
この記事の結論
「頭に弱い電気を流しながら歩く練習をすると、歩きやすくなると聞いた」「tDCSは足のリハビリにも使えるの?」と疑問を持つ方もいるでしょう。手や腕のリハビリと組み合わせる研究が多いtDCSですが、歩行やバランスについても研究が進んでいます。
この記事では、脳卒中後の歩行・バランスに対するtDCS(経頭蓋直流電気刺激)について、複数の研究をまとめたメタ分析とランダム化比較試験(RCT)をもとに、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。
目次
歩行のためのtDCSとは?
tDCS(経頭蓋直流電気刺激:transcranial Direct Current Stimulation)とは、頭の表面に貼った電極から1〜2mA程度のごく弱い直流電流を流し、脳の働きやすさ(興奮性)を一時的に変化させることを目指す方法です1。手術は必要なく、研究では1回7〜20分ほど刺激を行うものが多くみられます1。
歩行やバランスを目的とする研究では、足の動きに関わる脳の部位(運動野)の近くに電極を置き、歩く練習やトレッドミル(ベルトの上を歩く機械)での練習と組み合わせることが多くなっています3,4。tDCSだけで歩けるようになるというより、「練習の効率を高める補助」として調べられているのが特徴です。
手や腕の練習と組み合わせたtDCSの研究は、脳卒中後のtDCSと上肢の練習について解説した記事で紹介しています。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、tDCSは「歩く速さ」や「歩ける距離」を偽の刺激より明確に伸ばすとは言えず、歩行の自立度やTUGなど一部の指標で良い結果が報告されている段階です。
2019年1月までを検索したレビューは14件の研究(13件のRCTと1件の対照研究)を含み、数値を統合できた12件248人で主に本物のtDCSと偽の刺激を比べています2。
主な評価である歩く速さ(7件)と6分間の歩行距離(3件)では、偽の刺激との間に統計的な差はみられませんでした2。一方、歩行の自立度(FAC、5件)、立ち上がって3m歩いて戻る時間(TUG、5件)、移動能力の指標(リバーミード移動指数、3件)では、tDCSの群で良い結果でした2。
tDCSや反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)など頭の外からの脳刺激を調べた25件のRCT(合計657人)をまとめた研究では、tDCSに加えて交流刺激や脊髄への刺激も含む電気刺激(16件)で全体として中程度の良い結果がみられました。これはtDCSだけの効果ではなく、1件の大きな効果を示した研究が全体の結果に強く影響していました1。
ただし結果は研究ごとに大きくばらつき、電極の置き方によって「大きな差がみられたもの」から「差がみられなかったもの」までさまざまでした1。
トレッドミル練習にtDCSを組み合わせた8件のRCT(合計227人、8件中7件が慢性期、1件が亜急性期の方)をまとめた研究では、歩幅の横方向の間隔や一部の移動指標で良い結果があった一方、歩く速さや機能的移動能力、バランスの一部では差がみられませんでした。持久力の改善を述べる研究紹介もありますが、本文の6分間歩行距離の群間比較は有意ではなく、tDCSを加える効果が確立したとは言えません3。
発症1〜6か月を対象条件とした試験は62人を割り付け、57人(歩行練習のみ28人、練習の前にtDCSを行う群29人)を解析しました。2mA・20分の刺激と歩行練習を週3回・4週間行い、表ではTUGがtDCS群で約15.1秒から約12.0秒、練習のみの群で約15.6秒から約13.8秒になり、tDCS群のほうが大きく変化したと報告されています4。
ただしこの研究には偽の刺激を行う群がなく、思い込み(期待)の影響を区別できないことを著者自身が限界として挙げています。さらに、本文と表で開始時の数値や生活機能尺度の結果が一致せず、対象条件と発症時期の表記にも不整合があるため、この1試験から効果の大きさを確定することはできません4。
小脳への刺激でバランスや歩行を調べた研究もあります。脳卒中後の小脳刺激とバランス・歩行について解説した記事もあわせてご覧ください。
tDCSで歩けるようになることを保証できる研究結果はありません。研究のほとんどは、tDCSを歩く練習と組み合わせて行っています。刺激だけを受けて練習量が減ってしまうと、本来の練習の機会を失うおそれがあります。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
