
結論:椅子から立ち上がりにくいときは、体の状態を確認したうえで、実際の立ち座りを安全に練習し、座面の高さ・硬さ・足元を合わせて見直すことが現実的です。反復練習で立ち上がりの成績が改善した研究はありますが、結果は一様ではなく、転倒や介助の必要性まで必ず改善するとは言えません。
食卓では立てるのに、柔らかいソファや低い便座では立てない。そんな違いは「脚の力」だけでは説明できません。立つ直前に体を前へ移す動き、痛みや立ちくらみ、椅子の条件、手を置ける場所が重なります。この記事では高齢者を対象とした研究を軸に、練習と生活環境をどう読み分けるかを整理します。脳卒中後の麻痺に特化した練習は脳卒中後の立ち上がりの記事で扱っています。
2. 反復練習の研究結果
3. 椅子の高さ・硬さ・手すりの研究
4. 研究で分かることと分からないこと
5. 家で確認したい生活場面
6. 作業療法士の視点
7. 安全上の注意・中止と受診の目安
8. Journey Rehabの訪問自費リハビリ
9. まとめ
10. よくある質問
11. 参考文献
立ち上がりが難しくなる理由
立ち上がりは、座ったまま上体を前へ移し、お尻が座面から離れた後に脚と体幹で体を支え、立位でふらつきを収める一連の動作です。脚の筋力が低下すると負担は大きくなりますが、膝・股関節の痛み、足首の動き、バランス、呼吸や血圧、薬の影響も関わります。「立てない原因」を見ずに回数だけ増やしても、生活上の困りごとが解決しない場合があります。
どの椅子で、どの時点で困るかを分ける
座面からお尻を離せないのか、立てても直後にふらつくのかで対策は変わります。食卓の椅子、ソファ、トイレ、ベッド脇など、困る場所を具体的に記録します。急に立ち上がりにくくなった場合は、病気や体調の変化を考える必要があり、加齢のせいと決めつけないでください。

反復練習の研究結果
80歳以上の在宅試験:バランスは少し改善、他の指標は明確でない
RosieとTaylorのランダム化比較試験では、移動に制限のある地域在住の80歳以上66人が、立ち座りを反復する群と足首に重りを付けた膝伸ばし運動群に分かれ、6週間にわたり毎日練習しました。反復群でバランス尺度に平均1.67点の改善が報告されましたが、椅子立ち上がり回数、歩行速度など他の評価項目に明確な効果は示されませんでした。改善幅の臨床的な意味も慎重に見る必要があります。1
これは「立ち座りを繰り返せば誰でも自力で立てる」という結果ではありません。対象は、もともと在宅で研究参加できた方で、重いふらつきや医療管理が必要な方へそのまま当てはめられません。
新しい在宅試験:複数の短い運動を合わせたプログラムで改善
2026年のDandekarらの試験では、歩行に困難のある65歳以上97人を、立ち座りを含む4種類の短い機能的運動プログラムと、開始を遅らせる対照群に割り付けました。12週後、介入群は対照群より5回立ち座りの時間が平均2.3秒短く、30秒間の立ち上がり回数が平均4.2回多くなりました。画面越しの指導と運動の調整も含まれるため、この差を立ち座り単独の効果とは言えません。2
参加者は研究条件に合う人に限られ、家庭で同じ内容を自己流に毎日実施してよいという意味でもありません。生活で必要な椅子や動作を評価したうえで、運動の種類と量を選びます。
改善しなかった試験もある:施設入居者への12週間の複合介入
Grönstedtらは、介護施設の75歳以上を対象に、日常ケアに立ち座り練習と栄養補助を組み合わせた群と通常ケア群を比較しました。120人が割り付けられ、102人が研究を完了しましたが、主要な30秒椅子立ち上がりを含む身体機能は介入群で明確には改善しませんでした。継続できた人だけの解析では良い関連が見られたものの、これは割付による群間比較と同じ強さの証拠ではありません。3
地域在住者と施設入居者では、年齢や認知機能、介助状況が異なります。良い結果と変化がない結果を合わせて読むことが重要です。
より広い「椅子を使った運動」の系統的レビューは、25研究・計1,388人を含み、30秒椅子立ち上がりで平均2.25回の差を報告しました。ただし介入内容は多様で、立ち座り反復だけの効果ではありません。歩行速度や自己申告の生活動作には明確な群間差がなく、研究間のばらつきもありました。4
椅子の高さ・硬さ・手すりの研究
Alexanderらは平均84歳の高齢者29人と若年者21人で椅子の条件を変えました。座面が低い、後ろへ傾く、背もたれが寝る条件では立ち上がり時間や難しさが増え、とくに高齢群で影響が大きくなりました。柔らかい座面も難しさを増す可能性が示されました。一方、この実験で肘掛け位置の変更による明確な差は見られていません。横断的な短時間の比較で、椅子を替えれば転倒が減ると証明したものではありません。5
日本のKinoshitaらの動作分析では、介護が必要な高齢者25人と若年者16人を対象に手すりの高さを検討し、手すり位置によって立ち上がる際の上体の傾き方が変わりました。高齢者では体幹角度の観察が中心で、最適な手すり高さや長期の生活機能を決めた試験ではありません。6
