
結論:軽度~中等度の難聴では、補聴器は聞き取りや会話に関わる生活参加を支える可能性があります。一方、認知症を防ぐと一律には言えません。耳鼻咽喉科などで聞こえを評価し、機器の調整と静かな会話環境、本人が扱える方法を組み合わせて考えます。
「何度も聞き返す」「集まりでは会話に入りにくい」。聞こえにくさは、高齢者の暮らしやリハビリ中の説明の受け取り方にも関わります。補聴器を着けること自体を目的にせず、本人が参加したい会話を中心に、研究と生活の工夫を確認します。
研究が示すことと限界、生活での具体的な工夫、専門職への相談と安全の確認点が分かります。
聞こえにくさは生活のどこに表れるか
聞こえにくさは、音が小さく感じられるだけでなく、言葉がはっきりしない、周囲の音があると会話が分かりにくい、といった形で現れることがあります。家族との会話、診察の説明、地域の集まりなど、本人が困る場面を具体的に確認することが大切です。[1]
聞き返しを「理解力の低下」と決めつけない
反応が遅い、質問と違う答えが返るとき、話の内容を十分に聞き取れていない可能性もあります。一方、聞こえだけで全てを説明することもできません。耳の状態や聴力、認知・コミュニケーションの状態を必要に応じて評価します。家庭での印象だけで診断しないでください。
目標は、本人が参加したい会話
「家族の予定を確認したい」「友人との集まりで話を聞きたい」「リハビリの説明を理解したい」など、目標は人によって異なります。補聴器を持っているかだけでなく、どんな場面で困り、どんな支援が使えるかを考えます。
研究では何が示されているのか
2026年Cochraneレビュー:生活参加と聞き取りに利益
2026年版のCochraneレビューは、軽度~中等度の難聴がある成人を対象にした16試験、計2,261人をまとめました。補聴器は、聞こえに関連する生活参加と聞き取り能力に前向きな効果がある可能性が高いと評価され、これらの根拠の確実性は「中等度」です。対象の平均年齢は試験により58~83歳で、全てが高齢者だけの研究ではありません。[2]
生活参加の改善と、孤独感の改善は同じではない
同レビューでは、孤独感への影響は小さい、またはほとんどない可能性があり、作業記憶への影響は非常に不確実とされています。会話の聞き取りが楽になることと、心理面や認知機能まで一律に改善することは、区別して読む必要があります。[2]
ACHIEVE試験:全体の主要評価項目では有意差なし
2023年のACHIEVE試験は、未治療の難聴があり、大きな認知の障害がない70~84歳の977人を、補聴器と聴覚支援を受ける群、健康教育を受ける群に無作為に分けました。全参加者の3年間の認知機能変化という主要評価項目では、群間に統計的な有意差がありませんでした(差0.002、95%信頼区間−0.077~0.081、p=0.96)。[3]
集団別の結果を全員に広げない
ACHIEVEでは、事前に計画された集団別の解析で、認知低下のリスクが高いARIC集団238人に前向きな差が報告されています。しかし、これは全参加者の主要結果とは異なる解析です。「補聴器を着ければ誰でも認知症を防げる」という意味ではなく、利益が対象者によって異なる可能性を示します。[3]

エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
装着を隠しにくい研究である
補聴器の試験は、本人や支援者に機器を使っていることを隠すのが難しく、期待や評価への影響が残ります。レビューでは、測定方法、期間、対象者の違いも限界として挙げられています。研究集団の平均的な結果が、本人の聞こえにそのまま当てはまるとは限りません。[2]
支援一式と、機器だけの効果は分ける
ACHIEVEの介入は補聴器を渡すだけではなく、聴覚の相談・調整を含む支援でした。どの機種を買えば同じ結果になるかは、この研究から決められません。海外の支援体制や研究条件を、日本の個々の生活にそのまま置き換えることもできません。[3]
認知症の発症を防ぐかは言い切れない
3年間の認知検査の変化と、将来の認知症の発症は同じ評価項目ではありません。ACHIEVEでは認知障害の発生への明確な差も確認されず、より長い追跡などが課題です。すでに認知症がある人への治療効果も、この試験だけでは分かりません。[3]
補聴器の価値を認知症予防だけに求める必要はありません。聞き取りや生活参加への研究を踏まえ、本人が大切にする会話のために検討できます。
補聴器を考える前に、聞こえを評価する
年齢だけで原因を決めない
