
廊下の敷物、夜のトイレへの移動、玄関で靴を履く姿勢。家の中には、昼間に見ただけでは気付きにくい転倒のきっかけがあります。一方、慣れた家具を一律に撤去すると、支えや目印まで失うこともあります。この記事では「住まいをきれいにすれば安心」という考え方から一歩進め、誰に、何を、どのように評価して変更するかを研究と生活の両面から考えます。
自宅の転倒危険は人と環境の組み合わせ
同じ段差でも危険は人によって違う
転倒には、筋力やバランス、見え方、足の感覚、血圧、薬剤、認知面などが関わります。小さな段差でも足が上がりにくい人には難しく、つまずいた後に支えがないと転倒へつながる場合があります。逆に、段差をなくすだけでは立ちくらみや失神の問題は解決しません。環境を評価するときは、その場所で本人がどう動くかまで確認します。
包括的な転倒評価と住まいの評価をつなぐ
NICEの2025年の転倒ガイドラインは、必要な人に包括的な転倒評価を行い、地域での支援として標準化された道具による自宅の危険評価と介入を勧めています。作業療法士による実施を検討し、他職種が行う場合にも適切な訓練や監督を求めています。転倒が一度でも歩行・バランスの問題がある人は、対象になり得ます。1
今回は住まいの調整に焦点を当てる
運動、服薬、視力などを含む全体の整理は、高齢者の多因子的転倒予防について解説した記事で扱っています。この記事はその中でも、自宅での動線と環境を個別に評価する部分を詳しく取り上げます。家具の購入や工事を始める前に、実際の困りごとを確認することが大切です。

研究結果:転倒回数と初回転倒を区別する
310人のRCTでは主要評価項目に明確な差がなかった
Starkらの2021年の試験は、米国で地域の高齢者支援を利用する65歳以上の310人を、自宅の危険除去プログラム155人、通常支援155人に割り付けました。作業療法士が本人と環境を評価し、個別の計画を作り、変更とセルフマネジメントを支援しました。主要評価項目である転倒発生のハザードは12か月で明確な群間差がなく、ハザード比0.90、95%信頼区間0.66~1.27でした。2
転倒率という副次評価項目では減少が見られた
同じ試験では、繰り返す転倒も数える転倒率に差があり、調整後の比は0.62、95%信頼区間0.40~0.95でした。一方、日常活動、転倒への自信、生活の質に明確な差はありませんでした。「転倒率が低い」という結果を「誰も転ばなくなった」「暮らし全体が改善した」と読み替えないことが大切です。2
研究全体でも対象者による違いがある
2023年のコクランレビューは22研究、8,463人をまとめ、自宅の危険を減らす介入について、転倒リスクが高い人を対象とした場合に有利な傾向を報告しています。転倒リスクで選別しない集団では同様の減少が見られませんでした。これは補助的な研究全体の情報であり、個人への効果の大きさや、特定の手すり・照明単独の効果を示すものではありません。3
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
生活での具体例:夜間・玄関・水回り
夜のトイレへの移動を昼の動線と分けて見る
昼は問題ない廊下でも、夜は暗さ、眠気、急ぐ気持ちが重なります。寝床から立ち上がる、照明をつける、履物を履く、トイレの扉を開けるところまで順に確認します。足元のコードや物を移す際は、本人が普段使っていた支えを失わないかも見ます。照明はまぶしさや影も含めて試し、足元だけ明るくして全て解決したと考えないようにします。
玄関は履物と座る場所を一緒に考える
立ったまま片足で靴を履くことが不安定なら、安定した座る場所を検討します。靴が脱げやすい、かかとがつぶれている、サイズが合わないなども確認します。ただし、足の変形、むくみ、装具などに合う履物は個別に選ぶ必要があります。新しい靴で歩き方が変わる場合には、いきなりひとりで長く歩かず、専門職と確認します。
浴室やトイレの手すりは取り付け位置を決める前に
立ち上がるとき、方向を変えるとき、浴槽をまたぐときでは必要な支えが異なります。どこを握れるかだけでなく、体をどちらへ移すか、濡れた床で足が滑らないかまで見ます。タオル掛けを手すり代わりにしないでください。工事や固定は耐荷重や取り付け面の確認が必要なので、専門家に相談します。
リビングと収納は「よく使う物」から見直す
頻繁に使う食器や衣服を、高すぎる棚や低すぎる引き出しに入れると、踏み台や深い前かがみが必要になることがあります。本人が安全に届く範囲へ移す案を検討します。配置を一度に変えると混乱する人もいるため、本人の同意を得て少しずつ確認します。下肢の運動については、高齢者の転倒予防運動の種類を整理した記事も併せてご覧ください。

