東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「夕方になると落ち着かなくなり、玄関から出ようとします」「介助しようとすると、手を振り払われます」「一日中ぼんやりして、何にも興味を示さなくなりました」。認知症のご家族を介護されている方から、こうしたご相談をよくいただきます。
これらは認知症の行動・心理症状(BPSD)と呼ばれます。物忘れそのものよりも、ご家族の負担に直結しやすいのがこの部分です。国内外のガイドラインは、原則として薬より先に、薬を使わない関わりから始めることを勧めています。
では、薬を使わない関わりは実際にどこまで示されているのでしょうか。結論から正直にお伝えすると、「うつ症状には比較的一貫した結果があるが、興奮・攻撃性についてははっきりしない」というのが現在の姿です1。この記事では、その中身を数字とともに整理します。
BPSDは、認知症にともなって現れる行動面・心理面の変化をまとめた呼び方です。研究では、次のような領域に分けて評価されます。
2. 抑うつ症状(気分の落ち込み、涙もろさ、意欲の低下)
3. 不安(そわそわする、一人になるのを嫌がる)
4. アパシー(何にも関心を示さない、自分から動かない)
5. 幻覚・妄想(物盗られ妄想など)
6. 睡眠・食行動の変化
研究の結果を読むうえで大切なのは、これらをひとまとめにできないという点です。あとで見るように、同じ関わりでも「抑うつには一貫した結果があるが、興奮についてははっきりしない」ということが起こります1。「BPSDに良い」という言い方では、実態を捉えきれません。
もうひとつ、臨床で重視されている考え方があります。BPSDは「症状」であると同時に、ご本人からの何らかのサインでもある、という見方です。痛い、暑い、うるさい、何が起きているか分からず怖い。言葉で伝えにくくなった結果として、行動に表れることがあります。この視点は、SECTION 04でもう一度取り上げます。
薬を使わない関わりの中で、最も研究が積み重なっているもののひとつが音楽を用いた方法です。国際的な検証報告を見てみます。
22件のランダム化比較試験・計1,097名を対象とし、うち21件・890名を統合した解析です。参加者は全員、施設や病棟で生活されている方でした。対照群は通常のケア、または読書・調理・絵画・パズル・音楽を聴くだけ、といった別の活動です。
介入終了時点の結果は次のとおりです(数値は標準化平均差と95%信頼区間)。
抑うつ症状:−0.27(−0.45〜−0.09)/確実性は中程度
行動面の問題全般:−0.23(−0.46〜−0.01)/確実性は中程度
興奮・攻撃性:−0.07(−0.24〜0.10)/確実性は中程度=差は示されていません
不安:−0.43(−0.72〜−0.14)/確実性は低い
情緒的な安定・生活の質:0.32(0.02〜0.62)/確実性は低い
認知機能:0.15(−0.06〜0.36)/確実性は低い=差は示されていません
また、介入終了から4週間以上あとの長期の結果では、確実性がさらに下がり、差もごく小さくなっていました。1
ここで注目していただきたいのは、ご家族がいちばん困っている「興奮・攻撃性」については、差が示されなかったという点です1。音楽を用いた関わりは抑うつ症状について比較的一貫した結果を示しますが、万能ではありません。音楽療法そのものの進め方については認知症の方への音楽療法について解説した記事で詳しく整理しています。
近年は、ヘッドセットを使った映像(バーチャルリアリティ)を用いた関わりも報告されています。10件の研究・約165名をまとめた2025年の解析では、抑うつ症状で標準化平均差−0.38(−0.72〜−0.05、p=0.026)という結果が示された一方、BPSD全体(−0.06、−0.58〜0.46、p=0.82)と興奮(平均差1.87、−1.38〜5.13、p=0.26)では差が示されていません。しかも10件のうち9件は対照群のない観察研究で、著者らも因果関係を結論づけられないと述べています4。ここでも、抑うつと興奮では結果の出方が違っています。
「結局どれがいちばん良いのか」を知りたくなるところです。複数の方法を間接的に比較する手法(ネットワークメタアナリシス)による解析が、いくつか出ています。ただし結論は一致していません。
41件のランダム化比較試験・計3,368名(介入群1,712名、対照群1,656名)を統合した解析です。比べられたのは、レクリエーション、回想法、行動療法、マッサージ、個別化した看護の5種類でした。
順位づけの結果、BPSD全体の指標では回想法が、抑うつでは個別化した看護が上位でした。個別化した看護については、抑うつの指標で平均差−6.24(95%信用区間−8.49〜−4.04)、認知機能の指標で3.43(1.87〜5.06)、日常生活動作の指標で8.82(2.27〜15.70)という数値が報告されています。
ただしバイアスリスクの評価は、低リスクが1件のみ、不明が34件、高リスクが6件でした。著者らは、研究の多くが100名未満と小規模であること、盲検化が限られること、直接比較ではなく間接比較であることを限界として挙げています。3
