脳卒中後の病態失認とは?麻痺への気づきにくさと家族の関わり方

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田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
田中 光(作業療法士)|株式会社Journey Rehab 代表
認定作業療法士/修士(作業療法学)
東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
脳卒中後の病態失認とは?自分の麻痺に気づきにくい状態への研究と限界を正直に解説

「本人が麻痺のことを『大丈夫、動く』と言い張る」「危ないのに一人で立とうとしてしまう」——脳卒中のあと、ご家族からこうした戸惑いの声を聞くことがあります。これは、性格が強がりだからでも、現実を受け止めたくないからでもなく、「病態失認(びょうたいしつにん)」と呼ばれる、脳の損傷によって自分自身の障害に気づきにくくなる状態が関係していることがあります。似た言葉に「半側空間無視」がありますが、これは別の症状です。この記事では、病態失認とは何か、研究で分かっていること、まだはっきりしないことを、患者さんとご家族に向けて正直に整理します。結論から言うと、病態失認そのものに絞った質の高い治療研究はまだ非常に少なく、フィードバックを使った気づきの訓練などが少しずつ検討されている段階です。

鏡を用いた生活動作の確認を本人・家族・療法士で行う場面
気づきを促す際は、否定や説得ではなく、本人が確認できる方法を一緒に選びます。
この記事の要点
・病態失認とは、脳卒中などによって生じた自分自身の麻痺や機能低下に気づきにくくなる状態で、性格や意志の問題ではなく脳の損傷と関連すると考えられています1
・似た言葉の「半側空間無視」とは別の症状ですが、同じ右半球の脳卒中で合併しやすいことが分かっています1
・病態失認の現れ方は一様ではなく、複数の要素に分かれることが研究で示されています3
・病態失認そのものを対象にした質の高い比較研究はまだ少なく、多くは他の認知機能訓練の中で気づきの変化が副次的に報告されている段階です4,5,7,8
・ある研究では、気づきの乏しさがあっても、戦略訓練によって生活の自立度が高まる可能性が示されています4
SECTION 01
病態失認とは何か(半側空間無視との違い)

病態失認(アノソグノジア)とは、脳卒中などの脳の病気によって生じた自分自身の障害(多くは手足の麻痺)に気づきにくくなる、あるいは自覚が乏しくなる状態のことです1。「動かないのに動けると言い張る」「麻痺した手足の話題を避ける、あるいは無関心に見える」「リハビリの必要性をあまり感じていないように見える」など、現れ方はさまざまです1,3。大切なのは、これは本人が「認めたくない」「わざと否定している」というのとは違い、脳の損傷部位に関連して、自分の状態を把握する仕組み自体に変化が生じていると考えられている点です1

似た言葉に「半側空間無視」がありますが、これは目や注意が身体の片側の空間に向きにくくなる症状で、病態失認とは別の概念です。ただし、どちらも右半球の脳卒中で起こりやすく、実際には両方がみられる方も少なくありません1。半側空間無視そのものについては、半側空間無視とプリズム適応療法について解説した記事で詳しく取り上げています。病態失認の頻度は、研究によって7〜77%と非常に幅があり、これは対象者の重症度や評価方法が研究ごとに異なるためだと報告されています1。脳の部位としては、右大脳半球、とくに前頭前野や頭頂・側頭皮質、島皮質、視床との関連が指摘されています1

SECTION 02
研究で分かっていること

結論から正直にお伝えすると、「病態失認そのものへの治療」を目的にした質の高い比較研究はまだ非常に少なく、多くは半側空間無視や遂行機能障害といった、隣接する認知機能への働きかけの中で、気づきの変化が合わせて報告されている段階です。代表的な研究をみていきます。

