東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「首に機械を埋め込むと、麻痺した手が動くようになると聞きました」「耳につける電気の機械が、脳卒中の手に良いと海外で話題だそうです」。ここ数年、ご本人やご家族からこうしたご質問をいただくことが増えました。
これは迷走神経刺激(Vagus Nerve Stimulation:VNS)と呼ばれる方法で、2021年に大規模な試験の結果が医学誌ランセットに載り、同じ年に米国で医療機器として承認されました1。ただし結論から正直にお伝えすると、この分野は「有望だが、まだ確からしさが低い」という段階にあります。2026年に出た国際的な検証報告は、確実性を「非常に低い」と評価しています2。
この記事では、何がどこまで示されていて、何がまだ分かっていないのかを、数字と一緒に整理します。
迷走神経は、脳から首・胸・お腹へと広がる神経です。この神経に弱い電気を流すと、脳の中で学習に関わる物質が出やすくなり、そのタイミングで練習した動きが脳に定着しやすくなる、というのがVNSの考え方です。
ここで大切なのは、VNSは単独で行う方法ではないという点です。研究で検証されてきたのはすべて「リハビリの練習と組み合わせる(ペアリングする)」形です1,2。療法士が動作の開始に合わせてスイッチを押し、その0.5秒ほどの刺激と練習を何百回も重ねます。刺激そのものが手を動かすわけではありません。
方式は大きく2つに分かれます。
位置づけ:2021年に米国で医療機器として承認された方式1
注意:外科手術が必要で、麻酔や声帯の一時的な麻痺などのリスクを伴う1
位置づけ:小規模な試験が中心で、研究段階の方法3,4
注意:貼った場所の一時的な赤みが報告されている3,4
「脳や神経に刺激を加えてリハビリの土台をつくる」という発想は、VNSに限りません。頭の外から磁気を当てる方法については脳卒中後のrTMS(反復経頭蓋磁気刺激)について解説した記事で、麻痺した筋肉に直接電気を流す方法については脳卒中後の手のリハビリと電気刺激(NMES)について解説した記事で、それぞれ整理しています。位置づけの違いを見比べていただくと分かりやすいと思います。
この分野で最も規模が大きく、質の高い試験が「VNS-REHAB試験」です。
英国と米国の19施設で行われた試験です。対象は、片側の大脳の脳梗塞から9か月〜10年が経過し、上肢の麻痺が中等度から重度(フーグルマイヤー上肢スコアが20〜50点)の22〜80歳の方108名。全員に刺激装置を埋め込む手術を行ったうえで、実際に刺激を流す群53名と、装置は入っているが刺激を流さない群55名に振り分けました。参加者・評価者・担当療法士のいずれにも、どちらの群かは伏せられています。
リハビリは両群とも同じ内容で、6週間・週3回(計18回)の通院練習と、その後の自宅練習(1日30分)です。1回の練習では300回以上の反復動作を行います。
練習終了の翌日、フーグルマイヤー上肢スコアは刺激群で平均5.0点(標準偏差4.4)、対照群で2.4点(3.8)上がりました(群間差2.6点、95%信頼区間1.03〜4.2、p=0.001)。90日後に臨床的に意味のある変化(6点以上)に達した方は、刺激群53名中23名(47%)、対照群55名中13名(24%)でした(p=0.01)。重篤な有害事象は対照群の声帯麻痺1件で、5週間で回復しています。1
数字だけを見ると差はついています。ただし、この2.6点という差の大きさをどう受け止めるかが問題です。フーグルマイヤー上肢スコアは66点満点で、「日常生活で本人が違いを感じられる」目安は一般に5〜6点程度とされます。つまり群間の差は、その目安を下回っています。一方で、90日後に目安に達した方の割合は約2倍になっていました1。「全員が少しずつ」ではなく「反応する方としない方に分かれる」という読み方のほうが実態に近いと考えられます。
この試験の参加者を1年間追跡した報告も出ています。対照群も途中から実際の刺激に切り替え、全員が自宅で刺激付きの運動を1年続けた結果、74名(69%)が1年後の評価まで到達し、開始時と比べてフーグルマイヤー上肢スコアが5.23点(95%信頼区間4.08〜6.39、p<0.001)、手の使用量や生活の質の指標も上がっていました5。ただしこれは事後解析で、比較対照のない前後比較である点には注意が必要です。
