
先に結論
大人の脳性麻痺の方を対象にした研究をまとめた分析では、筋力トレーニングなどで脚の筋力が高まる方向の結果が報告されている一方、歩く速さや歩ける距離でははっきりした差がみられませんでした3。研究の数や質はまだ十分ではありません23。
「子どもの頃はリハビリを受けていたけれど、大人になってからは何もしていない」「年齢とともに歩くのが疲れやすくなってきた」――脳性麻痺のある大人の方やご家族で、こうした疑問をもつ方に向けて整理します。脳性麻痺のリハビリの研究は子どもを対象にしたものが多く、大人向けの情報は意外と少ないのが現状です。この記事では、大人の脳性麻痺の方の運動(筋力トレーニング・有酸素運動など)について、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを作業療法士の立場から整理します。結論から言うと、大人の脳性麻痺の方を対象にした研究をまとめた分析では、筋力トレーニングなどで脚の筋力が高まる方向の結果が報告されている一方、歩く速さや歩ける距離でははっきりした差がみられませんでした3。研究の数や質はまだ十分ではありません23。
この記事でわかること
大人の脳性麻痺と運動の関係
脳性麻痺は、生まれる前後の時期に脳が傷ついたことによって起こる、体の動きや姿勢の障害です。脳の傷そのものは進行しませんが、成長や年齢を重ねるにつれて、筋肉のこわばり、関節の動かしにくさ、痛み、疲れやすさなどが変化していくことがあります。
大人の脳性麻痺の方を対象にした研究のまとめでは、運動や体を動かす機会を増やすことが、体力や健康の維持に役立つ可能性がある一方で、子ども向けの研究に比べて大人向けの研究が少ないことが繰り返し指摘されています123。脳性麻痺の方の運動の研究29件をまとめたコクランレビューでも、大人だけを対象にした研究は1件しかありませんでした1。
運動の種類としては、筋力トレーニング(重りやゴムバンド、自分の体重を使う)、有酸素運動(エアロバイクなど)、歩く練習、バランス練習、それらを組み合わせた運動などが研究されています23。

研究では何が分かっているか
先にまとめると、「脚の筋力」は運動で良い方向の結果がみられる一方、「歩く速さ」や「歩ける距離」でははっきりした差がありません。また、研究の確かさは全体として低い段階です。
平均年齢18歳以上の脳性麻痺の方を対象にした22件の研究を調べ、そのうち9件をまとめて分析した研究です3。運動(筋力トレーニング・有酸素運動・組み合わせ)を行ったグループでは、脚の筋力が比べたグループより高い結果でした(標準化平均差0.59)3。一方、10m以内の歩く速さや、2分・6分間で歩ける距離では、はっきりした差はみられませんでした3。気持ちの面、生活の質、運動を続けられるかどうかを調べた研究はわずかでした3。
大人の脳性麻痺の方を対象にした25件の研究(ランダム化比較試験8件、非ランダム化の比較研究7件、前後比較の研究10件)をまとめました2。研究の進め方に大きな問題が少ないランダム化比較試験は6件にとどまり、全体として根拠の確かさは「非常に低い」とされています2。
脳性麻痺の方を対象にした運動の研究29件(926名)をまとめた分析で、ほとんどは子どもと10代が対象でした1。有酸素運動では体の大きな動き(粗大運動)にわずかな良い変化がみられた一方、歩く速さの差ははっきりしませんでした1。筋力トレーニングでも、短期的な粗大運動や歩く速さにははっきりした差がみられませんでした1。いずれも根拠の確かさは「低い〜非常に低い」と判定されています1。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
筋力トレーニングの研究では、筋肉痛や腰の痛みが報告されたものもあります2。コクランレビューでは、重い有害事象の報告は限られますが、有害事象をきちんと報告していない研究も多く、安全性が保証されたわけではありません1。強い痛み、関節の変形の進行、てんかん発作がある方などは、運動の内容を主治医やリハビリ専門職と相談してから始めてください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
大人の脳性麻痺の運動の研究には、次のような限界があります。
どのくらいの強さ・回数・期間の運動が最も合うのか、運動を長く続けたときに歩く力や生活がどう変わるのかは、まだ分かっていません23。また、運動が気持ちの面、自信、生活の質、社会参加にどう関わるかを調べた研究は少なく、今後の大きな課題とされています3。
研究全体では一定の傾向がありますが、脳性麻痺のタイプ、動ける範囲、年齢が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
脚の筋力では、運動を行ったグループで良い方向の結果がまとめて報告されています3。有酸素運動では、体力の指標(最大酸素摂取量など)が高まった前後比較の研究もあります2。
歩く速さや、一定時間に歩ける距離では、はっきりした差はみられていません13。筋力が高まっても、それがそのまま歩き方や日常生活の変化につながるとは限らないと考えられます13。
つまり、大人の脳性麻痺の方にとって運動は、「歩き方を大きく変える方法」というより、「筋力や体力を保ち、年齢を重ねても今の生活を続けやすくするための土台づくり」と考えるのが実際に近いと思います。日常で特に使う動作として、椅子からの立ち上がり練習について解説した記事も参考になります。
どんな人に検討され、どんな人は注意が必要か
研究で主に対象になってきたのは、自分で歩ける、または歩行補助具を使って歩ける大人の脳性麻痺の方です3。「最近疲れやすくなった」「筋力が落ちてきた気がする」「体を動かす習慣をつくりたい」といった場合に、運動を生活に取り入れる意味があります。筋肉のこわばりや関節の硬さがある方は、ストレッチも組み合わせて考えます(関節の動く範囲を保つストレッチについて解説した記事は脳卒中の方向けですが、考え方の参考になります)。
歩くのが難しい方や車いすを使う方の研究はとても少なく13、研究結果をそのまま当てはめることはできません。痛みが強い、最近急に歩きにくくなった、しびれが出てきた、といった変化がある場合は、運動を始める前に医師の診察を受けてください。股関節や背骨の変化、首の病気などが隠れていることがあります。

回数・頻度・期間の目安
大人の研究では、筋力トレーニングは8〜14週間、週2〜3回、1回60〜90分程度で行われていました2。有酸素運動の研究では、エアロバイクを8週間、週2回、1回30分行ったものがあります2。
最適な回数や期間はまだ分かっておらず、上記はあくまで研究での一例です23。研究では、運動を長く続けられるかどうかも大切な課題とされています3。体力づくりの全体的な考え方は、高齢者のフレイルと運動療法について解説した記事も参考になります。
作業療法士の視点
大人の脳性麻痺の方は、子どもの頃に比べてリハビリを受ける機会が減りやすく、「何をすればいいのか分からない」と感じることがあります。研究はまだ少なく、「この運動で歩き方が変わる」とは言えませんが、筋力や体力を保つための運動を、その方の体と生活に合わせて続けていくことには意味があると考えています。年齢による変化も含めて、専門職と一緒に確認しながら進めることが大切です。
