
この記事の結論
「乳がんの手術後、腕を使いすぎるとむくむから重いものは持たないように、と言われた」「むくみがあっても筋トレをしていいの?」と疑問を持つ方もいるでしょう。以前は腕に負担をかける運動を控えるよう勧められることが多くありましたが、研究が進み、考え方は変わってきています。
この記事では、乳がん手術後のリンパ浮腫(腕のむくみ)と運動について、複数のランダム化比較試験(RCT)をまとめたメタ分析とレビューをもとに、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。
目次
乳がん手術後のリンパ浮腫とは?
乳がん手術後のリンパ浮腫(乳がん関連リンパ浮腫:Breast Cancer-Related Lymphedema、BCRL)とは、手術や放射線治療でわきの下のリンパの流れが滞り、腕や手にむくみ・重だるさが生じる状態です3。腕の動かしにくさや、生活の質の低下につながることがあります3。
リンパ浮腫の標準的な治療としては、複合的治療(複合的理学療法・CDT:Complete Decongestive Therapy)が知られています。これは、用手的リンパドレナージ(MLD:手で行うリンパの流れを促すマッサージ)、圧迫療法(弾性スリーブや包帯)、運動、スキンケア、生活指導を組み合わせたものです3。
この記事で中心に扱う「筋力トレーニング(レジスタンス運動)」は、ダンベルやゴムバンド、マシンなどを使い、少しずつ負荷を上げていく運動のことです1,2。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、段階的に負荷を上げる筋力トレーニングは、リンパ浮腫を悪化させるという一貫した結果はなく、発症する割合が低かったという報告もあります。
リンパ浮腫のない状態で乳がん手術を受けた女性を対象に、段階的な筋力トレーニングを行う群と行わない群を比べた11件のRCT(合計1,450人)をまとめた研究では、筋トレ群でリンパ浮腫が起こる割合が相対的に約3割低い結果でした(リスク比0.68、95%信頼区間0.53〜0.88)。これは発症率が一律に32ポイント下がるという意味ではありません1。
年齢、体格(BMI)、わきの下のリンパ節の切除、運動開始時期などで分けた解析では、群間の効果の違いは検出されませんでした。ただし、すべての条件で同じ効果があると証明したわけではありません。根拠の確実性は「中程度」と判定されています1。
筋力トレーニングとリンパ浮腫に関する29件の研究を整理したレビューでは、測定方法がそろった6件(12の運動群)をまとめると、運動前後の比較で、むくみの指標(生体インピーダンスで測るL-Dex値)がわずかに低下していました。対照群との差をまとめた効果ではなく、1回の運動直後と長期プログラムが混在しています2。
筋力テストをまとめた運動前後の比較では、胸を押すテストで平均約9kg、脚のテストで約23kgの向上が報告されました。研究間の差が大きく、この数字は練習で持つべき重さでも、誰にでも得られる効果でもありません。著者らは「筋トレはリンパ浮腫に系統的な悪影響を与えない」とまとめています2。
複合的治療(CDT)に関する13件のシステマティックレビューを整理した研究では、CDTはむくみの量を減らすことが支持されていました3。
一方で、CDTの一部として行う用手的リンパドレナージ(MLD)は、むくみの量をさらに減らす上乗せの効果がはっきりせず、運動もむくみの量そのものへの影響は限られていました。ただし運動は、痛みや生活の質の面で一定の良い結果が報告されています3。
運動でリンパ浮腫が起こらなくなる、むくみが治ると保証できる研究結果はありません。研究の多くは、専門職の指導のもとで軽い負荷から始め、むくみの状態を確認しながら行っています。腕が急に腫れた、赤い・熱い・痛い場合は感染症なども考え、運動を中止し当日中に急いで医療機関へ相談してください。強い悪寒や高熱に加え、息や脈が速い、意識がぼんやりする、失神するなど全身の異常がある場合は救急受診が必要です4。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
筋トレとリンパ浮腫のRCTは、参加者が自分の群を知ったうえで運動を行うため盲検化ができず、この点で根拠の確実性が下げられています1。また、研究ごとに運動の強さ・頻度・期間、指導の有無、むくみの診断基準が異なります1,2。
複合的治療のレビューでは、含まれたシステマティックレビューの多くが方法論の質で「非常に低い」と評価されており、治療の内容や評価方法をそろえる必要性が指摘されています3。研究全体では一定の傾向がありますが、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究からは、筋力の向上は比較的はっきりしている一方、すでにあるむくみの量を運動だけで大きく減らす根拠は限られている、という傾向があります。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
レビューの著者らは、筋力トレーニングを始める前に医師の診察を受けること、運動中もむくみの状態を確認し続けること、少なくとも一部は運動の専門職の指導のもとで行うことを勧めています2。
・腕を使うことが怖く、生活の中で使う量が減っている方
・体力や筋力を取り戻したい方
・抗がん剤治療や放射線治療の最中で、体調の変化が大きい方
・自己流で急に重い負荷をかけてしまう場合
抗がん剤治療に伴う手足のしびれと運動については、化学療法による末梢神経障害と運動について解説した記事で紹介しています。
どのくらいの頻度で行う?
