東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「手足の麻痺は軽いのに、退院してから物忘れが増えた気がします」「同じことを何度も聞くようになりました」「料理の段取りが組み立てられなくなって、本人も家族も戸惑っています」。脳卒中のあと、こうしたご相談をいただくことは決してめずらしくありません。
結論から正直にお伝えします。初めて脳卒中を起こした方を対象とした2026年のメタアナリシスでは、発症3か月時点で認知機能の低下がみられた方は全体の46%(95%信頼区間 36〜57%)と報告されています1。決して例外的な出来事ではありません。一方で、それに対するリハビリの根拠は、コクランのレビューでもほとんどの項目が「確実性は低い」と評価されているのが現状です2。
この記事では、脳卒中後の認知機能の低下(脳卒中後認知障害、PSCI)について、どのくらいの方に起こるのか、リハビリの研究では何が示されていて何が示されていないのかを、数字と限界の両方を添えて整理します。
脳卒中後認知障害(Post-Stroke Cognitive Impairment、以下PSCI)は、脳卒中のあとに記憶・注意・段取り・言葉の理解などの働きが以前より落ちた状態をまとめて指す言葉です。認知症と診断される段階に至らない軽い状態から、日常生活に介助が必要な段階まで幅があります。
結果は、PSCIがみられた方の割合は46%(95%信頼区間 36〜57%)。内訳では、脳出血の方が54%・脳梗塞の方が44%、女性45%・男性38%、60歳より上の方で44%と報告されています。
ただし研究間のばらつきは非常に大きく(I²=98.63%)、メタ回帰で説明できたのは全体の28.6%にとどまりました。残りの約7割は、脳卒中の重症度や教育歴、医療体制の違いなど、測られていない要因による差と考えられています1。
「46%」という数字は、あくまで研究をまとめた平均値です。ばらつきが大きいので、ご自身やご家族に当てはまるかどうかを、この数字だけで判断することはできません。ただ、脳卒中のあとに認知面の変化が起こることは、決して特別な経過ではないという点は共有しておきたいところです。
どのような方に起こりやすいかについては、89件の研究・160,783名をまとめた2024年の解析があります。そこでは、急性期の時点ですでに認知機能が下がっていることが最も強い関連要因とされ(相対リスク 2.00、95%信頼区間 1.66〜2.40)、糖尿病(1.29、1.14〜1.45)、心房細動(1.29、1.04〜1.60)、脳の白質病変(1.51、1.20〜1.91)なども関連要因として挙げられています5。血圧・血糖・心房細動といった内科的な管理は、動きのリハビリとは別の軸として、主治医と続けていく部分です。

PSCIは、検査で初めて分かることもありますが、多くはご家族が生活の中で違和感に気づきます。研究で評価されている領域に沿って整理すると、次のようになります。
この領域でもっとも参照されるのが、2022年のコクランレビューです。生活の中で行う練習や環境の工夫を含む、作業療法にもとづく関わりをまとめたものです。
主な結果は次のとおりです。
・基本的な生活動作(介入直後):FIMで平均差2.26点(95%信頼区間 0.17〜4.22、6件・336名、確実性は低い)。臨床的に意味があるとされる22点には届かず、著者らは「臨床的に意味のある差はほとんどないかもしれない」としています
・全体的な認知機能:標準化平均差0.35(0.16〜0.54、9件・432名、確実性は低い)。MoCAに換算すると約1.63点で、意味のある差の目安(1.22点)をわずかに上回ります
・持続的な視覚性の注意:標準化平均差 −0.28(−0.47〜−0.10、10件・463名、確実性は中程度)。時間にして約15.63秒の差で、レビュー全体の中で唯一、確実性が「中」と評価された項目です
・ワーキングメモリ:標準化平均差0.45(0.26〜0.65、8件・420名、確実性は低い)
・遂行機能:標準化平均差0.49(0.31〜0.66、11件・550名、確実性は非常に低い)
・地域生活への参加:標準化平均差0.09(−0.35〜0.54、2件・78名、確実性は低い)で、差はみられませんでした
著者らの結論は「脳卒中後の認知機能の低下に対する作業療法の有用性は、依然としてはっきりしていない」というものです2。
この結果の読み方で大切なのは、検査の点数と生活動作の点数が、必ずしも同じ方向を向いていないという点です。認知機能検査の数値には差が出ていても、着替えや入浴といった生活動作の自立度には臨床的に意味のある差が確認されていません2。「検査の点が上がること」と「生活が回るようになること」を分けて考える必要があります。
近年は、パソコンやタブレットを使った課題、VR(バーチャルリアリティ)、ロボット、磁気刺激などを組み合わせた研究が増えています。ここでは2件のネットワークメタアナリシスを紹介します。
MoCAでは、コンピュータ支援の認知課題が平均差3.03点(95%信頼区間 1.69〜4.38)、VRが2.07点(0.65〜3.48)、ロボット支援が1.86点(0.01〜3.72)。MMSEでは、ロボット支援が5.99点(3.20〜8.79)、コンピュータ支援が2.45点(0.59〜4.30)でした。
ただし著者らは、すべての結果をGRADEで「質が低い」と評価し、「本研究の知見は慎重に受け止めるべき」と明記しています。研究間のばらつきもMMSEでI²=76.91%と大きく、27件中10件はバイアスのリスクが高いと判定されました3。
MoCAで統計的な差がみられたのは、認知課題とVRを組み合わせた条件のみ(平均差5.70、95%信頼区間 0.12〜11.27)。信頼区間が非常に広く、ほぼ0に接しています。MMSEでは、rTMSを加えた条件が4.60点(0.45〜8.75)、ゲームを加えた条件が1.47点(0.04〜2.90)でした。
著者らは、「試験数が限られ、主要な比較の信頼区間が広いため、知見は予備的なものにとどまる」と結論づけています。14件のうち有害事象を報告したのは2件のみ、追跡期間を報告したのは3件のみでした4。
