東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
適応的DBS(adaptive DBS)の最新研究と限界を正直に解説
「DBS(脳深部刺激療法)を受けたのに、歩行の不安定さやすくみ足だけは残っている」「これから手術を検討しているが、もっと新しい方法はないのか」——パーキンソン病でDBSを受けている方、これから検討している方から、こうした声を聞くことがあります。
この記事では、2026年にNature Medicine誌に発表された「歩行の周期に合わせて刺激を変化させる」適応的DBS(adaptive DBS、aDBS)の研究を中心に、現時点で分かっていることを整理します。結論を先に言えば、これはまだごく少数の患者を対象にした実行可能性の検証段階の研究であり、「もう実用化された治療」ではありません。期待できる部分と、まだ分からない部分を分けて、正直にお伝えします。
最終更新日:2026年8月18日
最新レビュー日:2026年8月18日
この記事で紹介する適応的DBSは、現時点で日本国内において一般的に受けられる治療ではなく、研究段階の技術です。DBSの適応・実施・設定変更は、必ず脳神経外科・神経内科の専門医の判断によります。この記事の内容を根拠に、ご自身で治療方針を決めたり、主治医に特定の設定を要求したりしないでください。
従来のDBS(脳深部刺激療法、以下cDBS)は、電極を植え込んだ後、一定の強さで刺激を出し続ける方式です。これに対して適応的DBS(aDBS)は、脳の信号(バイオマーカー)をリアルタイムで読み取り、症状が強く出そうなタイミングだけ刺激を強める「オンデマンド型」の仕組みです2。
2. aDBS:脳信号から症状の出やすいタイミングを検知し、必要なときだけ刺激を強める
3. 2026年の新しい研究:歩行の周期(脚を振り出す瞬間など)に合わせて、刺激の強さをその都度変える「歩行同期aDBS」を試験
歩行は、無動や固縮のように「常にある症状」とは違い、一歩ごとに状態が変化する動的な動作です。そのため、一定の刺激を出し続けるcDBSでは、歩行に合わせた細かい調整が難しいのではないか、という発想から、歩行の周期そのものに刺激を同期させる研究が進められています1。
歩行に特化したaDBSの研究はまだ始まったばかりですが、aDBS全般については過去10年の蓄積があります。ここでは最新の歩行同期aDBS試験を中心に、背景となる研究もあわせて紹介します。
淡蒼球(GPi)DBSを受けているパーキンソン病の方5名(罹病期間4〜21年)を対象に、歩行の周期に合わせて刺激を変化させる「歩行同期aDBS」の実行可能性を調べた、単施設・盲検化・ランダム化クロスオーバー試験です。まず全5名で、患者一人ひとりに合わせた「脚を振り出すタイミング」を脳信号から検出するバイオマーカーの特定に成功しました。院内での急性テストでは、従来のcDBSと比べて、左足のステップ長の左右差が3.5%縮まる(統計的に有意)などの変化が確認されました。その後、3名が参加した8〜10日間の自宅での二重盲検テストでは、aDBSを使った期間のほうが転倒が少なく(統計的に有意)、歩幅やステップの左右差にも改善が見られました。一方で、すくみ足そのものについては、グループ全体で見ると明確な差は確認されませんでした。5名のうち1名は、重いジスキネジア(不随意運動)の影響もあり、はっきりした改善が見られませんでした。
aDBSの仕組みの土台となる「脳信号バイオマーカー」を整理したレビューです。現在最もよく使われているベータ帯域という脳波の特徴は、無動・固縮の重症度のばらつきのうち、約17%しか説明できないと報告されています。また、全患者の5〜15%程度は、このベータ帯域の特徴がはっきり検出できないこと、振戦(ふるえ)の症状はこの指標とあまり関係しないことも指摘されています。
歩行に限らず、aDBS全体の運動機能への影響を調べた19研究のレビューでは、従来型DBSより少ない刺激エネルギーで運動機能を支えられる可能性が示されました。ただし、良い結果の研究ほど公表されやすい「出版バイアス」が統計的に示唆されており、aDBSが従来型DBSより優れていると結論づけるには慎重さが必要です。
3件を並べると見えてくるのは、「歩行同期aDBSはごく少人数での実行可能性検証段階だが、転倒の減少など有望な兆しがある」「aDBSの土台となる脳信号の読み取り精度自体に、まだ限界がある」「aDBS全体としての優位性を示すデータもあるが、質にはまだ注意が必要」という構図です。
まず、歩行同期aDBSの検証は5名という非常に小さな規模にとどまっています。著者ら自身が「手術の侵襲性と厳格な適格基準のためにサンプルサイズが小さくなった」と明記しており、より大きな集団で本当に効果があるかを確かめる臨床試験が必要な段階です1。
次に、すくみ足そのものへの効果は、まだはっきりしていません。今回の研究では転倒の減少やステップの左右差の改善は確認されましたが、すくみ足の頻度についてはグループ全体で明確な差は見られませんでした1。歩行の不安定さの改善と、すくみ足の改善は別物として捉える必要があります。