聞こえにくさにはさまざまな原因があるため、まず耳鼻咽喉科などで相談します。急な変化、片耳だけの聞こえにくさ、耳の痛みや耳だれ、強いめまいなどがあるときは、補聴器の購入を先に進めず医療評価を受けてください。[1,4]
「音が聞こえる」と「言葉が分かる」は別
聴力の評価に加え、言葉の聞き取りや困る環境を伝えることが大切です。静かな診察室では困らなくても、複数人での会話、電話、食堂などで難しい場合があります。家庭でよく起こる場面を一つか二つ伝えると、相談の目的が明確になります。
機器の選択は本人が扱えるかも確認
小さい部品を持てるか、左右を見分けられるか、電池交換や充電ができるか、眼鏡やマスクと一緒に使えるかも確認します。音の調整は適切な専門家に相談し、操作の難しさは生活動作として支援を考えます。高価な機器を選べば必ず満足できる、とは言えません。
家庭でできる会話環境の工夫
顔を見せて、注意が向いてから話す
離れた場所や後ろから話し始めると、相手は誰が話しているか気付きにくいことがあります。本人の注意が向いてから、顔が見える距離で、はっきりした普段の声で話します。必要な方法は本人に尋ねてください。大声で叫ぶことが、常に聞き取りやすい方法ではありません。[1]
周囲の音を減らす
テレビやラジオを消す、食器を片付けてから話す、静かな席を選ぶなど、声以外の音を減らす工夫が考えられます。会話のたびに本人だけに集中を求めず、話す側も環境を整えます。補聴器を使っていても、騒がしい場所の会話が難しいことはあります。[1,5]
分からなかった言葉は、言い方を変える
同じ言葉を繰り返すだけで伝わりにくいときは、短い文に言い換える、話題を先に示す、必要な予定を文字で確認する方法が考えられます。文字が読みにくい人や認知の問題がある人には、文字だけに頼らず、その人が使える方法を選びます。
大切な説明は理解を確かめる
受診、薬、リハビリの安全に関する話は、聞こえたかどうかだけでなく、何を理解したかも確認します。「明日は何時に出る予定だったか、一緒に確認しましょう」など、本人を試す形にならない言い方を考えます。聞き間違いを責めず、伝え方を見直してください。

補聴器を暮らしで使うときの確認点
慣れと調整を、本人の負担に合わせる
新しい音に戸惑うことや、ある場所だけで聞き取りにくいことがあります。「慣れるまで我慢」と決めつけず、どの音が不快か、どの場面で困るかを調整担当者へ伝えます。全員が同じ時間数から始める必要はなく、使い方の計画を相談します。[5]
取り付け・片付けを一つの生活動作として考える
明るい机、安定した椅子、部品が落ちても見つけやすいトレーなど、扱う環境を整える方法が考えられます。片付け場所を決め、必要なら充電の手順を一緒に確認します。小さな電池や部品は、子どもや認知症などで誤飲の恐れがある人の手が届かない場所に保管してください。[5]
本人に合わないときは再相談する
痛い、耳がかゆい、音が強すぎる、声が分かりにくい、装着しにくいときは再調整を相談します。音量をむやみに上げたり、耳の中へ深く押し込んだりしないでください。使わないことを意思の弱さと考えず、原因を分けて確認することが大切です。
作業療法士の視点:聞こえを生活参加につなぐ
リハビリの説明が届く環境を整える
訪問リハビリでは、機器の音やテレビ、話す位置、同時に行う作業などが説明の受け取り方に関わります。動作を始める前に、本人が説明を理解できる状況を作り、必要なら実演や見て分かる手掛かりを使います。聞こえの問題があるときに、反応だけで認知機能を判断しない視点が必要です。
「できる操作」と「支援がいる操作」を分ける
補聴器の装着、ケースの開閉、充電、持ち歩きなどを、手の動き、視力、生活習慣と合わせて確認します。音の専門的な調整や診断は聴覚の専門家に相談し、作業療法では機器を暮らしの中で扱う方法と環境を考えます。
会話したい場面から目標を決める
例えば、静かな食卓で次の日の予定を確認する、地域の活動で一人の話を聞くなど、本人が望む場面を決めます。これは研究で効果が証明された独自訓練ではなく、生活の目標を整理する例です。体力や外出の安全も考える場合は、高齢者の転倒対策について解説した記事も参考になります。

安全上の注意・中止と受診の目安
突然の聞こえの変化は待たない
突然片耳または両耳が聞こえにくくなった、急な耳鳴りや耳の詰まり感が出た場合は、年齢や耳垢のせいと決めつけず、直ちに耳鼻咽喉科などへ相談してください。突発的な感音難聴は速やかな医療評価が必要です。補聴器で様子を見ることを優先しないでください。[4]
機器の使用や練習を止める場面
強い耳の痛み、出血、耳だれ、強いめまい、不快な大音量があるときは、無理に装着や聞き取りの練習を続けず、医療機関や調整担当者へ相談します。会話が負担になって疲れたときも休みを入れます。歩行中に機器を操作する練習は、転倒の危険があるため立ち止まって安全な場所で行います。