埋め込み型の試験をまとめた2025年のシステマティックレビュー・メタアナリシス(8研究・498名)では、フーグルマイヤー上肢スコアの平均差2.73点(95%信頼区間1.32〜4.13)と報告されています7。VNS-REHAB試験の数字と近い水準です。
手術を伴わない耳の方式は、ご相談の中でもよく話題に上がります。こちらは研究の規模がぐっと小さくなります。
耳の方式とリハビリを組み合わせた研究をまとめた解析です。統合できたのは4件のランダム化比較試験・計129名(介入群65名、対照群64名)にとどまります。
練習終了時点の運動機能では標準化平均差1.28(95%信頼区間0.65〜1.90、I²=72%、p<0.0001)、フーグルマイヤー評価では平均差3.66点(0.50〜6.83、I²=90%、p=0.02)でした。ウルフ運動機能テストは平均差6.77(−0.07〜13.61、I²=88%、p=0.05)で、有意差には届いていません。
重要なのは3か月後の結果です。フーグルマイヤー評価の平均差は4.66点(−1.22〜10.54、I²=93%、p=0.12)となり、群間の差は統計的に有意ではなくなりました。また、良い方向の結果が出たのは従来型のリハビリと組み合わせた場合に限られ、ロボット訓練と組み合わせた場合には示されていません。
研究間のばらつきは非常に大きく(I²=72〜96%)、バイアスリスクは2件が「低リスク」、2件が「懸念あり」と評価されています。明らかな副作用の報告はなく、一部で一時的な皮膚の赤みがみられた程度でした。3
この解析に含まれた代表的な試験のひとつが、中国で行われた21名(介入10名・対照11名)の予備的試験です。発症から0.5〜3か月の脳梗塞の方に、耳甲介腔へ20Hzの刺激を1日30分・15日間連続で行い、その直後に30分の通常リハビリを実施しました。15日後のフーグルマイヤー上肢スコアの変化量は介入群6.90点(標準偏差1.85)、対照群3.18点(1.17)で差が示され(p≦0.001)、12週後も介入群7.40点、対照群4.18点でした(p=0.038)。有害事象は電極部位の赤み1件のみで、6時間以内に消えています4。
ただし著者ら自身が、サンプルが小さいこと、対照群には電気を全く流さない方式のため参加者に伏せきれなかったこと、最適な刺激の条件が定まっていないことを限界として挙げています4。1つの小規模試験の結果として受け止めるべき段階です。
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。良い数字だけを並べると実態を見誤ります。
2025年5月までの文献を対象に、埋め込み型3件・耳の方式7件を含む10研究・計547名を統合した国際的な検証報告です。
短期(練習終了後6〜12週)の上肢運動機能について、標準化平均差1.22(95%信頼区間0.68〜1.77、10研究・499名)という数値が出ています。ただし著者らはこの結果の確実性を「非常に低い」と評価しました。上肢の活動(標準化平均差0.88、−0.09〜1.86、6研究・186名)と生活の質(0.04、−0.30〜0.37、3研究・180名)についても、確実性は「非常に低い」とされています。
重篤な有害事象については、リスク比2.38(0.77〜7.30、8研究・416名、確実性は低い)で、リハビリ単独と比べて明らかな増加は示されていません。
限界として、含まれた研究の多くがバイアスリスク「高」であること、研究数が少ないこと、サンプルサイズが小さいこと、長期の追跡を行った研究がほとんどないこと(6か月時点は3研究、12か月時点は1研究のみ)が挙げられています。2
・含まれた研究の多くがバイアスリスク「高」と判定されています2
・耳の方式の解析では、研究間のばらつきがI²=72〜96%と極端に大きく、統合結果をそのまま受け取ることはできません3
・耳の方式では3か月後の群間差が統計的に有意でなくなっており、続くかどうかが示されていません3
・最も質の高い試験でも、群間差2.6点は、ご本人が違いを感じ取る目安(5〜6点)を下回ります1
・VNS-REHAB試験の資金は機器の製造企業から提供されています1
・脳出血の方は、この試験の対象外でした(対象は脳梗塞のみ)1
・発症から間もない時期(急性期・回復期)の方に当てはまるかは、埋め込み型では検証されていません1
・耳の方式の最適な刺激条件(強さ、周波数、時間、回数)は定まっていません3,4
・耳の方式で、埋め込み型と同じ結果が得られるのかは示されていません2,3
・下肢や歩行、言語などへの応用は、この記事で扱った研究の範囲外です