椅子の調整は「高くすればよい」「肘掛けがあれば安全」と一律には決められません。座ったときに足が床に届き、椅子が動かず、手を置く場所が本人の痛みや力に合うかを実際に確かめます。柔らかいソファは座り心地がよくても、立ち上がりにくいことがあります。

研究で分かることと分からないこと
- 選ばれた高齢者では、立ち座りを含む練習で立ち上がりテストの成績が改善する場合があります。
- 低い座面や大きく後傾した椅子は、その場の立ち上がりを難しくすることがあります。
- 本人の状態と椅子環境の両方を評価する視点には意味があります。
- 何回、何週間の反復が、全ての高齢者に最適かは確立していません。
- テストの回数が増えたことと、トイレや外出時の介助が不要になることは同じではありません。
- 立ち座り練習単独で転倒を減らす、あらゆる椅子から自力で立てるようになる、という保証はありません。
認知症のある施設入居者111人を追ったSlaughterらの比較研究では、立ち座りを日常ケアに組み込んだ施設で、6か月後の移動能力と機能低下が対照施設より良好でした。ただし施設を無作為に割り付けておらず、スタッフや環境の差が影響した可能性があります。一般の在宅高齢者に効果をそのまま移すことはできません。7
家で確認したい生活場面
食卓から立つとき
足裏が床に着き、椅子が後ろへ滑らない位置を確認します。テーブルの縁だけを頼りに立つと、テーブル自体が動く場合があります。立った直後にふらつかないかまで見ることが大切です。安定した椅子でも痛みや息切れがある日は、練習量を減らすか中止します。
ソファ・トイレから立つとき
深く沈むソファ、低い便座、狭いトイレは、食卓の椅子とは別の課題です。立ち座りが難しい場所を一つずつ確認し、家具の高さや手を置く位置を専門職と相談します。補高具や手すりを導入する場合も、固定の方法、周囲の通路、本人の手の痛みや握る力を確認してください。適合を見ずに仮置きした台や不安定な家具を支えにしないでください。
練習を生活へつなぐとき
まず日常で困る一つの椅子を決め、立つ前の足の位置、体を前へ移す動き、手の支え方、立った後の安定を観察します。必要なら高めで安定した椅子から安全に練習し、慣れた後に実際の食卓やトイレで確認します。回数を増やすより、痛みやふらつきが出ない質を優先します。家族は腕を強く引っ張らず、介助方法を担当専門職から教わってください。

筋力不足だけでなく食事量の低下や体重減少が重なる場合は、高齢者の低栄養とリハビリの記事も参考に、医療者へ相談してください。運動量だけを上げると負担が大きいことがあります。
作業療法士の視点:立てることを生活の中で確かめる
作業療法では、5回立ち座りの所要時間だけでなく、食卓を離れる、トイレへ行く、来客に応じるなど、本人が必要とする動作を確認します。同じ立ち上がりでも、急ぐ場面、狭い場所、手に荷物がある場面では難しさが変わります。安全に立てる椅子で練習した結果が、実際の生活場所へ移せているかを一緒に見ます。
訪問では椅子やソファを実際に確認し、動線、手を置く位置、照明、敷物、家族の介助方法を検討できます。これは医学的な診断や治療を代替するものではありません。急な機能低下、痛み、めまいなどがあれば、まず医療機関で原因の評価を受けてください。
安全上の注意・中止と受診の目安
始める前:最近転倒した、立ちくらみが強い、心疾患・呼吸器疾患・骨折後などで運動制限がある、膝や股関節の痛みが強い場合は、主治医や担当リハビリ専門職に立ち座りの可否を確認してください。初回は安定した椅子と滑りにくい床を選び、必要な方は見守りを受けます。
その場で中止:胸の痛み、強い息切れ、失神しそうな感じ、冷や汗、普段と異なる強い頭痛、急な麻痺・しびれ・言葉の出にくさ、強いめまい、転びそうなふらつき、増していく関節痛があれば練習をやめてください。急な神経症状や胸痛は救急相談・救急受診を検討します。
医療機関へ相談:数日で急に立ち上がれなくなった、立つたびにめまいが出る、転倒を繰り返す、痛みやむくみが続く、食事量が減って体重が落ちている場合は、練習の回数を増やす前に相談してください。
厚生労働省の「身体活動・運動ガイド2023」は、高齢者では個人差に合わせて可能な活動から取り組み、筋力・バランスなど多要素の運動と安全への配慮を勧めています。これは個々の人に立ち座りの回数を指定するものではありません。8
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて
「家のどの椅子で困るか」「立てても次の一歩が不安か」を生活の場所で確認し、練習と環境調整の選択肢を一緒に検討します。医療機関での診断や治療方針、運動制限を踏まえて進めます。
本記事は、株式会社Journey Rehab代表の田中 光(認定作業療法士、修士〈作業療法学〉、東京都立大学大学院博士後期課程在籍)が執筆・確認しました。当社サービスの案内を含みます。研究結果は個人への効果を保証せず、診断・治療方針は主治医や担当医療者にご相談ください。
まとめ
立ち上がりにくさは、体の状態と椅子の条件が重なって生じます。反復練習や複合運動で立ち上がりの成績が改善した研究がある一方、改善が明確でなかった研究もあります。まず困る場所と症状を確かめ、安全な椅子での動作、実際の生活場所、立った後の安定を順に見直します。急な悪化や危険な症状があれば医療機関へ相談してください。
