
この記事の結論
「車椅子をこぐと肩が痛い」「移乗のときに肩がズキッとする」——脊髄損傷で手動の車椅子を使う方にとって、肩は歩く代わりに体を支え、移動させる大切な関節です。そのぶん負担がかかりやすく、肩の痛みは生活のしやすさに直結します。
この記事では、脊髄損傷で車椅子を使う方の肩の痛みに対する運動(肩の筋力トレーニングと動作の工夫)について、ランダム化比較試験(RCT)などの研究をもとに、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。
目次
車椅子利用者の肩の痛みと運動プログラムとは?
車椅子利用者の肩の運動プログラム(STOMPS:Strengthening and Optimal Movements for Painful Shoulders)とは、ゴムチューブや重りを使った肩まわりの筋力トレーニングとストレッチに、移乗・プッシュアップ・車椅子のこぎ方など「肩に負担の少ない動き方」の指導を組み合わせた方法です1,3。
脊髄損傷のある方は、車椅子をこぐ、ベッドや車へ移る、お尻を浮かせて除圧するといった動作のたびに、肩で体重を支えます。痛みの背景として、腕を上げたときに肩の中で腱などが挟まりやすくなる状態(肩峰下インピンジメント)がよく挙げられ、研究では肩甲骨を支える筋肉や、腕を外にひねる筋肉(腱板)を鍛える運動が用いられています2。
肩の腱板の痛みに対する一般的な運動療法については、腱板断裂の保存療法について解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、肩の筋トレと動作の工夫は、痛みが出るのを防ぐ・痛みを和らげる方向の結果が報告されていますが、研究の数は少なく、比較の方法にも限界があります。
肩の痛みがない(または軽い)対麻痺の手動車椅子利用者100人に、肩の筋トレ・ストレッチを週3回(連続しない日)行う自宅プログラムと、動作の工夫の指導を行い、3年間追跡した研究です。指導の方法を「理学療法士との2回の個別指導」と「当事者の先輩も参加する週1回・4回のグループ教室」の2つに無作為に分けて比べました。無作為比較は指導方法どうしであり、プログラムの有無を同時期に比較した試験ではありません1。
肩の痛みが新たに出た人の割合は、18か月で11.4%、36か月までで23.3%でした(36か月時点の追跡対象は86人)。過去の研究で同じような条件の車椅子利用者を追跡した集団(約200人)では、それぞれ25.6%、37.7%で、プログラムの参加者のほうが少ない結果でした1。2つの指導方法の間には差はみられず、介入による有害な出来事は報告されませんでしたが、すべての方の安全を保証する意味ではありません1。
また、最初の4か月に週3回程度の運動を続けた人は、痛みが出た人(週2回程度)より運動の頻度が高かったことも報告されています。ただし自己申告による関連で、週3回だから予防できたと断定できません1。
肩の痛みがある手動車椅子利用者16人(脊髄損傷15人とポリオ後症候群1人、車椅子の使用歴は平均16年)が、肩甲骨まわりと腱板の筋トレを「30回×3セット・週3回」、12週間、自宅で行った研究です。セラピストはビデオ通話で動きを確認し、負荷を調整しました2。
完了した14人では、車椅子利用者向けの肩の痛みの指標(WUSPI)の中央値が22.8点から12.5点に下がり、24週以降に回答した12人でも痛みの低下がみられました2。ただし比較する群がない小規模な研究で、痛みが完全になくなるわけではないことも著者が述べています2。
このほか、肩の痛みがある対麻痺の方80人を、12週間の自宅での運動と動作の工夫の群と、1時間の教育ビデオを見る群に分けたRCTでは、運動の群で肩の痛みの点数が下がったと報告されています3。4件の研究をまとめたメタ分析でも、運動を中心とする理学療法で肩の痛みと身体機能に良い結果がみられた一方、そのレビューの選定条件では予防を調べた研究は採用されなかったとされています。予防研究が一切存在しないという意味ではありません4。
運動で肩の痛みが必ずなくなる、痛みが出なくなると保証できる研究結果はありません。痛みが強い、夜も痛む、腕が上がらないといった場合は、腱板の損傷などが隠れていることもあるため、まず医師の診察を受けてください。突然の激痛、腕が動かせない、外傷後の痛み・変形や強い腫れがある場合は、運動せず速やかに医療機関へ相談してください5。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