・長期にどうなるかは、追跡した研究がごく少数にとどまります2
研究全体では一定の傾向がありますが、対象者や介入内容が研究ごとに大きく異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。とくに「手術を受けてまで行う価値があるか」の判断は、この記事の数字だけで決められるものではなく、必ず脳神経内科・脳神経外科の医師にご相談ください。
「自分は対象に入るのだろうか」という点は、いちばん気になるところだと思います。VNS-REHAB試験の条件を整理すると、次のとおりです1。
2. 片側の大脳(テント上)の脳梗塞であること
3. 発症から9か月以上・10年以内
4. 上肢の麻痺が中等度から重度(フーグルマイヤー上肢スコア20〜50点)
5. 著しい感覚障害がないこと
6. 全身麻酔下の手術に耐えられる状態であること
この試験の参加者を、性別・年齢(62歳以上か)・発症からの期間(2年超か)・重症度(上肢スコア34点超か)・麻痺側・実施国・大脳皮質が障害されているかで分けた事後解析も行われています。結果は、どのグループでも群間差はほぼ同じで、統計的な交互作用は認められませんでした6。「若い人だけ」「発症から間もない人だけ」といった条件ではない、と読めます。
ただしこの解析の著者らも、サンプルが小さく細かな差を検出できないこと、事前に計画された解析ではないこと、そもそも上肢スコア20点未満の方と強い感覚障害のある方は最初から除外されていることを限界として明記しています6。上肢の麻痺がどこまで変わりうるかという見通しの立て方については、脳卒中後の上肢麻痺の予後予測について解説した記事もあわせてご覧ください。
また、耳につけるタイプの家庭用とうたわれる機器がインターネット上で販売されていることがありますが、研究で用いられた機器・刺激条件・練習内容とは異なります。ご自身の判断で購入・使用される前に、必ず主治医にご確認ください。
「これが最適」と言える条件はまだ定まっていません。ここでは各研究で実際に用いられた設定をそのまま紹介します。
通院練習:6週間・週3回(計18回)、1回約90分
反復回数:1回の練習で300回以上の課題動作
自宅練習:その後3か月、1日30分
結果の解釈:練習翌日の群間差2.6点、90日後に目安到達した方は47%対24%1
刺激:20Hz、パルス幅0.3ミリ秒、強さは個別に調整(平均1.66mA)
量:1日30分・15日間連続、その直後に通常リハビリ約30分
結果の解釈:15日後・12週後とも群間差が示されたが、参加者21名の予備的試験4
練習内容は、生活場面を想定した課題を高回数くり返す形1
通院練習の終了後も、自宅での練習が続けられている1,5
補足:刺激だけを行い練習を伴わない使い方は、研究で検証されていません
条件Cは見落とされやすい点です。どの研究でも、土台にあるのは「生活に近い動作を、たくさんくり返す練習」でした。刺激はその効き目を後押しする位置づけであり、練習の代わりになるものとしては検証されていません1,2。
正直にお伝えします。日本では、脳卒中後の上肢麻痺を対象とした埋め込み型VNSは、一般の診療で受けられる治療として普及していません。てんかんに対する迷走神経刺激療法とは、対象も目的も異なります。ですから現時点では、「海外でこういう研究が進んでいる」という段階の情報としてお受け取りいただくのが正確です。
Journey Rehabでも、VNSの機器を用いた関わりは行っていません。当社が担うのは、条件Cに書いた「生活に近い動作をくり返す練習」の部分です。
この分野の研究をまとめて読むと、示唆的なことが見えてきます。刺激の有無にかかわらず、どの試験でも対照群も上肢スコアが上がっているという点です。VNS-REHAB試験では対照群でも2.4点、耳の試験でも3.18点上がっていました1,4。発症から9か月以上経った慢性期であっても、6週間の集中的な課題練習を行えば数字が動いていた、ということです。新しい機器の話題性に目を向けるだけでなく、この事実のほうにも目を向けていただければと思います。
慢性期の上肢練習では、実際の食器や衣服などを使い、「生活のどこで手を使いたいか」から課題を組み立てます。動作が少し行いやすくなる方がいる一方、同じように反復しても変化が乏しいことや、評価の点数とご本人の実感が一致しないこともあります。その場合は努力不足と考えず、感覚障害、痙縮、痛み、疲労、環境を見直し、補助具や動作方法を含めて目標を調整します。
