東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「歩幅が狭くなり、足が床に貼りついたようになります」「物忘れも出てきて、認知症だと思っていたら水頭症と言われました」「シャント手術を受けましたが、リハビリはどうすればよいのでしょうか」。特発性正常圧水頭症(iNPH)と診断された方やご家族が、こうした疑問を持つことは少なくありません。
結論から正直にお伝えします。日本のガイドライン(第3版)は、髄液シャント手術がiNPHの治療として有効であるとしています(推奨グレード1、エビデンスレベルB)1。一方で、この同じガイドラインには、手術の前後にどのようなリハビリを行うべきかについての推奨は含まれていません1。
リハビリについては小規模な試験が数件あるだけで、127名を対象とした試験では、追加の運動プログラムを行っても主要な評価項目に群間の差はみられませんでした2。この記事では、その少ない研究から何が言えて何が言えないのかを整理します。
脳のまわりを流れる髄液の吸収がうまくいかず、脳室が広がることで症状が出る状態です。原因となる先行する病気やけががないものを「特発性」と呼びます。日本のガイドライン(第3版)によると、住民を対象とした調査では有病率が1.6%、病院を基盤とした調査では10万人あたり2〜10人(65〜70歳以上では30〜60人)と報告されています1。
診断では、髄液を30〜50ml抜いて症状の変化をみる「タップテスト」が行われます。ガイドラインによると、この検査の感度は58%(26〜87%)、特異度は75%(33〜100%)と報告されています(推奨グレード1、エビデンスレベルB)1。歩行の評価には、立ち上がって歩いて戻る時間(TUG)や短い距離の歩行が用いられます(推奨グレード2、エビデンスレベルC)1。
髄液シャント術はiNPHの治療として有効(推奨グレード1、エビデンスレベルB)とされています。日本で行われた多施設の無作為化試験(SINPHONI・SINPHONI-2)では、腰部と腹腔をつなぐ方法と脳室と腹腔をつなぐ方法で、12か月時点で1点以上の改善が得られた割合が「ほぼ同じ」と報告されました1。
全国調査では、脳室腹腔シャントで機能的自立度の指標(mRS)が2.73から2.01へ、腰部腹腔シャントで2.66から1.98へと変化し、合併症の頻度はそれぞれ10%と14%でした1。33件の研究をまとめた2018年のメタアナリシスでは、圧を調整できる弁で76%、固定圧の弁で74%に症状の変化がみられたと報告されています1。
症状の順番としては、歩行が最初に変化し、認知面と排尿の症状はその後に続くとされています1。
主要な評価項目である10m歩行の速さは、作動群 0.28±0.28 m/秒、閉鎖群 0.04±0.17 m/秒で、群間差は 0.22 m/秒(95%信頼区間 -0.02〜0.46、p=0.071)。統計的に有意な差には至りませんでした。副次的な項目では、過活動膀胱の指標だけが有意でした(p=0.007)。認知・抑うつ・生活機能の指標には差がありませんでした。
安全面では、閉鎖群で2件の転倒がありましたが重い被害はなく、シャント感染や硬膜下血腫は起きていません。4か月の治療の遅れによる不利益もみられませんでした。著者らは「プラセボ対照試験が実施可能であることを示した」と述べており、18名という規模のため結論を出すための試験ではありません3。
ここが、この記事で最も正直にお伝えしたい部分です。日本のガイドライン第3版には、手術の前後のリハビリ・理学療法・運動についての推奨は含まれていません1。研究は少数の試験にとどまります。
主要な評価項目である総合スコアの変化には、どの時点でも群間の差がみられませんでした(運動群 24.7点、対照群 20.8点の改善)。領域別にみると、バランスの得点だけは6か月時点で運動群のほうが良好でした(p≦0.05)。歩行・認知・排尿の得点には差がありません。目標の達成率は、介入直後の全体解析で運動群65.9%・対照群52.0%(p=0.25)と有意差はなく、実際にプログラムを完遂した方だけでみると80.0%対52.0%(p=0.033)でした。6か月時点では差がありません。
運動そのものによる有害な影響は報告されていません。ただし運動群で脱落が多く(介入直後で運動群12名・対照群6名)、その内訳には硬膜下血腫、シャントの不具合、感染などの手術関連の合併症が含まれます2。
結果は、歩行とバランスを合わせて評価する指標(FGA)でのみ、動的歩行訓練の群が介入後と追跡時点で他の2群より良好でした。10m歩行や立ち上がって歩いて戻る時間(TUG)では、群間の差はみられていません。追跡時点での転倒の頻度は動的歩行訓練の群で低いと報告されています。生活空間の広がりの指標は3群とも変化しましたが、群間の差はありませんでした4。
2. 127名の試験では、主要な評価項目に群間の差がみられませんでした2
3. その試験は脱落が多く、著者ら自身が「統計的な検出力が下がり、差を見つけられなかった可能性が高い」と述べています2
4. 同じ試験の著者らは、用いた評価指標がリハビリの効果を測るために作られたものではないという限界も挙げています2
5. さらに「手術そのものの効果が大きく、リハビリの小さな効果を覆い隠した可能性がある」とも指摘されています2
6. 70名の試験でも、差がみられたのは特定の指標のみで、10m歩行やTUGでは群間差がありませんでした4
7. 手術そのものについても、18名のプラセボ対照試験では歩行速度の差が統計的に有意ではありませんでした(p=0.071)3。この試験は規模が小さく、対象者の85%が選定基準で除外されています3
8. タップテストの感度は58%と報告されており、検査で変化がみられなくても手術で変化が得られる方がいることを意味します1