2件はどちらも「機器を使った介入に可能性はある」という方向ですが、根拠の確実性はいずれも低く、順位づけ(どの方法が一番よいか)は研究のまとめ方によって入れ替わります。実際、MMSEで1位とされた方法は、2025年の解析ではロボット支援3、2026年の解析ではrTMS4と異なっています。

2. 24件のうち17件は参加者50名未満の小規模研究でした2
3. 研究間のばらつきが大きく、コクランの解析ではI²が最大98%に達した項目があります2
4. 遂行機能の結果は確実性が「非常に低い」と評価されており、数字の方向性だけを取り出すことはできません2
5. 機器を使った介入の解析は、いずれもGRADEで「質が低い」と評価されています3,4
6. 頻度の推計(46%)も、研究間のばらつきが極めて大きく(I²=98.63%)、説明できたのは28.6%だけです1
7. 追跡期間が短い研究が大半で、1年以上の経過を報告した研究はほとんどありません2,4
加えて、認知機能はひとつの物差しで測れるものではありません。コクランの著者らも、注意・記憶・遂行機能といった領域の線引きが研究ごとに異なり、分類そのものが難しかったと述べています2。同じ「認知リハビリ」という名前でも、中身が大きく違う可能性があるということです。
2. どのくらいの量・頻度・期間が適切かが定まっていません。コクランの対象研究は合計時間の平均が19時間で、10日から18週まで幅がありました2
3. 検査の点数の変化が、生活のしやすさにつながるのかがはっきりしていません。基本的な生活動作では臨床的に意味のある差が確認されていません2
4. どの方法が優れているかは結論が出ていません。順位づけは解析ごとに入れ替わっています3,4
5. 安全性の情報が不足しています。機器を使った14件の試験のうち、有害事象を報告したのは2件だけでした4
6. 長期的にどうなるかが分かっていません。追跡を報告した研究はごく一部です2,4
7. 認知症への移行を防げるかは検証されていません。関連要因は整理されつつありますが、それらに介入すればPSCIの発生を減らせるかどうかは、今後の試験の課題とされています5
研究の確実性が低い領域だからこそ、「検査の点数を上げる練習」だけに寄せるのは現実的ではありません。コクランのレビューが対象とした介入にも、機能そのものの練習だけでなく、代償手段(やり方を変える・道具を使う)や環境の調整が含まれています2。生活の側から整えられることは少なくありません。
・服薬の管理ができなくなっている、火の始末が不安になっているなど、安全に関わる場面が出てきたとき
・急に見当識が失われた、意識がぼんやりする、といった短時間で起きた変化があるとき(別の原因が隠れていることがあります)
・自動車運転を再開するかどうかを検討しているとき(認知面の評価が必要になります)
・ご家族の負担が限界に近いと感じるとき
2. ただし研究間のばらつきは極めて大きく、この数字を個人に当てはめることはできません1
3. 作業療法にもとづく関わりは、全体的な認知機能で標準化平均差0.35(確実性は低い)と報告されています2
4. 唯一、確実性が中程度と評価されたのは持続的な視覚性の注意の項目でした2
5. 基本的な生活動作では、臨床的に意味のある差は確認されていません2
6. 機器を使った介入は方向性としては良好ですが、根拠の質はいずれも低いと評価されています3,4
7. 急性期の認知機能、糖尿病、心房細動、白質病変などが関連要因として挙げられています5
8. 「検査の点数」と「生活のしやすさ」は分けて考える必要があります2
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Gibson E, Koh CL, Eames S, Bennett S, Scott AM, Hoffmann TC. Occupational therapy for cognitive impairment in stroke patients. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2022;3(3):CD006430. PMID: 35349186. PMCID: PMC8962963. DOI: 10.1002/14651858.CD006430.pub3
3. Wang C, Liu M. Digital Interventions for Cognitive Dysfunction in Patients With Stroke: Systematic Review and Meta-Analysis. Journal of Medical Internet Research. 2025;27:e73687. PMID: 40705404. PMCID: PMC12288705. DOI: 10.2196/73687
4. Wang Y, Liu H, Zhao JY, Yuan X, Zhang WQ, Guo YW, et al. Effectiveness of technology-assisted cognitive interventions for post-stroke cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis. Systematic Reviews. 2026;15:107. PMID: 41578411. PMCID: PMC13036891. DOI: 10.1186/s13643-026-03076-2
5. Filler J, Georgakis MK, Dichgans M. Risk factors for cognitive impairment and dementia after stroke: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Healthy Longevity. 2024;5(1):e31-e44. PMID: 38101426. DOI: 10.1016/S2666-7568(23)00217-9
