
この記事の結論
「言葉はうまく出ないのに、昔からよく知っている歌は歌える」。脳卒中後の失語症では、こうした違いがみられることがあります。歌うことは、言葉のリハビリの手がかりとして長く注目されてきました。
この記事では、脳卒中後の失語症に対する「歌うこと」(グループでの歌唱・合唱、歌入りの音楽を聴くこと)について、ランダム化比較試験(RCT)やシステマティックレビューをもとに、分かっていることと分かっていないことを分けて整理します。
目次
失語症のリハビリで「歌うこと」とは?
失語症のリハビリでの「歌うこと」とは、メロディやリズムに乗せて言葉を声に出したり、歌詞のある音楽を聴いたりすることで、言葉を話す・思い出す練習を助けようとする方法です1。
失語症(しつごしょう:Aphasia)は、脳卒中などで脳の言葉に関わる部分が傷つき、話す・聞いて理解する・読む・書くことが難しくなる状態です。特に言葉がなめらかに出にくいタイプ(非流暢性失語)では、話すことは難しくても歌うことはできる場合があり、これが歌を使ったリハビリが研究されてきた理由のひとつです1,2。
音楽を使った言語リハビリには、短い言葉に抑揚をつけて唱えるメロディック・イントネーション・セラピー(MIT)のような個別の訓練もあります。MITについてはメロディックイントネーション療法について解説した記事で紹介しています。この記事では、より日常に近い「グループで歌う」「歌を聴く」取り組みを中心にお伝えします。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、グループでの歌唱プログラムで「物の名前を言う力」に良い結果が報告され、歌入りの音楽を聴くことでも早期の言葉の回復に良い結果が報告されています。ただし研究はまだ少なく、規模も小さいものが中心です。
慢性期の失語症のランダム化比較試験で、MRI解析を完了した28人(歌唱群13人・通常ケア群15人)を比較した研究です。歌唱プログラムは週1回90分のグループ練習(合唱60分+MITの要素を取り入れた練習30分)と、タブレットのアプリを使った自宅練習(目標は週3回・30分)を組み合わせたもので、ご家族も一緒に参加できました2。
歌唱プログラムの群では、物の名前を言う検査(WAB呼称)の点数が通常のケアの群より大きく伸びました。一方、聞いた言葉をくり返す力(復唱)には群の差がみられませんでした2。脳の画像では、言葉に関わる部分の変化も報告されていますが、脳が元通りになることを示す結果ではありません2。元の試験では54人を無作為に分け、開始時評価のある50人を解析し、5か月時点の日常のコミュニケーション評価と呼称・復唱を合わせた評価にも良い結果がありました。ただし、本人・家族による評価は介入を知らない状態ではなく、交流時間をそろえた比較でもないため、歌だけの効果とは断定できません5。
発症直後の脳卒中の方83人を対象にした2つのRCTをまとめた解析では、発症早期から2か月間、自分で選んだ歌入りの音楽を毎日聴いた群で、3か月時点の言葉の回復が朗読(オーディオブック)を聴いた群より良い結果でした。この傾向は失語症のある方(29人)で特に目立ちました4。
ただし2つの研究をあとからまとめ、一部の音楽群を聴取内容で再分類した解析です。失語症の方の人数は少なく、6か月時点の言語評価では有意差がなく、著者らも結果は暫定的なものとしています4。
失語症の方41人を、地域の歌唱グループ(週1回・90分のうち歌唱約45分・10週間)と、情報提供のみの群に分けた予備試験では、6か月時点の追跡評価への参加率は83%で、参加者は歌唱グループを受け入れやすいと感じていました3。
この研究は「本格的な研究が実施できるか」を確かめる目的で、気持ちの健康や生活の質に差があるかどうかを判断する設計ではありません3。
非流暢性失語に対する音楽を使った介入のRCT 10件(MITや歌唱を使った方法など)を調べたレビューでは、復唱や呼称で良い結果を示した研究がある一方、研究の偏りのリスクは中等度〜高く、このレビューに採用された研究で会話など実際のコミュニケーションを評価したものは2件のみでした1。
歌うことは、言語聴覚士による失語症のリハビリの代わりになるものではありません。研究の多くは、通常のリハビリに加えて行われています。言葉の練習の進め方は、担当の言語聴覚士や医師と相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
歌唱プログラムのMRI解析は28人と小規模で、比べた相手は「通常のケア」でした。そのため、歌うことそのものが役立ったのか、練習時間や人との交流が増えたことが役立ったのかは区別できません。著者らも、プログラムが複数の要素を含むことと人数の少なさを限界に挙げています2。
レビューでは、研究ごとに方法や評価がばらばらで、比べることが難しいとされています1。研究全体では一定の傾向がありますが、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究からは、歌を使った取り組みでは「物の名前を言う力」や「早期の言葉の回復」に良い結果が報告されている一方、「復唱」には解析による違いがあります。日常のコミュニケーションにも良い報告がありますが、確かさや広い対象への適用には課題が残ります2,5。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、主に言葉がなめらかに出にくいタイプの失語症の方で、慢性期の研究では軽度〜中等度の方が多く含まれていました2。
・もともと音楽や歌が好きで、楽しみとして続けやすい方
・人と集まる機会を増やしたい方、ご家族と一緒に取り組みたい方
・人前で声を出すことが大きなストレスになる方
・飲み込みの障害や呼吸の病気があり、長時間の発声で疲れやすい方
ご家族との会話の工夫も、言葉のリハビリを支える大切な要素です。失語症のある方とご家族の会話の工夫について解説した記事もあわせてご覧ください。
どのくらいの頻度で行う?