3〜5番目は、この分野を理解するうえで重要です。「差がみられなかった」という結果は、「リハビリに意味がない」ことの証明ではありません。127名の試験の著者ら自身が、脱落の多さ、評価指標の適合性、手術効果との重なりという3つの理由を挙げています2。同時に、「差がみられた」と言い切れる根拠もまだ揃っていません。
2. どのくらいの量・期間が適切かが分かっていません。研究で用いられたのは週2回12週間2や6週間4ですが、最適な条件として確かめられたものではありません
3. 手術前にリハビリを行う意味があるかが調べられていません1
4. 手術を受けない方(受けられない方)にリハビリがどう役立つかがほとんど分かっていません
5. 認知面と排尿の症状に、リハビリが関わるかが分かっていません。研究ではいずれも群間の差がみられていません2
6. 転倒との関係がはっきりしていません。1件の試験で追跡時点の転倒頻度が低いと報告されていますが4、127名の試験ではこの点が主要な結果として扱われていません2
7. 長期的にどうなるかが分かっていません。上記の試験の追跡は6か月までです2
・一部の磁力調整式シャントは、強い磁場の影響を受ける可能性があります。MRIや磁石を含む機器への対応は製品ごとに異なるため、自己判断せず、患者手帳・製品情報と主治医の指示を確認してください
・頭痛、吐き気、急に強まった眠気、症状の急な悪化は、髄液が抜けすぎている状態や硬膜下血腫のサインである場合があります。運動を中止し、速やかに主治医にご連絡ください。127名の試験でも、脱落理由に硬膜下血腫が複数含まれています2
・姿勢を保つ反射の働きが落ちるため転びやすい状態です1。練習の環境(手すり、床、付き添い)を整えてから行ってください
・手術を受けていない段階では、症状の変化を主治医と共有しながら進めてください
全身の体力が落ちている状態が重なっている方も少なくありません。その場合の考え方については、高齢者のフレイルと運動療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
次に確認するのが、どの症状が生活の妨げになっているかです。歩行、認知面、排尿の3つは互いに影響し合います。トイレが間に合わないという困りごとが、実は「歩く速さ」と「立ち上がりにかかる時間」の問題であることもあります。症状名ではなく、実際の場面から整理するようにしています。
もう一つ大切にしているのが、転倒への備えです。ガイドラインにも、姿勢を保つ反射の働きが落ちるために転びやすいと明記されています1。練習の内容を決める前に、家の中の動線と、実際に危なかった場面を確認します。
正直にお伝えしている点もあります。この領域は、脳卒中やパーキンソン病と比べて研究が圧倒的に少なく、日本のガイドラインにもリハビリの推奨は含まれていません1。127名の試験でも主要な評価項目に差はみられませんでした2。「研究でこうなっています」と言い切れる場面はほとんどありません。分かっていないことは分かっていないままお伝えし、そのうえでご本人の目標に合わせて内容を決めています。
2. 髄液シャント術は治療として有効とされています(推奨グレード1、エビデンスレベルB)1
3. ただし18名のプラセボ対照試験では、歩行速度の差は統計的に有意ではありませんでした3
4. 日本のガイドライン第3版には、リハビリについての推奨が含まれていません1
5. 127名の試験では、追加の運動プログラムで主要な評価項目に群間の差がみられませんでした2
6. 同じ試験でバランスの得点は6か月時点で運動群のほうが良好でした2
7. 70名の試験では、歩行とバランスを合わせた指標でのみ差がみられました4
8. 転びやすい状態であることが明記されており、練習の環境を整えることが前提です1
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Rydja J, Kollén L, Hellström P, Owen K, Lundgren Nilsson Å, Wikkelsø C, et al. Physical exercise and goal attainment after shunt surgery in idiopathic normal pressure hydrocephalus: a randomised clinical trial. Fluids and Barriers of the CNS. 2021;18(1):51. PMID: 34809666. PMCID: PMC8607575.
3. Luciano M, Holubkov R, Williams MA, Malm J, Nagel S, Moghekar A, et al. Placebo-Controlled Effectiveness of Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus Shunting: A Randomized Pilot Trial. Neurosurgery. 2023;92(3):481-489. PMID: 36700738. PMCID: PMC9904195.
4. Nikaido Y, Urakami H, Okada Y, Akisue T, Kawami Y, Ishida N, et al. Rehabilitation effects in idiopathic normal pressure hydrocephalus: a randomized controlled trial. Journal of Neurology. 2023;270(1):357-368. PMID: 36071284.
