご家族は少なくありません。これは「なまけ」や「性格の問題」ではなく、脳卒中の後に起こりうる「アパシー(意欲・自発性の低下)」という状態かもしれません。この記事では、脳卒中後のアパシーについて、研究で分かっていることと、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、アパシーは決してめずらしくなく、対応の手がかりも出てきていますが、「これをすれば確実に良くなる」という決め手はまだ見つかっていません。

・39件の研究(約5,168名)をまとめた分析では、脳卒中後にアパシーがみられる人の割合は約33%(およそ3人に1人)と報告されています1。
・脳の損傷そのものが関わるため、本人の努力や気持ちの問題ではありません1。
・対応については、目標づくりを支える練習(ストラテジートレーニング)や問題解決の練習、一部の薬などで良い方向の報告がありますが、研究の数が少なく、質もばらついています2,3,4。
・入院リハビリ中に目標づくりを支える練習を行った試験では、3か月後のアパシーの指標が良かったものの、6か月後には差がはっきりしなくなりました3。
・「確実な治し方」はまだ定まっていません。本人を責めず、環境や関わり方を工夫することが現実的な出発点です2。
アパシーとは、やる気・興味・自発性が乏しくなる状態のことです。自分から何かを始めようとしにくい、以前は好きだった趣味に関心を示さない、話しかけないと動き出さない、感情の起伏が小さくなる、といった形であらわれます。脳卒中では、意欲や行動の切り替えに関わる脳の部位や神経のつながりが影響を受けることがあり、その結果としてアパシーが起こると考えられています1。つまり、これは「なまけ」でも「性格が変わった」わけでもなく、脳の変化に関係した症状です。
よく似た状態に「うつ(気分の落ち込み)」があります。両者は重なることもありますが、同じではありません。うつは「つらい」「悲しい」といった気分の苦しさが中心なのに対し、アパシーは「気持ちがつらいわけではないが、何事にも関心・意欲が湧かない」ことが特徴です。本人は困っていないように見えても、周囲が心配して気づくことも多い状態です。気分の落ち込みが強い場合は脳卒中後の気分の落ち込みとうつについて解説した記事もあわせてご覧ください。うつとアパシーが重なっていることもあるため、見分けと対応は専門職と一緒に考えるのが安心です。
結論から正直にお伝えすると、アパシーは脳卒中後によくみられる一方で、「確実に良くする方法」はまだ定まっていません。まず頻度から見ていきます。
対応については、10件の試験(約2,359名)をまとめた総説があります。それによると、目標づくりを支える練習(ストラテジートレーニング)、問題解決の練習、コミュニティでのリハビリ、一部の薬(抗うつ薬のエスシタロプラムなど)や頭に磁気刺激を与える方法(rTMS)などで、アパシーが良い方向に向かったとする報告があります。一方で、効果がはっきりしなかった研究もあり、全体として「有望だが、まだ結論を出すには研究が足りない」とまとめられています2。たとえば、入院リハビリ中に本人が選んだ目標に取り組む練習(目標を立てる→計画する→実行する→振り返る)を行った小規模な試験では、3か月後のアパシーの指標が対照群より良く(効果量−0.99、p=0.013)、意味のある差でしたが、6か月後には統計的な差ははっきりしなくなりました3。

研究をふまえて現実的に言えるのは、アパシーは「本人の努力不足ではない」という理解そのものが出発点になる、ということです。まずご家族が「なまけている」と責めずにすむだけでも、関わり方が変わります。そのうえで、本人が選んだ小さな目標に一緒に取り組む練習や、生活の中で行動を起こしやすくする工夫は、試してみる価値のある方向性です2,3。目標づくりそのものの考え方は脳卒中後のリハビリ目標設定について解説した記事もあわせて参考にしてください。
一方で、「この練習や薬を使えば意欲が確実に戻り、それが長く続く」ことは、現時点の研究でははっきり示されていません2,3。良い変化がみられても一時的なことがあり、続け方や個人差の影響も大きいと考えられます。焦って強く働きかけるより、本人のペースを尊重しながら、日々の生活の中で「動き出しやすい環境」を整えていくことが現実的です。自分で生活を管理する力を支える視点は脳卒中後のセルフマネジメントについて解説した記事も参考になります。
アパシーには決め手となる方法はありませんが、研究で扱われた考え方(目標づくり・行動を起こしやすくする工夫)をふまえ、家庭で取り入れやすい関わり方を整理します。いずれも「やらせる」ではなく「動き出しやすくする」視点が大切です。
・目標を小さく分ける:大きな目標より「今日はここまで」という小さな一歩にします。できたら一緒に振り返ります。
・きっかけ(合図)を決める:食後に体操、朝はカーテンを開ける、など生活の流れに動作を結びつけます。
・責めない・急かさない:「なまけている」と受け取らず、反応が乏しくても淡々と声をかけ続けます。
・できたことに目を向ける:結果より「取りかかれたこと」を大切にします。
・生活リズムを整える:睡眠・食事・日中の活動を安定させると、動き出しやすくなることがあります。
意欲の低下が続くとき、リハビリや日常生活に支障が出ているとき、うつとの見分けが難しいときは、主治医やリハビリ専門職に相談することをおすすめします。とくに、気分の落ち込みや眠れなさ、食欲の低下が目立つ場合は、アパシーだけでなくうつが隠れている可能性もあり、対応が変わることがあります。

修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
2. Ruiz-Franco ML, Amaya-Pascasio L, Gil-Rodríguez M, Arjona-Padillo A, García-Pinteño J, Rodriguez-Sanchez AJ, Sánchez-Kuhn A, Flores P, Martinez-Sanchez P. Treatment of apathy in stroke patients: a systematic review. Front Neurol. 2025;16:1702325. DOI:10.3389/fneur.2025.1702325. PMID:41383225. PMCID:PMC12689287.
3. Skidmore ER, Whyte EM, Butters MA, Terhorst L, Reynolds CF. Strategy Training During Inpatient Rehabilitation May Prevent Apathy Symptoms After Acute Stroke. PM R. 2015;7(6):562-570. DOI:10.1016/j.pmrj.2014.12.010. PMID:25595665. PMCID:PMC4466065.
4. Mikami K, Jorge RE, Moser DJ, Arndt S, Jang M, Solodkin A, Small SL, Fonzetti P, Hegel MT, Robinson RG. Prevention of poststroke apathy using escitalopram or problem-solving therapy. Am J Geriatr Psychiatry. 2013;21(9):855-862. DOI:10.1016/j.jagp.2012.07.003. PMID:23930743.
5. Espiritu AI, Hara T, Tolledo JK, Blair M, Burhan AM. Repetitive transcranial magnetic stimulation for apathy in patients with neurodegenerative conditions, cognitive impairment, stroke, and traumatic brain injury: a systematic review. Front Psychiatry. 2023;14:1259481. DOI:10.3389/fpsyt.2023.1259481. PMID:38034914. PMCID:PMC10684725.