病態失認そのものの理解に関する研究
病態失認を対象にした文献レビュー(2007年)では、病態失認は単一の症状ではなく、感覚・知覚・運動・感情・認知など複数の領域にまたがる「多面的な現象」であるとまとめられています1。また、別の研究(2004年)では、64名の片麻痺のある脳卒中患者を詳しく調べた結果、「運動の失敗が起きたその場では気づけない」タイプと、「気づいてもすぐに忘れてしまい、長期的な自己イメージを更新できない」タイプなど、病態失認にはいくつかの分離可能な要素があることが示されました3。評価方法についてまとめたレビュー(2014年)でも、この35年間で評価法の多様化が進んだ一方、標準化された診断基準がまだ確立していないことが指摘されています2
気づきを高める働きかけに関する研究
脳卒中の認知リハビリ全体をまとめた大規模な系統的レビュー(2011年)では、注意・記憶・遂行機能・気づきなどの領域に対する認知リハビリを支持する十分な根拠があるとされていますが、病態失認だけに絞った推奨ではありません6。急性期の外傷性脳損傷を対象に、遂行機能・自己認識への介入をまとめた系統的レビュー(2026年)では、17件の研究・957人が分析され、フィードバックを取り入れた方法や、課題の出来栄えを振り返る方法が、自己認識の改善に有望とされましたが、研究間のばらつきが大きく質の高い研究が少ないため、明確な推奨には至らないとまとめられています7
療法士と日用品を使った安全な生活動作練習を行う場面
具体的な生活課題の中で、予測・実行・振り返りを組み合わせます。
戦略訓練・フィードバック訓練に関する研究
脳卒中の急性期入院リハビリを対象にしたランダム化比較試験の追加解析(2018年)では、認知機能に問題のある30名が、目標設定→計画→実行→振り返りという手順を使う「戦略訓練」と、対照的な会話中心の関わりに割り付けられました。気づきの程度は自己認識に関する面接(SADI)で、生活の自立度は機能的自立度評価(FIM)で確認されています。その結果、気づきが乏しいこと自体は自立度の伸びをやや鈍らせる傾向がみられた一方(p=.038)、戦略訓練を受けた群は対照群より自立度の伸びが大きく(p=.002)、「気づきの程度によって戦略訓練の効果が変わる」という統計的な差は見られませんでした(p=.877)4。つまりこの研究では、気づきが乏しい方であっても、戦略訓練から一定の利益を得られる可能性が示されています。
「その場の気づき」と「日常生活の気づき」の違い
右脳卒中後の半側空間無視がある40名を対象にしたパイロット研究(2022年)では、セラピストが課題の出来栄えをフィードバックしながら、本人が自分でミスに気づくよう促す1回のみの訓練が行われました。その結果、「今回の課題はどれくらいできたか」というその場の気づきは訓練群で改善しやすい傾向がみられた一方、日常生活での困りごとに対する全般的な気づきは、訓練を受けたかどうかにかかわらず変化しにくいことが示されました5。この研究は半側空間無視を対象にしたものですが、「気づき」には課題ごとの気づきと、生活全体を通した気づきという異なる層があるという点は、病態失認を考えるうえでも参考になります。小規模な脳卒中患者の試験では、眼球運動に合わせた音響フィードバック訓練によって、半側空間無視の症状とあわせて病態失認の症状も軽くなったとする報告もあります8。鏡を使って自分の動きを見て確認する方法や、動画を使って自分の様子を振り返る方法が臨床で紹介されることもありますが、これらの手法に絞った質の高い比較研究はまだ十分ではありません。
SECTION 03
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
エビデンスの質と限界
病態失認そのものを主なアウトカムにしたランダム化比較試験は非常に少なく、今回確認できた介入研究の多くは、対象者数が30〜40名程度と小規模で、パイロット研究や既存データの追加解析にとどまっています4,5。戦略訓練の研究では、参加者の学歴や脳卒中の左右差など、グループ間の背景にばらつきがあったことも著者自身が限界として述べています4。半側空間無視を対象にした研究でも、訓練は1回のみで、効果がどのくらい続くのか、日常生活の場面まで広がるのかは分かっていません5。外傷性脳損傷の系統的レビューでも、研究間の対象者・介入方法のばらつきが大きく、質の高い研究が少ないため、明確な臨床推奨を出すには至らないとまとめられています7。良い結果を示した研究があっても、それがすべての方に同じように当てはまるとは限りません。
まだ分かっていないこと
現在の研究では、病態失認にもいくつかの異なるタイプがあることが分かってきていますが3、どのタイプに、どの訓練法が最も合うのかは十分に検証されていません。フィードバック訓練や戦略訓練を、どのくらいの頻度・期間・強度で行うのが適切かも確立していません4,7。発症からの時期(急性期・回復期・生活期)や重症度によって効果が変わるのかどうか、長期的に生活のしやすさや家族の負担にどう影響するのかも、今後さらに研究が必要な領域です7。現時点では、病態失認への働きかけの効果を保証するものではなく、研究数も対象者も限られていることを前提に読んでいただく必要があります。
SECTION 04
何が期待でき、何ははっきりしないか

