東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
心臓の病気があっても運動していいのか、研究と限界を正直に解説
高血圧や狭心症、心筋梗塞の既往、心不全など、心臓や血管の病気を抱えながら暮らす高齢の方は少なくありません。そこに「転びやすくなってきた」という不安が重なると、「運動した方がいいと聞くけれど、心臓に負担をかけて大丈夫だろうか」という迷いが出てきます。
この記事では、心血管疾患のある高齢者を対象にした転倒予防運動の研究を中心に、どんな内容がどこまで有効と分かっているのか、どんな人に向いているか、実施するうえで気をつけたい安全管理の考え方を、現場の経験とあわせて整理します。一般的な高齢者向けの転倒予防運動と何が違うのかも触れていきます。
最終更新日:2026年8月25日
最新レビュー日:2026年8月25日
胸の痛みや締めつけ感、安静時でも続く強い息切れ、動悸、めまいや失神を伴う症状、最近の心不全の悪化、コントロールできていない不整脈がある場合は、自己判断で運動を始めず、必ず主治医に相談してください。この記事は一般的な情報提供が目的で、目の前の方に運動が安全かどうかの最終判断は、循環器の主治医とリハビリ専門職が個別に行うものです。
高齢者の転倒予防では、バランス運動や筋力運動、続けやすい実施形式の工夫など、すでに多くの研究があります。ただ、こうした研究の多くは「大きな持病がない高齢者」を中心に組み立てられており、高血圧、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞の既往)、心不全、不整脈などを併せ持つ方に、そのまま同じ内容を当てはめてよいかは別に考える必要があります。
心血管疾患のある高齢者は、そうでない高齢者と比べて転倒のリスクが高いことが指摘されています。理由はひとつではなく、疾患そのものによる体力低下、めまいや息切れによる活動量の減少、降圧薬や利尿薬など服用している薬剤の影響、動くこと自体への不安など、いくつもの要因が重なります。
つまり「転倒予防運動」と「心臓に負担をかけない運動」を、別々にではなく同時に考える必要がある集団です。高齢者向けの代表的な運動プログラムであるOtago運動プログラムについて解説した記事もありますが、この記事では心血管疾患を併せ持つ方に絞って、研究で確認されていること・まだ分かっていないことを整理します。

2025年にJAMA誌に発表された中国農村部での大規模クラスターランダム化比較試験(FAMILY試験)では、60歳以上の高齢者2610人を対象に、地域の「村医」が担当する転倒予防プログラムの効果が検証されました1。介入群は12か月間、月1回以上の集団運動教室(1回約40分、ウォームアップ・下肢筋力運動・上肢筋力運動・バランス運動を組み合わせた7種目)に加え、動画を使った自宅運動(週4回以上を目安)を行いました。結果として、12か月間に転倒を1回以上経験した人の割合は、介入群29.7%に対し対照群38.3%で、統計的に有意な差が報告されています(オッズ比0.67、95%信頼区間0.48〜0.91)1。
このFAMILY試験の参加者のうち、高血圧または心疾患を自己申告した心血管疾患のある高齢者だけを取り出して分析したのが、2026年にAge and Ageing誌に報告された研究です2。同じ12か月の運動・健康教育プログラムを受けた心血管疾患のある高齢者では、転倒を1回以上経験した人の割合が31.6%(介入群)対42.7%(対照群)、転倒率は1人年あたり0.9回対1.6回、転倒による受傷は15.9%対24.9%と、いずれも介入群で少なかったと報告されています。椅子からの立ち上がり動作やバランステストの成績、生活の質(QOL)のスコアも介入群で改善した一方、歩行と方向転換を含むTUGテストでは、はっきりした差は見られなかったとされています。効果の方向はおおむね一貫していたものの、男性でやや効果が大きかったという報告もあります。
・運動は下肢の筋力とバランスを組み合わせた内容が中心
・月1回程度の集団教室+自宅での反復練習という組み合わせで、80%を超える継続率が報告されている
・介入群と対照群で死亡者数に大きな差はなく、重大な有害事象が急増したという報告はない