2. 最も質の高い試験では、上肢スコアの群間差2.6点、90日後に目安へ到達した方は47%対24%でした1
3. 一方、2026年の国際的な検証報告は、確実性を「非常に低い」と評価しています2
4. 耳につける方式は研究数が少なく(4試験129名)、3か月後には群間差が有意でなくなっています3
5. 重い麻痺のある方、脳出血の方、発症間もない方への当てはまりは確認されていません1,2
6. 日本では一般診療として普及しておらず、判断は主治医にご相談ください
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Everard G, Saragih ID, Dawson J, Tarihoran DE, Advani SM, Tzeng HM. Vagus nerve stimulation to improve post-stroke motor function and activity. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2026;3(3):CD015859. PMID: 41823357.
3. Li HL, Jia YB, Liu XY, Wang YS, Zhang ZK, Li KC. Effects of Transcutaneous Auricular Vagus Nerve Stimulation With Rehabilitation on the Recovery of Upper Extremity Function After Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. Neural Plasticity. 2025;2025:9927826. PMID: 41777452.
4. Wu D, Ma J, Zhang L, Wang S, Tan B, Jia G. Effect and Safety of Transcutaneous Auricular Vagus Nerve Stimulation on Recovery of Upper Limb Motor Function in Subacute Ischemic Stroke Patients: A Randomized Pilot Study. Neural Plasticity. 2020;2020:8841752. PMID: 32802039.
5. Kimberley TJ, Cramer SC, Wolf SL, Liu C, Gochyyev P, Dawson J. Long-Term Outcomes of Vagus Nerve Stimulation Paired With Upper Extremity Rehabilitation After Stroke. Stroke. 2025;56(8):2255-2265. PMID: 40329913.
6. Dawson J, Engineer ND, Cramer SC, Wolf SL, Ali R, O'Dell MW. Vagus Nerve Stimulation Paired With Rehabilitation for Upper Limb Motor Impairment and Function After Chronic Ischemic Stroke: Subgroup Analysis of the Randomized, Blinded, Pivotal, VNS-REHAB Device Trial. Neurorehabilitation and Neural Repair. 2023;37(6):367-373. PMID: 36226541.
7. Khan I, Shakir M, Vijayanarasimhan V, Lodhi BA, Parker JJ, Miller KJ. Implantable Vagus Nerve Stimulator-Paired Neurorehabilitation for Upper Limb Function After Ischemic Stroke: Evidence From a Systematic Review and Meta-Analysis With Best Practice Recommendations. Neurosurgery. 2025;97(6):1242-1256. PMID: 40459273.
