
この記事の結論
「眼科では視力は問題ないと言われたのに、物がうまくつかめない」「コップの位置を見誤る」「段差が分かりにくい」。脳卒中のあと、こうした見え方の困りごとが生じることがあります。
この記事では、目そのものではなく脳の働きによって起こる「視覚認知の障害」に焦点を当て、どのように見つけるのか、リハビリについて何が分かっているのかを、研究のまとめとガイドラインをもとに整理します。
目次
脳卒中後の「視覚認知の障害」とは?
視覚認知の障害(visual perceptual disorders)とは、目から入った情報を脳で処理する働きが低下し、見えてはいるのに物や人を認識したり、形・色・奥行き・位置をとらえたりすることが難しくなる状態です1,2。
欧州のガイドラインでは、脳卒中後の視覚の問題を、視力の低下、目の動きの障害、視野の欠け、片側を見落とす視覚性の無視、そして視覚認知の障害に分けて整理しています2。研究のまとめでは、視野の欠けや半側空間無視は、視覚認知の障害とは別のものとして扱われています1。
ものが二重に見える症状については脳卒中後の複視について解説した記事で、視野が欠ける症状については脳卒中後の半盲(視野障害)について解説した記事で紹介しています。

どのくらいの人に起こる?
結論から言うと、調べ方によって大きく異なり、目の専門職の評価では約5%、専用の検査を使った研究では半数前後と報告されています2。
ヨーロッパ脳卒中機構が、脳卒中後の視覚の障害の見つけ方と対応について、システマティックレビューと専門家の合意をもとにまとめたガイドラインです2。
目の専門職(視能訓練士や眼科医)が評価した研究をまとめると、視覚認知の障害の割合は5.5%(95%信頼区間4.8〜6.2%)でした2。一方、運動を使わない視覚認知の検査(MVPT-3)などを使った研究では、自宅に戻って3週間後に50.8%、6か月後に35.9%と、より高い割合が報告されています2。
ガイドラインでは、脳卒中後に視覚の問題がある方の40〜60%は、自分で症状を伝えない、または伝えられないと述べられています2。ご本人が気づいていなくても、ご家族が「よくぶつかる」「物を取り損ねる」と感じていることがあります2。
どうやって見つける?
ガイドラインの専門家は、脳卒中のあと早い時期に視覚の評価を行い、目の専門職の評価か、確かめられた評価ツールを使って視覚認知の障害を見つけることを勧めています2。
ガイドラインで紹介されている、イギリスとアイルランドの作業療法士・視能訓練士への2019年の調査では、視覚認知の障害の評価は生活の場面の観察(93%)や症状の聞き取り(94%)が中心で、専用の検査を使っていたのは18%でした2。ただし、評価方法を比べて生活の質などへの影響を調べた研究は見つかっていません2。
・段差や階段の奥行きが分かりにくい
・暗い場所で見えにくい
・人の顔や物の見分けに時間がかかる
(ガイドラインで使われた質問票には、奥行き・手の伸ばし方や暗い場所での見え方の項目が含まれていました2)
・眼科で視力や視野を調べたかどうか
・ぶつかる、つまずくなどの頻度
リハビリについて研究で何が分かっている?
現時点では、視覚認知の障害へのリハビリの効果は、研究が少なく、はっきり確かめられていません1,2。
脳卒中後の知覚の障害(触覚・体の感覚・視覚など)へのリハビリなどを調べた18件の試験をまとめたレビューです1。そのうち視覚認知の障害を対象にした試験は7件・225人でした1。
視覚認知の障害について、リハビリを何もしない場合や対照の介入と比べて、生活動作(ADL)への影響を調べた試験はありませんでした1。買い物や家事などの生活の広がりや視覚認知の検査の点数では、それぞれ1件の小さな試験で差がみられず、エビデンスの質は「非常に低い」と評価されています1。
欧州のガイドラインでも、視覚認知の障害への介入を偽の介入や通常のケアと比べた試験は4件(平均32人)だけで、多くは偏りのリスクが高く、結果をまとめる解析はできませんでした2。そのうえでガイドラインは、その方の視覚認知の問題の種類に合わせた個別の介入と、作業療法士・神経心理の専門職・目の専門職の連携を提案しています(推奨の強さは弱く、エビデンスの確かさは非常に低い)2。
・コンピューターを使った視覚認知の練習1
・生活動作の中で工夫を身につける練習(代償的な方法)1,2
・脳への刺激(tDCS・rTMS)2
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないことは?