運動そのものの心臓への安全性については、冠動脈疾患のある人を対象にした運動療法中心の心臓リハビリテーションに関するコクランレビューも参考になります3。このレビューでは85件の試験、約2万3千人のデータをまとめ、運動を中心とした心臓リハビリテーションが心筋梗塞の再発や入院を減らす方向の結果を報告しており、観察研究のデータとして、運動療法中の重篤な心血管イベントは非常にまれ(心停止はおよそ100万患者時間あたり1.3件程度)とも紹介されています。心血管疾患があるからといって運動そのものが一律に危険というわけではなく、内容と管理の仕方が重要という位置づけです。脳卒中・TIA後の方に絞った心臓リハビリテーションについて解説した記事もあわせてご覧ください。
なお、転倒には薬剤も関わります。降圧薬の種類と転倒・失神・起立性低血圧の関係を調べたALLHAT試験の追加解析では、長期的には主要な降圧薬クラスの間で転倒リスクに大きな差はなかったものの、内服開始から1年以内という短期に限ると、カルシウム拮抗薬(アムロジピン)は利尿薬やACE阻害薬と比べて転倒のハザード比が2倍程度高かったと報告されています4。降圧薬の種類を自己判断で変えることはできませんが、薬を新しく始めた時期や変更した時期は、ふらつきに注意した方がよいという参考情報になります。
心血管疾患のある高齢者に絞った転倒予防プログラムの研究は、FAMILY試験の追加解析2が代表例ですが、これは中国農村部という特定の医療体制(村医が住民の健康管理を担う仕組み)のもとで行われた研究です。日本のように専門職によるリハビリや訪問診療が受けられる環境とは条件が異なるため、結果をそのまま日本の高齢者に当てはめられるとは限りません。また、この研究は「高血圧または心疾患の自己申告」を心血管疾患の基準としており、心不全の重症度や不整脈の種類ごとの効果までは検証されていません。
元になったFAMILY試験本体の研究チームも、参加者の自己申告に基づく転倒データは実際の転倒件数を過小評価している可能性があること、運動と健康教育のどちらがどれだけ効果に寄与したかを分けて検証できていないこと、クラスターランダム化を行っても測定されていない要因の影響を完全には排除できないことを、研究の限界として挙げています1。運動の強度設定や心拍数・血圧のモニタリングについても、この試験の報告には具体的な記載がなく、どの程度の負荷をどう管理していたのかは、論文からは十分に読み取れません。なお、FAMILY試験全体の死亡者数は介入群・対照群とも24人と同数でしたが、その内訳では介入群の心血管系による死亡が対照群よりやや多く報告されています。人数自体が少なく、この差だけで運動が心血管リスクを高めると判断することはできませんが、心血管疾患のある方への運動プログラムでは、こうした細かい安全性データまで継続的に見ていく必要があると考えられます。
研究で示された数字は、あくまで対象になった集団全体での平均的な傾向です。心不全の重症度、直近の入院歴、不整脈の有無、体力レベルによって、同じ運動が向いているかどうかは大きく変わります。「研究でこう出ていたから自分にも当てはまる」と単純に考えず、個別の状態を専門職と確認することが前提になります。
現時点の研究でも、次のような点は十分に分かっていません。
・心房細動などの不整脈がある方に対する、転倒予防運動の効果と安全性を専門に検証した研究はまだ少ない
・自宅での自己練習を中心にした場合と、医療者が付き添う環境での運動とで、安全性にどの程度差が出るかは明確でない
・効果がどのくらいの期間続くか、12か月を超える長期的な影響は今回の研究だけでは分からない

研究の対象や、循環器領域で一般的に共有されている考え方を踏まえると、次のように整理できます。ただし、これは一般的な目安であり、最終的な可否は主治医の判断が優先されます。
・コントロールされている高血圧
・症状が安定している狭心症、心筋梗塞後で回復期を過ぎている状態
・症状が安定している慢性心不全(主治医の管理下にある場合)
・薬でコントロールされている不整脈
・不安定狭心症や、最近発症した心筋梗塞
・症状が悪化している、または入院を要したばかりの心不全
・コントロールされていない頻脈性・徐脈性の不整脈
