
先に結論
「障害物をよける練習だけを追加すれば歩く速さが上がる」という結果は、今のところ示されていません。一方で、状況に合わせて歩く練習を続けた方では、障害物がある場面での歩き方や、歩きながら考える課題の成績に変化が見られたという研究があります。
「病院の廊下ではまっすぐ歩けたのに、家の前の段差や駅の人混みでは足がすくむ」。脳卒中のあと、こうした場面に困る方に向けて整理します。平らな場所を歩く力と、障害物をよけたり歩幅を変えたりしながら歩く力は、少し別の能力だと考えられています。この記事では、周りの状況に合わせて歩き方を変える力(歩行適応性)を練習する方法について、研究で分かっていることと分かっていないことを正直に整理します12。
この記事でわかること
歩行適応性とは何か
歩行適応性(ほこうてきおうせい)とは、道に置かれた物をまたぐ、段差の手前で歩幅を合わせる、人をよけるために急に止まる・方向を変える、といったように、周りの状況に合わせて歩き方をその場で調整する力のことです2。屋外や自宅の中を安全に歩くためには、平らな場所を一定の速さで歩けることに加えて、この調整の力が欠かせません。
脳卒中のあとは、障害物をよけながら歩くときに、歩くことと考えること(周りを見て判断すること)の両方が同時に難しくなりやすいと報告されています。20件の研究をまとめたシステマティックレビューでは、脳卒中を経験した方は同年代の健康な方に比べて、歩きながら別の課題をこなすときに歩き方と課題の両方が乱れやすく、特に障害物をよける場面ではこの傾向が一貫して見られたとされています4。歩きながら別のことをする練習については脳卒中後の二重課題トレーニングについて解説した記事でも紹介しています。
・障害物をまたぐ・よける練習(床に置いた物や、床に映し出した模様を使う)
・目印に足を置く練習(歩幅や足を置く位置を毎歩調整する)
・急に止まる・速さを変える・方向を変える練習
・つぎ足歩き(細い道を想定した歩き方)や、でこぼこ道を想定した練習
・歩きながら簡単な計算や会話をするなど、注意を分ける練習

研究では何が分かっているか
結論から言うと、「障害物をよける練習だけを追加すれば歩く速さが上がる」という結果は、今のところ示されていません。一方で、状況に合わせて歩く練習を続けた方では、障害物がある場面での歩き方や、歩きながら考える課題の成績に変化が見られたという研究があります。
障害物をよける練習の研究をまとめた日本の研究グループのレビューでは、条件を満たしたランダム化比較試験は2件(参加者49人)でした。通常のトレッドミル歩行練習と比べて、障害物をよける練習を加えても、歩く速さ(平均差0.03m/秒、95%信頼区間−0.11〜0.16)やバランスへの自信の尺度に、はっきりした差は見られませんでした1。著者らは、練習時間が1回20〜30分と短かったことや、研究の数と質が十分でないことを理由の一つに挙げています。エビデンスの確実性は「非常に低い〜低い」と評価されています1。
発症から3か月以上たち、歩行やバランスに課題がある40人を対象に、床に障害物や目印を映し出すトレッドミルでの練習と、実際の障害物コース(でこぼこ道・つぎ足歩き・人混みを想定した練習などを含む転倒対策プログラム)を比べた研究です。どちらも1回90分・週2回・5週間行われました2。2つの方法の間で、ふつうの10m歩行の速さに差はありませんでした。一方、両グループを合わせて見ると、ふつうの歩行速度は変わらなかったものの、障害物がある状況での歩く速さや障害物をよける成績、歩きながら計算する課題の成績は向上し、その一部は1年後も保たれていたと報告されています2。
慢性期の脳卒中の方21人を対象に、トレッドミルで歩いている最中にベルトの速さを予告なく変えて、とっさに足を出す練習(外乱練習)を3週間で9回行った研究では、歩くだけの練習に比べてバランスの指標に大きな変化が見られたと報告されています3。転倒を防ぐハーネスを付けて安全に配慮したうえで行われた、少人数の研究です。
とっさに足を出す練習については脳卒中後の外乱バランス練習について解説した記事でも詳しく紹介しています。
⚠ ただし、忘れてはいけない大切なこと:
ここで紹介した研究は、いずれも参加者が数十人規模の小さな研究です。研究で平均的に変化が見られた方法でも、すべての方に同じように当てはまるわけではありません。障害物をまたぐ練習は転倒の危険もともなうため、自己判断で始めず、主治医やリハビリ専門職と相談してください。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないこと
障害物をよける練習だけを調べたランダム化比較試験は2件しかなく、エビデンスの確実性は低いとされています1。2021年の研究も、2つの練習方法を比べたもので、「練習をしないグループ」がないため、変化のすべてを練習の影響と言い切ることはできません。また途中で参加をやめた方が約25%と多く、評価する人も参加者も、どちらの練習を受けたかを知っている状態でした2。研究ごとに対象者・練習の内容・評価方法が異なり、結果をそのまま比べることは難しいのが現状です。
・どのような方(発症からの時期、麻痺の程度、注意や判断の力など)に最も合うのか
・最適な練習の頻度・時間・期間
・練習の場で身についた歩き方が、実際の道路や駅、自宅の中でどこまで生かされるのか
・転倒の回数そのものが減るのかどうか
現在の研究でも、これらは十分に分かっていません12。
何が変わりやすく、何は変わりにくいか
障害物がある状況で歩く速さ、障害物をよける成績、歩きながら別の課題をこなすときの成績は、練習後に向上したという報告があります2。とっさに足を出す練習では、バランスの指標が変化したという報告があります3。
平らな場所でのふつうの歩く速さは、研究ではあまり変わらないことが多く報告されています12。転倒の回数や、屋外での生活の広がりへの影響は、まだはっきりしていません。

どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要か
・平らな場所は歩けるが、段差・人混み・でこぼこ道で不安を感じる方
・つまずきや、ひやっとする経験が増えている方
・自宅の外での移動や買い物、通院を一人で行えるようになりたい方
・立っているだけでもふらつきが大きい方(まず立位や歩行の基本的な練習から検討します)
・最近転倒してけがをした方や、骨粗しょう症が強い方
・血圧の変動が大きい方、心臓の病気がある方(運動の強さについて主治医の確認が必要です)
・注意や判断が難しく、練習の場面で危険が予測しにくい方(専門職の見守りのもとで行います)
回数・頻度・期間の目安
研究の量や下記の進め方は一般的な例です。個人に合う内容・量は、状態を評価した担当医や専門職と決めてください。
研究で行われた練習の量は、1回20〜30分を週3〜5回・3〜4週間1、1回90分を週2回・5週間2、外乱練習を3週間で9回3などさまざまです。どの量が最も良いかは分かっていません。レビューの著者らは、障害物をよける練習の時間が短すぎた可能性を指摘しており、必要な練習量の検証が求められています1。
作業療法士の視点
つまり、歩行適応性トレーニングは「歩く速さを上げる練習」というよりも、「実際の生活場面で求められる歩き方の調整を練習する方法」と考えると、研究結果と合った理解になります。屋外を歩けるかどうかの目安については脳卒中後の屋外歩行の判断基準について解説した記事も参考になります。
