
この記事の結論
「食事のとき左側のおかずだけ残してしまう」「左側にある物や人にぶつかりやすい」。脳卒中のあと、こうした片側の見落とし(半側空間無視)について、「頭に磁気や電気の刺激を当てる治療は役立つのか」と疑問を持つ方もいるでしょう。
この記事では、半側空間無視に対する脳刺激(rTMS・tDCSなど)について、複数のランダム化比較試験をまとめたメタ分析とコクランレビューをもとに、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。
目次
半側空間無視への脳刺激とは?
半側空間無視への脳刺激とは、頭の外から磁気や弱い電流で脳の働きやすさ(興奮性)を調整し、損傷を受けた側と反対側の脳のバランスを整えることで、片側への注意の偏りを和らげることを目指す方法です2。
半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect:USN)とは、脳の損傷と反対側の空間にあるものに気づきにくくなる症状で、右脳の損傷による左側の見落としが多くみられます2。自然に軽くなる方も多い一方、発症から1年たっても症状が残る方が最大で4割ほどいると報告されています2。
脳刺激には主に次の種類があります。反復経頭蓋磁気刺激(rTMS:repetitive Transcranial Magnetic Stimulation)、その一種で短時間に刺激を集中させるシータバースト刺激(TBS:Theta Burst Stimulation)、弱い直流電流を流す経頭蓋直流電気刺激(tDCS:transcranial Direct Current Stimulation)、交流電流を流す経頭蓋交流電気刺激(tACS)です2。損傷していない側の脳が「働きすぎ」になっているという考え方(半球間抑制モデル)にもとづき、反対側を抑えたり、損傷側を働きやすくしたりします2。
半側空間無視の代表的なリハビリについては、視覚探索訓練について解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、脳刺激は「見落としの検査の点数」では良い結果が多く報告されている一方、「生活動作への効果が長く続くか」はまだ確かめられていません1,2,3。
2025年5月までに発表された22件のランダム化比較試験(合計515人、すべて右脳の損傷)を集め、うち17件・425人のデータを統合した研究です2。
rTMSは、線の真ん中に印をつける検査(線分二等分試験)、星印を探して消す検査(星印抹消試験)、生活の中での見落としを観察して点数化する評価(CBS:Catherine Bergego Scale)のいずれでも、偽の刺激より良い結果でした2。TBSは星印抹消試験とCBSで、tDCSは線分二等分試験と星印抹消試験で良い結果でしたが、tACSでは差がみられませんでした(tACSの研究は1件のみ)2。
また、発症2週間以内の早い時期に行った研究ほど、良い結果が出やすい傾向がありました2。
2016年7月までの研究から、12件のランダム化比較試験(273人)と4件の非ランダム化試験(94人)をまとめた研究では、脳刺激により線分二等分試験の結果が偽の刺激より良く、特にrTMSで一貫した結果がみられました1。
ただし、割り付けの方法などに問題のある研究が多く、結果の確かさは評価項目によって「非常に低い」〜「中等度」と評価されています1。生活動作を評価していた研究は1件だけでした1。
半側空間無視へのさまざまなリハビリ(目の訓練、プリズム、体の動きを使う方法、脳刺激など)を調べた65件のランダム化比較試験(1,951人)をまとめた研究です3。
このうち脳刺激を調べたのは17件・467人でした3。刺激の終了直後の生活動作(6件・160人)や見落としの検査(10件・244人)では良い方向の結果がみられた一方、終了から1か月以上たっても続く生活動作への効果を調べたのは3件・92人だけで、偽の刺激などとの差ははっきりしませんでした3。いずれも結果の確かさは「非常に低い」と評価され、著者らは、どのリハビリ方法も現時点の研究では支持も否定もできないとまとめています3。
プリズム眼鏡を使う方法については、プリズム適応療法について解説した記事で紹介しています。
検査の点数が良くなることと、食事や移動などの生活の中で見落としが減ることは、必ずしも同じではありません。脳刺激で見落としがなくなることを保証できる研究結果はなく、生活の中での練習や環境の工夫と組み合わせて考えることが前提です。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
脳刺激の研究は、1つあたり十数人〜数十人と小規模なものが中心です1,3。コクランレビューでは、偏りが少ないと判断された研究はごく一部で、大規模な検証試験はまだありません3。
研究ごとに刺激の種類・場所・強さ・回数・評価方法が異なり、結果のばらつきが大きいこと、良い結果の研究ほど発表されやすい偏り(出版バイアス)がみられることも指摘されています2。すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究をまとめると、机の上で行う「見落としの検査」の点数は変化が報告されやすく、「生活動作への長期的な効果」ははっきりしない、という傾向です2,3。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は主に右脳の脳卒中で左側の見落としがある方で、発症からの時期は急性期から慢性期までさまざまでした2。脳刺激を受けられるかどうかは、必ず医師が判断します。
・急性期・回復期・生活期のいずれかの方2
・刺激と並行して、通常のリハビリや見落としへの練習を受けていた方
・ペースメーカーや頭の中の金属など、体内に機器・金属がある方
・刺激を受けることで、生活の中での練習の時間が減ってしまう場合
研究で副作用を報告していたものは少なく、tDCSで電極の下の皮膚が軽く刺激される程度でした1。ただし、副作用の記載がない研究も多くあります1。報告が少ないことは、安全性が確立していることを意味しません。
どのくらいの頻度で行う?
研究では刺激の回数が2回から56回までと幅が大きく、10回・15回・20回程度の方法が多くみられましたが、最適な回数は分かっていません2。以下は研究条件の紹介であり、自宅で刺激機器を使うための手順ではありません。
手や腕の麻痺に対するrTMSについては、脳卒中後のrTMSについて解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
半側空間無視に対する脳刺激は、見落としの検査の点数では良い結果が多く報告されている、研究段階の方法です1,2。一方で、生活の中での見落としが減った状態が長く続くかは、まだ確かめられていません3。
どのような方法を選ぶ場合でも、食事・移動・身の回りの動作など、ご本人が困っている場面に合わせた練習と環境の工夫を続けることが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 脳刺激で半側空間無視は治りますか?
A. 脳刺激で半側空間無視が治ると保証できる研究結果はなく、生活動作への効果が続くかもまだはっきりしていません3。見落としの検査の点数では、良い結果が多く報告されています2。
Q. rTMSとtDCSはどちらがよいですか?
A. 2026年のメタ分析では、rTMSやTBSのほうがtDCSより大きな変化を示す傾向がありました2。ただし直接比べた研究は少なく、どちらが合うかは医師の判断になります。
Q. 脳刺激は何回くらい受けるのですか?
A. 研究では2回から56回まで幅があり、10回・15回・20回程度の方法が多くみられました2。最適な回数や期間はまだ分かっていません。
Q. 発症から時間がたっていても受ける意味はありますか?
A. 慢性期の方を対象にした研究もありますが、発症2週間以内の早い時期に行った研究ほど良い結果が出やすい傾向でした2。研究数に偏りがあるため、時期による違いはまだ確定していません。
Q. 脳刺激に副作用はありますか?
A. 報告されている副作用は少なく、tDCSで電極の下の皮膚が軽く刺激される程度でした1。ただし副作用を記載していない研究も多いため、持病や体内の機器については必ず医師に伝えてください。
Q. 家族が自宅でできることはありますか?
A. 見落としやすい側から声をかける、よく使う物の置き場所を決めるなど、生活の工夫と練習を続けることが基本になります。具体的な方法は、担当のリハビリ専門職と相談してください。