研究をふまえると、「気づきが乏しいからといって、リハビリの効果が得られないわけではない」という点は、比較的心強いポイントです4。目標設定と振り返りを繰り返す戦略訓練のような関わりは、本人の気づきの程度にかかわらず、生活の自立度を高める助けになる可能性があります4。また、「その場での気づき」は、フィードバックを重ねることで変化しやすい可能性がある一方、「日常生活全体を通した気づき」は変わりにくく、時間をかけて安全な行動を積み重ねる工夫が必要になりやすいという整理も参考になります5

一方で、「特定の訓練を行えば病態失認そのものがなくなる」ことを示した質の高い研究は、現時点では見当たりません。気づきの障害があっても、転倒や過信によるケガのリスクは残るため、リハビリの目標は「気づきを完全に取り戻すこと」よりも、「安全に生活できる工夫を本人・ご家族と一緒に整えること」に置かれることが多いのが実情です。段取りを立てたり見直したりする力(遂行機能)とも関わりが深いため、遂行機能障害について解説した記事もあわせて参考にしてください。

SECTION 05
どんな人に注意が必要か

研究の対象を見ると、脳卒中後に自分の運動機能への気づきが乏しく、転倒や過信によるリスクが心配される方に、こうした働きかけが検討されています4,5。ただし、病態失認は個人差が大きく、向き・不向きの見極めがとても大切です。

⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと
重い失語症などでコミュニケーションが難しい方は、フィードバックそのものの理解が難しいことがあり、方法を工夫する必要があります。強い興奮や混乱がみられる時期は、無理に気づきを促す関わりを優先せず、安全確保を優先します。病態失認は、抑うつやせん妄など他の精神症状と見分けが難しいこともあるため、気になる変化があれば自己判断せず、主治医や専門職に相談してください。ここで紹介した内容は一般的な情報であり、効果や安全性をすべての方に保証するものではありません。
SECTION 06
介入の実施条件・進め方の目安

研究で報告された方法には幅がありますが、たとえば戦略訓練の研究では、1回45分のセッションを2週間で10回、通常のリハビリに追加する形で行われています4。半側空間無視への気づき訓練の研究では、20〜30分程度の短いセッションが検討されています5。これらはあくまで研究で使われた目安であり、実際にどのくらいの頻度・時間・期間が適切かは、体調や認知機能、疲れやすさに応じて個別に決める必要があります。

大切なのは、いきなり長時間・高頻度で行わず、本人の理解度や疲労のサインを見ながら少しずつ調整することです。病態失認への働きかけは単独で行うより、日常生活動作の練習や安全確認と組み合わせて考えられています。ご家族の関わり方も回復を支える大切な要素のひとつで、脳卒中後の介護者支援について解説した記事もあわせてご覧ください。