一方、43件のランダム化比較試験・計4,978名を扱った2024年の解析では、別の結論が示されています。BPSD全体の指標については運動を通常のケアに加える方法が最上位(平均差−7.13、95%信頼区間−13.22〜−0.76、確実性は中程度)、抑うつの指標ではマッサージや音楽を加える方法、興奮の指標ではアロマとマッサージの組み合わせなどが挙げられました。生活の質については、いずれの方法も通常のケアと差がなかったと報告されています2。
2つの解析で上位に来た方法が異なる、という事実そのものが、この領域の現状をよく表しています。「これが最良」と言い切れる方法は、まだ確立していません。運動を用いた関わりについては認知症の方への運動療法について解説した記事で、思い出を語り合う関わりについては認知症の回想法について解説した記事で、それぞれ個別に整理しています。
認知症が進むと、痛みを言葉で伝えることが難しくなります。そのため、腰やひざの痛み、便秘、口の中のトラブルなどが、興奮や介護への抵抗として表れることがあります。この視点から、痛みの評価と対応を手順化した取り組みが検証されています。
施設で生活する認知症の方を対象に、痛みの評価から段階的な対応までを手順化した取り組みを検証した報告です。3件のクラスターランダム化比較試験・計808名(平均年齢82〜89歳、673名が追跡完了)が含まれました。
軽度から中等度の痛みがあった方では、代理評価による痛みの強さについて、通常のケアと比べた平均差−1.49(95%信頼区間−2.11〜−0.87)でした。一方、痛みに関する教育を行った群と比べると、本人評価の痛み(平均差0.4、−0.58〜1.38)でも代理評価の痛み(−0.2、−0.79〜0.39)でも差は示されていません。
確実性は多くの比較で「低い」、痛みがほとんどなかった方を対象とした研究では「非常に低い」と評価されています。著者らは「痛みに関する教育と比べて、手順化した痛みへの対応が有益であるという明確な根拠はない」と結論づけています。5
この結果の読み方には注意が必要です。「痛みへの対応は無意味」ということではありません。手順を精緻に組み立てた群と、痛みについて学ぶ機会を持った群とで差がつかなかった、ということです。むしろ「痛みがあるかもしれない、という視点を持つこと自体に一定の意味がある」という読み方もできます。いずれにせよ、痛みの原因を特定し、薬を含めた対応を決めるのは医師の役割です。
・適切な割り付けの隠蔽が報告されていたのは、22件中6件のみでした1
・不安・生活の質・認知機能などの指標では、確実性が「低い」と評価されています1
・複数の方法を比べた解析では、バイアスリスクが「不明」の研究が41件中34件を占めます3
・研究の多くは100名未満と小規模で、直接比較ではなく間接比較にもとづく順位づけです3
・映像を用いた関わりの解析では、10件中9件が対照群のない観察研究でした4
・痛みへの手順化した対応については、確実性が「低い」〜「非常に低い」と評価されています5
・ご家族が行う場合に、専門職が行う場合と同じ結果になるかは分かっていません。研究では、資格を持つ音楽療法士が行ったものと、訓練を受けた演奏者や研究補助者が行ったものが混在しています1
・最適な回数・1回の時間・続ける期間は定まっていません1,3
・変化がどのくらい続くかは分かっていません。介入終了から4週間以上あとでは、差がごく小さくなっていました1
・興奮・攻撃性については、複数の解析で結果が一致していません1,2,4
・認知症の種類(アルツハイマー型、血管性、レビー小体型など)や重症度によって結果が違うのかは、十分に検証されていません3
・「どの方法が最良か」については、解析ごとに上位に来る方法が異なります2,3
研究全体では、薬を使わない関わりが抑うつ症状について一定の方向を示していますが、対象者・実施者・実施場所が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。とくにご自宅での介護という場面は、研究の前提とかなり違うという点を押さえておいてください。
「これが最適」と言える条件は決まっていません。以下は各研究で実際に用いられた設定です。
実施者:資格を持つ音楽療法士、訓練を受けた演奏者、研究補助者などさまざま
比較対象:通常のケア、または読書・調理・絵画・パズル・音楽を聴くだけ
結果の解釈:抑うつ症状で差が示され、興奮・攻撃性では差が示されていません1
内容:自然の風景やなじみのある場所の360度映像
対象:平均73〜89歳、軽度から重度まで
安全性:眼精疲労、軽い吐き気、頭痛が報告されていますが、いずれも軽度4
2024年の解析:運動、マッサージ、音楽、アロマなどを通常のケアに加える形2
共通点:いずれも「通常のケアに加える」形で検証されています
補足:通常のケアの代わりに行うものとしては検証されていません
研究の話をここまで整理してきましたが、ご家庭では「何の方法を選ぶか」より前に、確認しておきたいことがあります。
