
この記事の結論
「抗うつ薬を飲むと、脳卒中後の麻痺の回復が早まると聞いた」「気分の薬で手足の動きも良くなるの?」という疑問を持つ方もいるでしょう。2011年に発表された小規模な試験で良い結果が報告されたことをきっかけに、この考え方は一時期大きな注目を集めました1。
その後、世界各地で数千人規模の試験が行われ、答えがかなりはっきりしてきました。この記事では、脳卒中後にSSRIを飲むことで麻痺や生活の自立度の回復が進むのかについて、大規模な研究の結果と、副作用を含む注意点、まだ分かっていないことを整理します。薬を飲む・やめるの判断は必ず主治医と相談してください。
目次
脳卒中後のSSRIとは?
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬:Selective Serotonin Reuptake Inhibitor)とは、脳の中の神経伝達物質であるセロトニンの働きを調整する薬のグループで、主にうつ病や不安の治療に使われる抗うつ薬です。
脳卒中の分野では、うつの治療とは別に「脳の回復を後押しして、麻痺や生活上の障害を軽くするのではないか」という仮説が立てられ、研究が行われてきました2。研究で最も多く使われたのはフルオキセチンという薬で、1日20mgを発症後早期から6か月間飲む方法が大規模に検証されています1。ここで紹介する用量は研究条件であり、ご自身の薬の開始・中止・変更を勧めるものではありません。
脳卒中後の気分の落ち込みそのものへの対応は、脳卒中後の気分の落ち込みとうつについて解説した記事で紹介しています。この記事では「麻痺や生活の自立度の回復」という目的に絞って整理します。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、質の高い大規模な試験では、SSRIは脳卒中後の生活の自立度や手足の動きの回復を進めないという結果でした1,2。
オーストラリア・ニュージーランド・イギリス・スウェーデン・ベトナムで行われた3つのランダム化比較試験(AFFINITY・EFFECTS・FOCUS)の参加者5,907人(平均69.6歳、発症2〜15日)の個人データをまとめて解析した研究です1。フルオキセチン1日20mgまたは偽薬(見た目が同じで成分を含まない薬)を6か月間飲みました1。
6か月後の生活の自立度(mRS:modified Rankin Scale)は両群でほぼ同じで(共通オッズ比0.96、95%信頼区間0.87〜1.05)、12か月後も差はありませんでした1。開始時に麻痺があった人だけでみても、本人が答える手足の動きの点数に差はなく、失語症があった人の会話の点数にも差はありませんでした1。年齢・脳卒中の種類・重症度・国などで分けても、結果は変わりませんでした1。
一方、6か月の間に新たにうつと診断された人は少なく(10.05%対13.42%)、けいれん発作(2.64%対1.8%)、けがを伴う転倒(6.26%対4.51%)、骨折(3.15%対1.39%)、血液中のナトリウムの低下(1.22%対0.61%)は多くなっていました1。
発症1年以内の脳卒中の方を対象にSSRIを調べた76件のランダム化比較試験(合計13,029人)をまとめた研究です2。
方法の偏りが少ない6件(すべてフルオキセチン)に絞ると、生活上の障害の程度(5件・5,436人)にも、自立している人の割合(5件・5,926人)にも差はなく、手足の運動の障害(6件・5,518人)にもほとんど差がありませんでした2。偏りのある研究まで含めると障害の点数は良くなっていましたが、著者らは質の高い研究に基づく結論として「SSRIは生活上の障害や自立度に差をもたらさない」とまとめています2。
44件の研究(合計16,164人)をまとめた分析では、SSRI全体では手足の運動の点数などで良い結果がみられましたが、薬の種類別に分けると、その良い結果は主にシタロプラムという別のSSRIによるもので、フルオキセチンでは運動機能への差はみられませんでした3。
ただしこの分析は英語の論文だけを対象とし、含まれた研究の多くは質が低〜中程度で、研究ごとの結果のばらつき(異質性)も大きかったことを著者自身が限界として挙げています3。けいれん発作のリスクは、SSRIを飲んだ群で高くなっていました3。
この記事は「麻痺の回復を目的にSSRIを使うこと」についての研究を整理したものです。うつや不安の治療としてSSRIを処方されている方が、自己判断で薬をやめたり量を変えたりすることは避けてください。必ず主治医に相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