救急へ相談する症状
突然の顔のゆがみ、片側の手足の脱力、ろれつの変化、意識の変化、強い呼吸困難や胸痛があるときは119番などで直ちに救急へ相談してください。電池や部品を飲み込んだ可能性がある場合も直ちに医療機関へ相談し、無理に吐かせないでください。
医療と生活の支援をどう組み合わせるか
耳鼻咽喉科などへ「いつから」「どちらの耳か」「どの場面で困るか」「耳鳴り・めまい・痛みの有無」「使っている機器」を伝えます。補聴器の調整後も、家庭での聞こえ方を伝え、相談を継続することが大切です。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについては、サービス案内と料金・ご利用の流れをご覧ください。機器の操作や説明が伝わる環境を生活動作として考えられますが、難聴の診断や補聴器の専門的な音調整を代替するものではありません。
まとめ
補聴器は、軽度~中等度の難聴がある人の聞き取りや会話に関わる生活参加を支える選択肢です。認知機能への研究は対象集団や評価項目で結果が異なり、認知症を防ぐと一律には言えません。
本人が参加したい会話を中心に、聞こえの医学的な評価、機器の調整、静かな環境、伝え方、扱いやすさを組み合わせて考えます。聞き返しを責めず、急な聞こえの変化を見逃さないことも大切です。
著者:田中 光(株式会社Journey Rehab代表、認定作業療法士、修士〈作業療法学〉、東京都立大学大学院博士後期課程在籍)。記事には当社サービスの案内を含みます。研究結果は個人の効果を保証しません。診断・治療方針は主治医にご相談ください。文献確認日:2026年9月29日。掲載画像は説明用のAI生成画像で、実在する症例や訪問場面を示すものではありません。
よくある質問
Q. 補聴器を使えば認知症を予防できますか?
一律には言えません。ACHIEVEの全参加者の主要評価項目では有意差がなく、集団別解析で異なる結果がありました。会話参加への利益と認知症予防を同じ意味で扱わないでください。[2,3]
Q. 大声で話せば伝わりますか?
声を大きくするだけで解決するとは限りません。顔を見せる、周囲の音を減らす、短く言い換えるなど、本人に合う方法を確認します。[1]
Q. すでに補聴器があるのに使っていません。
音の不快さ、装着の痛み、操作の難しさなどを分けて確認します。調整担当者への相談と、生活の中で扱う方法の支援を考えます。[5]
Q. 聞き返すことが増えたら認知症ですか?
家庭の印象だけでは診断できません。聞こえや耳の状態を含めて評価し、認知面の心配があれば主治医にも相談してください。
Q. 急に片耳が聞こえにくくなりました。
直ちに耳鼻咽喉科などへ相談してください。年齢のせい、耳垢だろうと自己判断で待たないことが大切です。[4]
参考文献
- National Institute on Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD). Age-Related Hearing Loss(Presbycusis). 公的機関資料
- Ferguson MA, Sarant JZ, Bennett RJ, McIlhiney P, Badcock N, Bothe E. Hearing aids for mild to moderate hearing loss in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2026;8:CD012023. DOI:10.1002/14651858.CD012023.pub3. PMID:42644645. PubMed・PMC全文
- Lin FR, et al. Hearing intervention versus health education control to reduce cognitive decline in older adults with hearing loss in the USA(ACHIEVE): a multicentre, randomised controlled trial. Lancet. 2023;402:786–797. DOI:10.1016/S0140-6736(23)01406-X. PMID:37478886. PubMed・PMC全文
- NIDCD. Sudden Sensorineural Hearing Loss(SSHL). 公的機関資料
- NIDCD. Hearing Aids. 公的機関資料