tDCSと歩行の研究は、1つの研究あたり十数人〜数十人と小規模なものが中心です1,3。研究ごとに、発症からの時期、電極の位置、電流の強さ、回数、組み合わせる練習、評価の方法が大きく異なり、結果を単純に比べることができません1。
割り付けの隠し方や治療者の盲検化(誰がどちらの群か分からないようにすること)が不十分な研究も含まれており、レビューの著者らは「結果の解釈には注意が必要」と述べています1,3。すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究の結果をまとめると、「歩くときの自立の程度」や「立ち上がって歩く一連の動作」では良い結果が報告されやすく、「歩く速さ」や「長く歩く力」ははっきりしない、という傾向があります。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
紹介した2025年の試験では、てんかん発作の既往がある方や、ペースメーカーなど体内に埋め込む電子機器を使っている方は、対象から外されています4。その試験では重い痙縮(つっぱり)や、説明の理解が難しい程度の失語症・認知機能の低下がある方も対象外でした4。これらは研究の選択条件であり、すべての方の適否を決める一覧ではありません。tDCSを検討する場合は、必ず医師が既往歴・機器・皮膚状態などを評価することが前提です。
・認知機能検査(MMSE)が24点以上の方4
・歩く練習に参加できる程度の歩行能力がある方
・刺激と同じ時期に、歩く練習を継続できる方
・重い痙縮がある方(研究では対象外)4
・頭皮に傷や皮膚トラブルがある方(実施前に医師へ申告する)
・刺激を受けることで歩く練習の量が減ってしまう場合
研究で報告されている副作用は、電極を貼った部分のかゆみやピリピリ感、軽い頭痛などで、多くは一時的なものでした2。ただし2020年のレビューには頭痛で除外された参加者の報告もあり、安全性を保証するものではありません。副作用の記載がない・不十分な研究もあります3。
どのくらいの頻度で行う?
研究では「1回10〜20分・1〜2mAの刺激を、1〜4週間で数回〜20回」と幅があり、最適な量は分かっていません1,2。
歩く練習の量や強さについては、脳卒中後の高強度歩行トレーニングについて解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
tDCSは、歩く練習の「補助」として研究が進んでいる方法です。歩行の自立度やTUGで良い結果が報告されている一方、歩く速さや距離では偽の刺激との差がはっきりせず、まだ研究段階と言えます1,2。
どのような方法を選ぶ場合でも、ご本人の目標(どこへ、どのくらい歩けるようになりたいか)に合わせて、歩く練習を十分な量で続けられる形を一緒に考えることが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. tDCSで脳卒中後に歩けるようになりますか?
A. tDCSで歩けるようになると保証できる研究結果はなく、歩く速さや歩ける距離は偽の刺激と差がないという報告があります2。歩行の自立度やTUGでは良い結果が報告されていますが、研究は小規模です。
Q. tDCSは痛くないですか?副作用はありますか?
A. 研究で報告されている副作用は、電極部分のかゆみ・ピリピリ感や軽い頭痛で、多くは一時的なものでした2。副作用の記載が不十分な研究もあり、安全性が保証されるわけではありません。紹介した試験ではてんかん発作の既往や埋め込み型の電子機器がある方は除外されていたため、医師に相談してください4。
Q. tDCSだけ受ければ歩く練習はしなくてもよいですか?
A. 研究のほとんどはtDCSを歩く練習と組み合わせて行っており、刺激だけで歩行が変わるかは確かめられていません1,3。歩く練習そのものの量と内容を確保することが土台になります。
Q. どのくらいの回数行えばよいですか?
A. 研究では1回のみから20回まで幅があり、最適な回数や期間はまだ分かっていません1。例として、週3回・4週間(合計12回)歩行練習と組み合わせた研究があります4。
Q. 発症から時間がたっていても対象になりますか?
A. 発症から2年以上たった慢性期の方を対象にした研究も多くあります3。ただし、どの時期の方に合いやすいかはまだはっきりしていません。
Q. 自宅で使えるtDCS機器を買って試してもよいですか?
A. 研究で用いられたtDCSは、専門職が電極の位置や電流の強さを管理して行うものでした1,4。自己判断での使用は避け、検討する場合は主治医に相談してください。