研究では「週2〜3回、軽い負荷から段階的に上げる」方法が多く用いられていますが、最適な量は分かっていません1,2。
肩の動かしにくさがある場合は、関節を動かす練習も大切です。五十肩の運動療法について解説した記事も参考になります(乳がん手術後の肩の状態は、必ず主治医と確認してください)。

作業療法士の視点
段階的な筋力トレーニングは、乳がん手術後のリンパ浮腫を悪化させるという一貫した結果はなく、発症の割合が低かったという報告もあります1,2。一方で、すでにあるむくみを運動だけで大きく減らす根拠は限られています3。
「腕を使ってはいけない」と不安を抱えたまま生活の幅が狭くなってしまうこともあります。主治医の確認のもとで、むくみの状態を見ながら少しずつ腕を使っていく方法を一緒に考えることが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 乳がん手術後に筋トレをするとリンパ浮腫が悪化しますか?
A. 研究では、段階的に負荷を上げる筋力トレーニングでリンパ浮腫が悪化するという一貫した結果はみられていません2。11件のRCTをまとめた分析では、筋トレ群で発症の割合が低い結果でした1。
Q. 重いものを持たないほうがよいと言われましたが、腕は使わないほうがよいですか?
A. 現在の研究では、腕を使わないようにすることよりも、軽い負荷から段階的に使っていく方法が調べられています1,2。ただし個別の状態によって判断が異なるため、主治医に確認してください。
Q. すでにむくみがあっても運動してよいですか?
A. むくみのある方を含めたレビューでは、筋トレが一貫してむくみを悪化させる結果はありませんが、個人の症状を確認しながら行う必要があります2。ただし運動だけでむくみの量を大きく減らす根拠は限られており、圧迫療法などとあわせて主治医と相談することが大切です3。
Q. リンパドレナージ(マッサージ)は受けたほうがよいですか?
A. 複合的治療に関するレビューでは、リンパドレナージを圧迫療法などに上乗せしても、むくみの量がさらに減るかははっきりしませんでした3。受けるかどうかは、症状や治療方針を踏まえて主治医と相談してください。
Q. どのくらいの頻度で運動すればよいですか?
A. 研究では週2〜3回、軽い負荷から段階的に上げる方法が多く用いられていますが、最適な量はまだ分かっていません1,2。腕の太さや重だるさを記録しながら進めるのが一つの目安です。
Q. 運動を中止したほうがよいのはどんなときですか?
A. 腕の急な腫れ、赤み、熱感、痛みがあるときは運動を中止し、感染症などの確認のため当日中に急いで医療機関へ相談してください。強い悪寒・高熱に加え、息や脈が速い、意識がぼんやりする、失神するなど全身の異常があれば救急受診してください4。
参考文献
4. NHS. Cellulitis(蜂窩織炎の症状と緊急受診の目安) 公式資料