フルオキセチンについては、偏りの少ない数千人規模の試験が3つあり、統合解析でも「生活の自立度に差がない」という結論の確かさは高いと評価されています1,2。一方、この確かさの評価は試験に関わった研究者自身が行っており、過大評価の可能性があることも論文に記されています1。
シタロプラムなど他のSSRIで良い結果を示した研究は、小規模で質の低い研究を多く含んでおり、結論を出せる段階ではありません2,3。研究ごとに薬の種類・量・期間・対象者(うつがある人に限るかどうか)が異なる点にも注意が必要です2。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
大規模な研究をまとめると、SSRIで「新たなうつ」は減りやすい一方、「生活の自立度」や「手足の動き」は変わらず、骨折やけいれんなどのリスクは増えるという結果でした1,2。
骨折のリスクについては、脳卒中後の骨密度と骨折リスクについて解説した記事も参考になります。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
麻痺や生活の自立度の回復だけを目的に、SSRIを使う根拠は乏しいというのが現在の研究の結論です1,2。統合解析の著者らは、うつになるリスクが高く、本人が副作用のリスクを理解して受け入れる場合を除き、回復やうつの予防を目的に日常的に使うべきではないとしています1。
・うつの有無は問わず、さまざまな重症度の方1,2
・脳梗塞の方が中心(約9割)で、脳出血の方も含む1
・けいれん発作の既往がある場合1,3
・すでにSSRIを服用中で、量や中止を考えている場合(自己判断で変えない)
・気分の落ち込みが続いている場合(うつの治療として別に検討する)
研究ではどのくらいの量・期間で使われた?
大規模試験では「フルオキセチン1日20mgを、発症2〜15日から6か月間」という方法で統一して検証されました1。
回復を支える中心は、やはり練習の量と内容です。リハビリの量や頻度の考え方は、脳卒中リハビリの量・時間・頻度について解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
脳卒中後にSSRIを飲むことで麻痺や生活の自立度の回復が進むという期待は、数千人規模の質の高い試験によって、少なくともフルオキセチンについては否定的な結果となりました1,2。一方で、新たなうつが減るという結果もあり、気分の問題への対応は別に考える必要があります1。
薬を使うかどうかは主治医の判断が前提です。リハビリの専門職としては、ご本人の目標に合わせた練習を十分な量で続けられるよう、生活の中での工夫を一緒に考えることが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 抗うつ薬を飲むと脳卒中後の麻痺は早く回復しますか?
A. 大規模な試験をまとめた分析では、フルオキセチンを6か月飲んでも手足の動きや生活の自立度に偽薬との差はありませんでした1。他のSSRIについては、質の高い研究がまだ不足しています3。
Q. 今SSRIを飲んでいますが、やめたほうがよいですか?
A. 服用中のSSRIは自己判断でやめたり量を変えたりせず、必ず主治医に相談してから判断してください。うつや不安の治療として処方されている場合は、麻痺の回復とは別の目的で使われています。
Q. 脳卒中後にSSRIを飲むとどんな副作用がありますか?
A. 大規模試験の統合解析では、骨折、けがを伴う転倒、けいれん発作、血液中のナトリウムの低下が偽薬より多くみられました1。起きる割合は低いものの、転びやすさなどがある方は医師と相談してください。
Q. SSRIで脳卒中後のうつは防げますか?
A. 6か月の間に新たにうつと診断される人の割合は、偽薬より少ない結果でした(10.05%対13.42%)1。ただし骨折などのリスクも増えるため、著者らはうつのリスクが高い場合などに限って検討すべきとしています1。
Q. なぜ以前は「麻痺が良くなる」と言われていたのですか?
A. 2011年に発表された小規模な試験で、麻痺の回復に良い結果が報告されて注目されたためです1。その後の大規模で偏りの少ない試験では差がみられず、偏りのある研究を含めた場合にだけ良い結果が出ていました2。
Q. 薬ではなく、リハビリで回復を後押しする方法はありますか?
A. 研究では、どちらの群も通常のリハビリを受けており、回復の土台は練習の量と内容にあると考えられます。具体的な練習の方法や量は、状態や目標に合わせて担当の専門職と相談してください。