また、どんな患者さんに向いているかも未確立です。5名のうち重いジスキネジアがあった1名ははっきりした改善が見られておらず、症状のタイプによって効果に差がある可能性が示唆されています1。
そして、バイオマーカーの精度そのものにも課題が残っています。現在よく使われるベータ帯域の指標は、症状の重症度のばらつきの一部しか説明できず、患者によっては検出が難しいことも報告されています2。
紹介した歩行同期aDBSの試験は、ランダム化・盲検化された、方法論としてはしっかり設計された研究です。ただし研究デザインの分類上「実行可能性試験(feasibility trial)」であり、治療効果を確定させることを目的とした試験ではありません1。
対象者数がN=5、自宅での二重盲検評価にいたっては3名という規模は、統計的な結論を出すにはあまりにも小さく、著者ら自身も今後の大規模な臨床試験の必要性を明記しています1。また単施設での実施であり、他の施設・機器でも同様の結果が得られるかは分かっていません。
aDBS全体を扱った2023年のメタアナリシスでも、従来型DBSに対する優位性の解析には出版バイアスが示唆されています3。研究数が増えていることと、効果が確立していることは分けて考える必要があります。
パーキンソン病の症状は個人差が大きく、DBSへの反応も一人ひとり異なります。この研究結果を、すべてのDBS利用者に同じように当てはめることはできません。
今回の研究は、通常のDBS手術に加えて、脳の表面の信号を読み取るための追加の電極を植え込むという、研究目的の特別な体制で行われました。一般的なDBS手術だけで受けられるものではありません。
2. 通常のcDBSで刺激設定を最適化する期間(約4.5か月〜1年半)
3. 患者ごとのバイオマーカーを特定し、aDBSの設定を作り込む期間(4〜10回のセッション)
4. 実際に自宅でaDBSとcDBSを切り替えながら比較する二重盲検期間(8〜10日間、3名のみ実施)
つまり、手術から実際の評価まで1年半近くかかっている患者さんもおり、「すぐに切り替えられる新技術」ではなく、時間をかけた個別調整が必要な研究段階の技術であることが分かります1。
DBS後のリハビリテーション全般についてはパーキンソン病のDBS後リハビリについて解説した記事を、歩行を支えるウェアラブル技術についてはパーキンソン病のウェアラブルデバイスと歩行について解説した記事もあわせてご覧ください。
研究からは細かい生活指導の根拠までは得られません。ここでは、上記の研究の範囲を超えない形で、実務上おさえておきたい点を整理します。
DBSを受けているかどうかにかかわらず、歩行の不安定さやすくみ足への対応は、機器の進歩だけに頼るものではありません。歩行練習、環境調整、視覚・聴覚的なキューを使った練習など、リハビリテーションで積み重ねてきた対応も並行して重要です。新しい技術の話題に触れることと、今の生活での対応を続けることは、どちらか一方ではありません。
DBSを受けている方の歩行を支援する場合は、①手術部位と主治医からの注意事項、②現在の刺激設定と服薬時間、③歩行・方向転換・すくみ足・転倒の起こる場面、④疲労や二重課題による変化を確認します。設定変更や適応判断は医師の領域とし、リハビリでは生活場面の安全性と動作方法を評価することを基本方針としています。
Journey Rehabでは、DBSを受けている方・検討中の方に対して、まず主治医とのやり取りの内容や現在の設定状況をうかがい、リハビリの範囲を超える判断(設定変更や適応の可否)は主治医の領域として明確に区別しています。そのうえで、歩行やすくみ足への対応は、機器の話題だけで終わらせず、実際の生活場面での練習に落とし込むことを大切にしています。
最新研究について相談を受けた場合は、研究で確認された結果だけでなく、対象人数・研究期間・未解決の点も合わせて説明します。歩行同期aDBSは研究段階であり、現在受けている治療やリハビリを自己判断で変更しないよう案内する方針です。
歩行の周期に合わせて刺激を変化させる適応的DBS(aDBS)は、2026年に発表されたばかりの、5名を対象にした実行可能性試験の段階にあります。転倒の減少やステップの左右差の改善など有望な兆しは報告されている一方、すくみ足そのものへの効果ははっきりせず、対象者数もごくわずかです。aDBSを支える脳信号バイオマーカーの精度自体にも、まだ技術的な限界があります。現時点で一般的に受けられる治療ではなく、従来のDBS(cDBS)が劣っているという結論にもなりません。DBSの適応・設定・治療方針は、必ず担当の医師に相談しながら決めてください。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。適応的DBSは執筆時点で研究段階の技術であり、日本国内で一般的に受けられる治療ではありません。DBSの適応・実施・設定変更に関する判断は、必ず担当の脳神経外科・神経内科医が行うものです。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