よくある質問
Q. 毎日たくさん立ち座りすれば早くよくなりますか?
A. 研究で使われた回数や期間は、対象者や併用した運動で異なります。回数を多くすることが最善とは確認されていません。痛み、ふらつき、疲労、翌日の状態を見ながら専門職と調整してください。
Q. 椅子は高いほど立ちやすいですか?
A. 低い座面が難しさを増す研究はありますが、高すぎて足が床に届かない椅子も安全とは限りません。足底が安定して接地し、立った後に姿勢を保てる高さを実際に確かめます。
Q. 肘掛けがあれば転ばなくなりますか?
A. 肘掛けや手すりの条件は動作に影響しますが、今回の研究から転倒を防ぐと断定できません。固定状態と手の痛み、置く位置を確認し、必要なら専門職に適合を見てもらってください。
Q. 立ち上がれないのは年齢のせいでしょうか?
A. 筋力、痛み、血圧、薬剤、神経症状など原因は一つではありません。急にできなくなった、片側だけ力が入らない、転倒やめまいがある場合は医療機関へ相談してください。
Q. 立てるようになればトイレや外出も自立できますか?
A. 椅子のテスト成績と、狭いトイレや屋外での安全は別です。生活場所での動作と立った後の歩き始めまで確かめ、必要な支援を残しながら進めます。
参考文献
- Rosie J, Taylor D. Sit-to-stand as home exercise for mobility-limited adults over 80 years of age–GrandStand System may keep you standing? Age Ageing. 2007;36:555-562. PMID: 17646216. DOI: 10.1093/ageing/afm093. 出典
- Dandekar S, et al. Brief daily functional strength training to improve functional performance in older adults with mobility disability: A randomized trial. PLoS One. 2026;21:e0336748. PMID: 41818188. DOI: 10.1371/journal.pone.0336748. 出典
- Grönstedt H, et al. Effect of Sit-to-Stand Exercises Combined With Protein-Rich Oral Supplementation in Older Persons: The Older Person’s Exercise and Nutrition Study. J Am Med Dir Assoc. 2020;21:1229-1237. PMID: 32471657. DOI: 10.1016/j.jamda.2020.03.030. 出典
- Klempel N, et al. The Effect of Chair-Based Exercise on Physical Function in Older Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int J Environ Res Public Health. 2021;18:1902. PMID: 33669357. DOI: 10.3390/ijerph18041902. 出典
- Alexander NB, Koester DJ, Grunawalt JA. Chair design affects how older adults rise from a chair. J Am Geriatr Soc. 1996;44:356-362. PMID: 8636577. DOI: 10.1111/j.1532-5415.1996.tb06402.x. 出典
- Kinoshita S, Kiyama R, Yoshimoto Y. Effect of Handrail Height on Sit-To-Stand Movement. PLoS One. 2015;10:e0133747. PMID: 26207755. DOI: 10.1371/journal.pone.0133747. 出典
- Slaughter SE, et al. Mobility of Vulnerable Elders study: effect of the sit-to-stand activity on mobility, function, and quality of life. J Am Med Dir Assoc. 2015;16:138-143. PMID: 25271194. DOI: 10.1016/j.jamda.2014.07.020. 出典
- 厚生労働省. 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023. 高齢者版・安全に行うためのポイント. 出典