研究では「週1回90分のグループ練習+自宅練習を4か月」や「週1回の歌唱グループを10週間」が用いられていました2,3。
これらは研究条件と取り入れる際の確認点で、すべての方に最適な量を示すものではありません。研究では椅子に関連した転倒・指のけがや耳鳴りも報告されており、安定した椅子と動線を確保し、耳や体の負担が出たら中断して相談してください3,5。体の状態に合わせて調整してください。音楽を使ったリハビリ全体については脳卒中後の音楽療法について解説した記事でも紹介しています。

作業療法士の視点
歌うことの研究で印象的なのは、言葉の検査の点数だけでなく、参加のしやすさや「ご家族と一緒に取り組める」点が重視されていることです2,3。言葉が出にくい時期に、声を出す楽しさを感じられる時間は、それ自体に意味があると考えられます。
一方で、歌うことだけで会話が戻ると言える研究結果はありません1。言語聴覚士によるリハビリを続けながら、生活の楽しみのひとつとして取り入れるのが現実的だと考えます。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. 失語症でも歌なら歌えるのはなぜですか?
A. 歌は言葉を話すときとは異なる脳の働きも使うと考えられており、話すことが難しくても歌える方がいます2。ただし、すべての方に当てはまるわけではなく、失語症のタイプや重さによって異なります。
Q. 歌うことで失語症は治りますか?
A. 歌うことで失語症が治ることを示した研究はなく、言語聴覚士によるリハビリの代わりにもなりません。グループでの歌唱で物の名前を言う力に良い結果が出た研究はありますが2、小規模な研究です。
Q. カラオケでも同じような意味がありますか?
A. 一般のカラオケだけで同じ結果になるかは分かっていません。研究では歌詞が表示されるカラオケ型の自宅練習も使われましたが、専門家が進行するグループ歌唱などと組み合わせた内容でした2,3,5。
Q. 歌を聴くだけでも意味はありますか?
A. 発症早期に歌入りの音楽を毎日聴いた群で、言葉の回復が朗読を聴いた群より良い結果だったという報告があります4。ただし人数の少ない解析にもとづく結果で、さらに確かめる必要があります。
Q. どのくらいの頻度で歌えばよいですか?
A. 研究では、週1回90分のグループ活動や、週3回を目標とする自宅練習との組み合わせが用いられていました2,3。最適な量は分かっていないため、疲れ具合を見ながら言語聴覚士と相談してください。
Q. 家族が一緒に歌ってもよいですか?
A. ご本人が望み、負担のない範囲なら一緒に歌うことも選択肢で、研究でもご家族が一緒に参加できる形がとられていました2。うまく歌えないときに急かさず、楽しめる雰囲気をつくることが大切です。
参考文献
5. Sini-Tuuli Siponkoski, Anni Pitkäniemi, Sari Laitinen, Essi-Reetta Särkämöほか. Efficacy of a multicomponent singing intervention on communication and psychosocial functioning in chronic aphasia: a randomized controlled crossover trial Brain Communications. 2023. PubMed DOI 公開本文