2. 体の不調がないか確認する(痛み、便秘、脱水、発熱、薬の変更)5
3. 環境を確認する(暑さ寒さ、音、まぶしさ、人の多さ)
4. ご本人がこれまで大切にしてきた習慣や好みを手がかりにする
5. 気づいたことを主治医・ケアマネジャー・担当の専門職に共有する
2番目は、SECTION 04で見たとおり研究上の位置づけは限定的ですが、見落とされやすく、かつ医療につなげれば対応できる可能性がある領域です。まず主治医にご相談ください。
また、ご本人やご家族の安全が脅かされる状況では、薬による対応が必要になることもあります。薬を使うかどうかの判断は医師が行う領域です。この記事は、薬の中止や減量をご自身で判断することを勧めるものではありません。
そしてもうひとつ。BPSDへの関わりで最も消耗するのは、多くの場合ご家族です。介護されている方ご自身の休息と相談先の確保も、同じくらい大切な要素です。
正直にまとめます。薬を使わない関わりについては、抑うつ症状には比較的一貫した結果がある一方、興奮・攻撃性についてははっきりしていません1,2,4。また、どの方法が最良かは解析ごとに結論が異なります2,3。そして研究のほとんどは施設で行われており、ご自宅での介護にそのまま当てはめることはできません1。
それでも、これらの解析には共通点があります。いずれも「通常のケアに加える」形で検証されており、ご本人の生活歴や好みに沿った活動が組み込まれているという点です。特別な方法を探すことよりも、その方がこれまで大切にしてきたことを日々の中に置き直すほうが、現実的な出発点になると考えています。
ただし、以前好きだった活動でも、その日の体調や認知機能によって合わないことがあります。関わり方や環境を変えても状態が変わらない場合は、ご本人やご家族の努力不足とは考えません。急な変化、痛み、発熱、脱水、薬の影響などを確認し、必要に応じて主治医やケアマネジャーへ共有します。ご家族の負担が強いときは、本人への働きかけより先に、休息や支援体制を相談することも大切にしています。
2. 音楽を用いた関わりでは、抑うつ症状で標準化平均差−0.27(確実性は中程度)でした1
3. 一方、興奮・攻撃性では−0.07(−0.24〜0.10)で差は示されていません1
4. どの方法が最良かは、解析ごとに上位に来る方法が異なります2,3
5. 研究のほとんどは施設で行われており、ご自宅にそのまま当てはめることはできません1
6. 急な変化はせん妄などの可能性があります。まず主治医にご相談ください
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Yin Z, Li Y, Bao Q, Zhang X, Xia M, Zhong W. Comparative efficacy of multiple non-pharmacological interventions for behavioural and psychological symptoms of dementia: A network meta-analysis of randomised controlled trials. International Journal of Mental Health Nursing. 2024;33(3):487-504. PMID: 38012101.
3. Li W, Xu X, Wu F, Ni Y, Lan J, Hu X. Comparative efficacy of non-pharmacological interventions on behavioural and psychological symptoms in elders with dementia: A network meta-analysis. Nursing Open. 2021;8(6):2922-2931. PMID: 34472717.
4. Wang LC, Montgomery A, Smerdely P, Paulik O, Barton C, Halcomb E. The use and effect of virtual reality as a non-pharmacological intervention for behavioural and psychological symptoms of dementia: a systematic review and meta-analysis. Age and Ageing. 2025;54(5):afaf117. PMID: 40354560.
5. Manietta C, Labonte V, Thiesemann R, Sirsch EG, Mohler R. Algorithm-based pain management for people with dementia in nursing homes. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2022;4(4):CD013339. PMID: 35363380.