コクランレビューに含まれた18件の試験は、参加者が11〜80人と小規模で、50人以上の試験は2件だけでした1。割付の隠蔽や盲検化(どの介入を受けたかを知らせない工夫)などの方法に懸念があり、まとめた結果の質は「非常に低い」と判断されています1。視覚認知の検査も、どの見え方が障害されているかを細かく示すものではありませんでした1。
ガイドラインでも、視覚認知の障害には種類が多く、一つひとつの種類で十分な人数を集めた研究ができていないことが、エビデンスが不足している主な理由とされています2。研究結果をすべての方に同じように当てはめることはできません。
ご本人・ご家族ができることは?
コクランレビューの著者らは、効果がはっきりしないからといってリハビリをやめるのではなく、ガイドラインに沿ったリハビリを続けることを勧めています1。ガイドラインも、視覚に関する情報や資料を提供することを提案しています2。
片側を見落とす症状(半側空間無視)への練習については、半側空間無視と視覚探索訓練について解説した記事で紹介しています。

どのくらいの期間・頻度で取り組む?
視覚認知の障害へのリハビリの最適な回数や期間は、研究で決まっていません1,2。
ガイドラインに含まれた試験では、4〜8週間ほど練習を行う方法が調べられていましたが、いずれも小規模でした2。ガイドラインは、視覚の問題への対応はできるだけ早い時期に始めることを提案しています2。生活の中での困りごとに合わせて、専門職と相談しながら続け方を決めていくことが現実的です。
作業療法士の視点
研究のまとめからは、脳卒中後の視覚認知の障害は、調べ方によって約5%から半数前後まで割合が大きく異なり、見落とされやすいことが分かっています2。一方で、リハビリの効果を調べた試験は少なく、効果があるともないとも言えない段階です1,2。
大切なのは、「見えているから大丈夫」と決めつけず、生活の中での困りごとを手がかりに評価を受け、その方に合った工夫やリハビリを専門職と一緒に考えていくことだと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。急に見え方が変わった、ものが見えにくくなったなどの症状がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。治療や運動の内容を始める・変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年10月)のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 脳卒中のあと、視力は問題ないのに物が分かりにくいのはなぜですか?
A. 目から入った情報を脳で処理する働きが低下する「視覚認知の障害」の可能性があります1,2。眼科の検査で視力に問題がなくても起こることがあるため、リハビリ専門職にも相談するとよいでしょう。
Q. 視覚認知の障害は、どのくらいの人に起こりますか?
A. 目の専門職の評価をまとめると5.5%でしたが、専用の検査を使った研究では自宅に戻って3週間後に50.8%と高い割合でした2。調べ方によって結果が大きく異なります。
Q. 視覚認知の障害にリハビリは効果がありますか?
A. 現時点では、視覚認知の障害へのリハビリは試験が少なく、効果があるともないとも言えない段階です1。試験はいずれも小規模で、生活動作への影響を十分に調べた研究はありませんが、ガイドラインは個別に合わせた介入を提案しています2。
Q. 本人が見え方の問題に気づいていないことはありますか?
A. はい、ガイドラインでは、脳卒中後に視覚の問題がある方の40〜60%は、症状を自分で伝えない、または伝えられないと述べられています2。ご家族が気づいた様子を医療者に伝えることが大切です。
Q. 家でできる工夫はありますか?
A. 照明を明るくする、物の置き場所を決める、段差に目印をつけるなど、生活の環境を整える工夫が考えられます。どの工夫が合うかは、困っている場面に合わせて専門職と一緒に考えましょう。
Q. 車の運転はできますか?
A. 視覚の問題は運転に影響することがあり、ガイドラインでも運転についての情報提供の大切さが述べられています2。運転の再開については、必ず主治医に相談してください。