環境調整の進め方と家族の関わり
最初に困る場面と優先順位を共有する
「危険な物を全部なくす」から始めず、最近転んだ場面、ひやっとした場面、避けるようになった活動を聞きます。起床直後、荷物を持った移動、来客対応など、時間帯と状況も確認します。本人にとって大切な活動を残すことを目的に、変更しやすい場所と専門評価が必要な場所を分けます。転倒記録は本人を責めるためのものではありません。
変更後に実際に使えるかを確認する
家具を動かす、手すりを付ける、照明を変えるときは、変更前後の動作を安全な範囲で確認します。「手すりがあるのに使わない」場合は、本人の手が届く位置なのか、握りやすいか、動作の流れに合うかを見ます。新たな段差や通路の狭さが生じていないかも確認します。変更した直後だけでなく、体調や生活が変わったときにも再評価します。
慣れた支えを急に撤去しない
本人が家具に手を添えて歩く場合、危険な支えか、安全に固定されているかをまず確認します。代わりの支えがないまま撤去すると、移動が難しくなることがあります。認知面の問題がある人には、配置の変更で道が分かりにくくなる可能性もあります。家族だけで大幅に変えず、本人の理解と動作を見ながら担当者と相談します。
見守りと身体への支援も並行する
環境を整えても、急な立ちくらみ、足の感覚低下、筋力低下などの課題は残る場合があります。適切な運動、補助具、服薬評価、視力の確認などを医療・介護の担当者と組み合わせます。転倒が増える場合には、さらに家具を減らす前に原因の評価を受けてください。安全な行動範囲を確かめることと、外出を過度に制限しないことを両立させます。
作業療法士の視点:家の写真だけでは判断しない
その人の暮らしを観察する
作業療法士は、部屋の見た目だけでなく、本人が立ち上がる、方向を変える、物を持つ、扉を開ける動作を観察します。手が空いているときは安全でも、洗濯物を持つと支えを使えないこともあります。本人の体格、利き手、痛み、視覚、習慣を含めて考えます。写真は相談の参考になりますが、それだけで工事位置や転倒リスクを確定できません。
本人の意向と家族の負担を確認する
危険を減らすために活動を全てやめると、本人の楽しみや役割が失われる場合があります。調理、園芸、訪問客への応対など、続けたいことを先に聞き、道具や見守りを工夫します。家族に24時間の見守りを当然のように求めず、支援体制も相談します。Journey Rehabの訪問で扱う内容は、リハビリ内容の案内で確認できます。
「転ばなかった」以外も振り返る
転倒の有無だけでなく、ひやっとした回数、夜間の移動のしやすさ、活動を避けていないか、介助の必要性も見ます。転倒がないのは移動をやめたからという場合もあり、安全と生活参加を同時に考えることが必要です。記録で原因を決めつけず、変化があれば担当者と計画を修正します。

安全上の注意・中止と受診の目安
まとめ
自宅の転倒対策は、物を減らすだけではなく、身体の状態、本人の動作、住まいの使い方を合わせて評価する支援です。危険除去プログラムのRCTには転倒回数の減少が見られましたが、主要評価項目には明確な差がありませんでした。本人が続けたい生活を起点に変更し、使えるかを再確認しながら、医療的な原因評価や運動とも組み合わせて考えましょう。
本記事は一般的な情報提供であり、診断や個別の治療指示ではありません。当社サービスの案内を含みます。研究結果は個人の効果を保証せず、診断・治療方針は主治医や担当医療者にご相談ください。文献確認日:2026年9月28日。
よくある質問
Q. 手すりを付ければ転倒しなくなりますか?
A. 保証できません。支えを使う位置と動作、身体の状態によって適切な方法が変わります。取り付け前に専門職と確認し、施工は安全性を確認できる業者に相談します。
Q. 転んだことがなくても全員に同じ対策が必要ですか?
A. 同じ工事や道具が全員に必要とは言えません。研究では転倒リスクが高い人に対象を絞った場合に有利な結果があり、個別の評価が大切です。
Q. 敷物や家具はすべて撤去した方がよいですか?
A. 一律には決められません。つまずきや滑りの危険を確認しつつ、本人が支えや目印として使っていないかも見ます。急な大幅変更は避け、代替案を相談します。
Q. 足元灯だけで夜間の転倒を防げますか?
A. 照明だけの効果を今回の試験は示していません。起き上がり、立ちくらみ、履物、急ぐ状況、廊下の支えまで一緒に確認します。
Q. 転倒率と転倒した人の割合はどう違いますか?
A. 転倒率は同じ人の繰り返す転倒も含めた回数を時間で考えます。転倒した人の割合は一度以上転んだ人を数えます。結果の意味が違うため分けて読みます。
Q. 家で転ぶのは家の危険が原因ですか?
A. 環境だけとは限りません。血圧、薬剤、視力、筋力、神経症状なども関わります。繰り返す転倒や失神は医療機関で評価を受けてください。
参考文献
- NICE. Falls: assessment and prevention in older people and in people 50 and over at higher risk. NG249. 2025. Recommendations 1.3.5–1.3.6, 1.3.13–1.3.14. 出典を確認する
- Stark S, Keglovits M, Somerville E, Hu YL, Barker A, Sykora D, Yan Y. Home Hazard Removal to Reduce Falls Among Community-Dwelling Older Adults: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2021;4:e2122044. PMID: 34463746. DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2021.22044. 出典を確認する
- Clemson L, Stark S, Pighills AC, et al. Environmental interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev. 2023;3:CD013258. PMID: 36893804. DOI: 10.1002/14651858.CD013258.pub2. 出典を確認する