予防プログラムの研究は、同じ時期に比較群を設けず、過去の研究の参加者と比べています。著者自身もこの点を最大の限界として挙げており、参加者の体重や受傷からの年数も比較集団と異なっていました1。
自宅での筋トレの研究は16人の前後比較で、比較群がありません2。メタ分析に含まれた研究も4件・167人と少なく4、女性の参加者が少ない、運動の実施状況が自己申告といった限界もあります1。すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究からは、肩の痛みの点数や肩まわりの筋力では良い結果が報告されやすく、痛みが完全になくなることや、長期的な予防については、まだはっきりしない、という傾向があります。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、受傷から2〜20年程度の対麻痺の方で、移動の半分以上を手動の車椅子で行っている方が中心でした1。肩の手術歴がある方や、診察で腱板の損傷・五十肩などがみられた方は、予防プログラムの研究から除外されています1。
・移乗や除圧の動作で肩に痛みや違和感がある方2,3
・自宅でできる運動を続けたい方
・肩の手術歴や骨折歴がある方(研究では対象外)1
・頸髄損傷の方(研究が少なく、個別の調整が必要)3
腕こぎ運動など全身の体力づくりについては、脊髄損傷後の有酸素運動について解説した記事で紹介しています。
どのくらいの頻度で行う?
研究では「週3回、連続しない日に、ゴムチューブなどで肩まわりの筋トレとストレッチ」を行う方法が用いられています1,2。
脊髄損傷後の痛みの中でも、しびれや焼けるような痛みについては、脊髄損傷後の神経障害性疼痛について解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
肩の筋トレと動作の工夫は、車椅子利用者の肩の痛みについて、予防・軽減の両面で良い結果が報告されています1,2。一方で、研究の数は少なく、同時期の比較群がない研究も多いため、確実なことはまだ言えません1,4。
肩は、これからの長い生活を支える大切な関節です。痛みが出てからだけでなく、出る前から、生活の動作と運動の両方を見直していくことが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 車椅子をこぐと肩が痛いのですが、運動してもよいですか?
A. 肩の痛みがある車椅子利用者が自宅で肩の筋トレを行った研究では、痛みの点数が下がったと報告されています2。ただし強い痛みや腕が上がらない場合は、まず医師の診察を受けてください。突然の激痛、腕が動かせない、外傷後の痛み・変形や強い腫れがある場合は、運動せず速やかに医療機関へ相談してください5。
Q. 肩の痛みは運動で予防できますか?
A. 予防プログラムの参加者では、3年間で肩の痛みが出た人が過去の同様の集団より少なかったと報告されています1。ただし同時期の比較群がない研究のため、確実に予防できるとはまだ言えません。
Q. どんな運動をすればよいですか?
A. 研究では、ゴムチューブや重りを使った肩甲骨まわりと腕を外にひねる筋肉の筋トレ、ストレッチが用いられています1,2。移乗や車椅子のこぎ方など、動作の工夫も組み合わせます。
Q. どのくらいの頻度で行えばよいですか?
A. 研究では週3回(連続しない日)が多く用いられています1,2。予防プログラムでは、最初の4か月に週3回程度続けた人のほうが、肩の痛みが出にくい傾向でしたが、頻度を無作為に比較した結果ではありません。回数・負荷は専門職と調整し、痛みが出る運動は中止して相談してください1,2。
Q. グループで習うほうがよいですか?
A. 個別指導2回とグループ教室4回を比べた研究では、肩の痛みが出る割合に差はみられませんでした1。続けやすい方法を選ぶことが大切です。
Q. 頸髄損傷でも同じ運動でよいですか?
A. 主な研究の対象は対麻痺の方で、頸髄損傷(四肢麻痺)の方に同じ結果が当てはまるかは分かっていません3。腕の筋力や動きに合わせて、専門職と個別に内容を調整してください。
参考文献
5. NHS. Shoulder pain(急な強い肩痛・外傷時の受診) 公式資料