本人と家族と療法士が自宅内の安全な動線を確認する場面
環境調整は本人の行動を制限するためではなく、安全に選べる動線を増やすために行います。
SECTION 07
Journey Rehabでの現場経験
当施設で大切にしている視点
ご本人の実感と実際の身体状況にズレがあるときも、頭ごなしに否定せず、生活のどの場面で危険が生じるかを本人・家族と具体的に確認します。短い課題で予測と結果を比べる、鏡や動画を本人の同意を得て使う、動線や手すりを調整するなど、本人が納得しやすい方法を選びます。転倒など差し迫った危険がある場合は、安全確保を優先し、主治医や担当チームと対応を共有します。
Journey Rehabの訪問自費リハビリについて知りたい方へ
ご本人の気づきの状態やご家族の心配ごとを一緒に確認しながら、生活に合ったリハビリの内容を考えます。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断、治療、医療行為の推奨を目的とするものではありません。病態失認は、抑うつやせん妄など他の状態と見分けが難しいことがあり、気になる変化がある場合は必ず主治医・リハビリ専門職に相談してください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
田中 光 作業療法士 Journey Rehab代表
執筆者:株式会社Journey Rehab 代表取締役|田中 光
保有資格
修士(作業療法学)/作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍

経歴
2016年:初台リハビリテーション病院に入職。脳卒中後遺症の回復期リハに従事
2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中

研究活動
第57回日本作業療法学会(2023)ポスター発表/第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表

論文執筆
田中 光, 石橋 裕, 佐々木 智也, 坂本 泰平. (2025). 本邦における介護予防・日常生活支援総合事業におけるスコーピングレビュー. 日本老年療法学会誌, 4(1).
FAQ
よくある質問
病態失認と半側空間無視はどう違うのですか?
病態失認は自分の障害への気づきにくさ、半側空間無視は片側の空間への注意の向きにくさで、別の症状です。ただし同じ右半球の脳卒中で合併しやすく、両方みられる方もいます。
なぜ本人は麻痺に気づかないのですか?
性格や意志の問題ではなく、脳の損傷によって自分の状態を把握する仕組みに変化が生じていると考えられています。わざと否定しているわけではない点を理解することが大切です。
本人に「麻痺があるよ」と伝えたほうがよいですか?
頭ごなしに否定すると混乱や反発を招くことがあります。安全確認を目的にした具体的なフィードバックを、専門職と相談しながら少しずつ重ねる関わり方が現場ではよく用いられます。
病態失認は訓練でなくなりますか?
病態失認そのものが完全になくなることを示した質の高い研究はまだ見当たりません。気づきが乏しいままでも、戦略訓練で生活の自立度が高まった報告はあり、個別に相談しながら進めることが大切です。
家族はどう関わればよいですか?
本人を責めたり急かしたりするより、危険が生じやすい場面を一緒に確認し、環境調整や見守りの工夫を専門職と相談しながら整えることが役立ちます。
危ないことをしてしまう場合はどうすればよいですか?
転倒や事故のリスクがある場合は、気づきの改善を待つより先に、環境調整や見守り体制を整えることが優先されます。心配な場合は早めに主治医やリハビリ専門職に相談してください。
主治医に相談すべきタイミングはありますか?
急な混乱、強い興奮、気分の落ち込みが続く場合や、危険な行動が繰り返される場合は、病態失認だけで説明せず、早めに主治医へ相談することをおすすめします。
REFERENCES
参考文献
1. Orfei MD, Robinson RG, Prigatano GP, et al. Anosognosia for hemiplegia after stroke is a multifaceted phenomenon: a systematic review of the literature. Brain. 2007. DOI:10.1093/brain/awm106. PMID:17533170. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17533170/
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5. Toglia J, Chen P. Spatial exploration strategy training for spatial neglect: A pilot study. Neuropsychological Rehabilitation. 2022. DOI:10.1080/09602011.2020.1790394. PMID:32684100. PMCID:PMC7855016. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32684100/
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