・重度の弁膜症、コントロールされていない高血圧
・運動時に胸痛、強い息切れ、めまい、失神が出たことがある
実際には、この2つにきれいに分かれるわけではなく、その中間の方も多くいらっしゃいます。だからこそ、自己判断で始める・自己判断でやめるのではなく、主治医とリハビリ専門職の両方が状態を確認しながら進める体制が大切になります。
世界の高齢者転倒予防ガイドライン15件を比較した系統的レビューでは、ほぼすべてのガイドラインが運動の実施を強い推奨として位置づけている一方、起立性低血圧の確認など心血管系への配慮についても多くのガイドラインが取り上げているものの、その推奨の強さにはばらつきがあると報告されています5。つまり「運動すること自体」への根拠は比較的そろっている一方、「心血管疾患のある人にどう安全管理するか」の部分は、まだガイドライン間でも足並みがそろいきっていない領域だといえます。
FAMILY試験で行われたのは、月1回以上の集団運動教室(1回約40分)と、週4回以上を目安にした自宅運動を組み合わせる形でした1。冠動脈疾患のある方向けの心臓リハビリテーションの研究をまとめたレビューでは、最大心拍数の50〜90%程度、または自覚的運動強度(ボルグスケール11〜16程度、「ややきつい」を超えない範囲)を目安に、週1〜7回、1回20〜90分という幅の中で運動が行われていたことが報告されています3。実際にどの強度が適切かは、心臓の状態、体力、服薬内容によって個人差が大きいため、目安としてとらえてください。
2. 胸痛、強い息切れ、動悸、めまい、冷や汗が出たら、その場で運動を中止する
3. 起き上がりや立ち上がりなど、姿勢を変える動作はゆっくり行い、ふらつきに注意する
4. 血圧の薬を新しく始めた時期・変更した時期は、いつも以上に慎重に様子を見る
5. 体調の良い日・悪い日で運動量を調整し、無理に「毎日同じ量」をこなそうとしない
継続のしやすさも重要な要素です。FAMILY試験では、月1回程度の集団教室と自宅練習を組み合わせる形で、80%を超える高い継続率が報告されています1。運動の内容だけでなく、「誰と」「どんな頻度で」続けるかという実施形式も効果に関わってくる部分です。高齢者向けの運動を続けやすい実施形式について解説した記事で、個別・グループ・在宅型それぞれの特徴を詳しく取り上げています。
訪問リハビリのような形式では、その場でリハビリ専門職が呼吸や表情、疲労のサインを直接確認しながら運動を進められるという特徴があります。心血管疾患のある方の場合、こうした「対面での様子観察」が、自宅で一人で行う運動よりも安心材料になることがあります。
Journey Rehabでは、運動を始める前に心血管疾患の状態、直近の入院や症状の変化、服薬内容、主治医からの指示を確認します。訪問時は呼吸、表情、会話のしやすさ、めまいなどを見ながら、日による体調差に合わせて運動量を調整します。
心血管疾患のある方への運動指導では、「頑張らせすぎないこと」と「動かなさすぎないこと」の両方に気を配る必要があります。どちらに偏っても、転倒リスクや体力低下につながりかねません。ご本人・ご家族の不安に丁寧に向き合いながら、主治医と情報を共有し、少しずつ安全な範囲を広げていく進め方を大切にしています。

心血管疾患があるからといって、転倒予防のための運動が一律にできないわけではありません。研究では、状態が安定した高齢者を対象にしたバランス・筋力運動と健康教育の組み合わせが、転倒や転倒による受傷を減らす方向の結果を示しています。ただし、心不全の重症度や不整脈の有無によって適切な内容は変わり、研究にも限界があります。強い症状があるときは自己判断で進めず、主治医とリハビリ専門職に相談しながら、無理のない範囲で少しずつ体を動かしていくことが基本になります。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。心血管疾患のある方に安全な運動の内容・強度は個別に大きく異なります。胸痛、強い息切れ、動悸、めまい、失神、心不全症状の悪化などがある場合は、自己判断で運動を行わず、必ず主治医・循環器専門医・リハビリ専門職に相談してください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
