
結論:脳卒中後の不眠には、認知行動療法(CBT-I)で自覚的な不眠症状が改善した比較試験があります。ただし、睡眠時間や生活の質まで一様に改善したわけではありません。まず睡眠記録と日中の困りごとを主治医に共有し、睡眠時無呼吸、痛み、薬などを確認します。自己流で睡眠時間を削ったり、夜中に無理にベッドを離れたりせず、安全に実行できる方法を相談してください。
脳卒中後、「床に入っても眠れない」「夜中に目が覚め、そのまま朝を迎える」と、翌日のリハビリや家事にも気持ちが向きにくくなります。家族からは休んでいるように見えても、本人は眠れない時間をつらく感じているかもしれません。ここでは不眠を対象にした治療と相談の準備を整理し、睡眠の研究を生活にどう生かせるかを考えます。
・CBT-Iの内容と、脳卒中後を対象にした比較試験の結果
・研究の数字を自分の効果に置き換えないための読み方
・診察で役立つ睡眠記録、生活の工夫、安全な相談の目安
不眠の相談では「眠れない形」と日中の困りごとを分ける
不眠は、寝つきに時間がかかる、途中で何度も起きる、予定より早く目覚める、といった形で現れます。睡眠の機会があるのに眠れず、集中しにくい、朝の支度が進まないなど日中の生活に支障があるかも確認します。「何時間眠ったか」だけで判断せず、本人が何に困っているかを伝えることが大切です。5
同じ夜間覚醒でも、肩の痛み、頻尿、気分の落ち込み、薬の影響、寝室の明るさなど、確認する項目は異なります。大きないびき、呼吸が止まると指摘される、日中に強く眠り込む場合は、睡眠時無呼吸など別の睡眠障害の評価が必要です。不眠と併存することもあります。呼吸の問題は脳卒中後の睡眠時無呼吸の記事も参考にしてください。
慢性不眠には持続期間などの診断基準がありますが、受診のために何か月も待つ必要はありません。退院後に眠れない日が続いて生活に支障があれば、主治医に早めに相談してください。診断は睡眠歴や体調を踏まえて医師が行います。5
CBT-Iとは:生活指導だけと何が違うのか
CBT-Iは、不眠を続かせる行動や考え方を見直す治療です。睡眠への過度な心配への対応、ベッドと睡眠の結び付きを整える方法、床にいる時間の調整、リラックスの練習などを組み合わせます。「前向きに考えれば眠れる」という精神論でも、単に早寝を勧めることでもありません。1
米国睡眠医学会(AASM)のガイドラインは、成人の慢性不眠に複数要素を組み合わせたCBT-Iを強く推奨しています。一方、照明やカフェインなどの睡眠衛生の助言だけを、慢性不眠の単独治療にすることは勧めていません。一般成人の根拠は脳卒中に限定したものではないため、脳卒中後の認知・身体機能への配慮は別に必要です。1
生活の工夫と治療を分けて考える:寝室の環境や一日の予定を整えることは相談の出発点です。しかし、困りごとが続く場合は「生活習慣が悪いから」と自分を責めず、CBT-Iを含む治療の適応と受けられる施設を医師に相談します。床にいる時間を短くする手法は、専門職の評価と経過確認を伴う治療です。
脳卒中後の研究で分かっていること
84人の試験:自覚的な不眠症状に改善
Flemingらの試験は、地域で生活する脳卒中後の84人を、デジタルCBT-I群48人と睡眠衛生情報の提供群36人に割り付けました。平均年齢は約59歳、発症から平均5.5年で、英国のインターネットを使える人が対象です。治療後の不眠質問票SCI-8はCBT-I群でより良くなり、欠測値を補った解析の調整群間差は約3.35点でした。これは0~32点の尺度上の差で、長く眠れた時間を意味しません。2
本人が申告した寝つきや気分にも改善がみられましたが、生活の質、自己効力感、腕時計型機器による睡眠指標には明確な群間差がありませんでした。質問票が改善することと、客観的な睡眠時間が増えることは分けて読む必要があります。2
126人の試験:治療直後の差と追跡時の差は同じではない
Ymerらの2025年の試験は、脳卒中75人と外傷性脳損傷51人を含む126人を対象に、睡眠・疲労に合わせた認知行動療法と健康教育を比較しました。どちらも8週間の個別面接で、治療直後の睡眠の質は認知行動療法群でより改善しました。しかし、2か月・4か月後には睡眠の質の明確な群間差はありませんでした。脳卒中だけの126人ではなく、疲労対策も含む複合介入である点に注意が必要です。3
短期行動療法の45人の予備試験
Hasanらはインドネシアの脳卒中後45人を、対面またはウェブの短期行動療法(BBTI)、睡眠衛生教育の3群に分け、不眠重症度に改善を報告しました。ただし小規模・短期間の予備試験です。今回確認できたのはPubMed抄録とPMCの抄録相当部分で、全文の方法・有害事象までは検証できていません。効果の大きさや安全性を断定する材料にはしません。4
研究の限界と、まだ分かっていないこと
まだ言えないこと:これらの研究から、CBT-Iが脳卒中の再発を防ぐ、麻痺を改善する、誰でも睡眠薬をやめられる、という結論は得られません。退院直後の人や重い失語・認知障害がある人、日本語でのプログラムに同じ結果が当てはまるかも十分には分かりません。
84人の試験は睡眠を良くしたいと希望した人が中心で、全員が不眠症と診断されていたわけではありません。未治療と診断された睡眠時無呼吸や、コントロールされていない発作がある人は除外されました。脱落に伴う欠測があり、本人を治療内容に対して盲検化できないため、期待の影響も残ります。開発企業に所属・出資する著者がいることも論文で開示されています。2
126人の試験でも、英語で心理療法に参加できるなどの条件があり、脳卒中と外傷性脳損傷を一緒に解析しています。両群の改善は、同じ人の治療前後の差なのか、二つの治療の間の差なのかを区別します。「CBT群が改善した」というだけで健康教育より優れるとは限りません。3
このため、研究は治療を相談する根拠になりますが、自宅で使う一律の就床時刻や睡眠時間を決める処方にはなりません。眠りの満足度とともに、翌日の安全、活動への参加、続けやすさを確認します。
診察に持っていく睡眠記録の付け方
米国国立心肺血液研究所(NHLBI)は、診察前の1~2週間の睡眠記録を提案しています。まずは負担なく記録できる日から始めます。夜中に時計を何度も見て正確に測る必要はなく、翌朝におおよその様子をまとめます。記録を整えるために受診を先延ばしにしないでください。5
記録する項目
① 床に入った時刻、寝つくまでの感覚、最終的に起きた時刻
② 夜中に起きた回数と、痛み・トイレ・息苦しさなどのきっかけ
③ 昼寝や横になった時間、日中の眠気と困った活動
④ 服薬、カフェイン・飲酒、運動や外出の時刻
⑤ 翌朝の休めた感じと、その日に相談したいこと
例えば「眠れなかった」だけでなく、「夜中に肩が痛くて起き、朝の着替えがつらかった」と伝えると、睡眠と生活を結び付けて相談できます。これは記載例であり実在の症例ではありません。片手で書きにくい場合は、音声メモや家族による代筆も選択肢です。本人が感じた眠気と、家族が見たいびきなどは分けて記します。

生活で調整する三つの場面
朝:起床後の過ごし方を一つ決める
起きる時刻が日ごとに大きくずれるなら、通院日・介助者の予定も含めて生活の流れを見直します。体調が許す範囲で、起床後にカーテンを開け、安定した椅子で朝の支度をするなど実行しやすい行動を選びます。光を浴びるために、ふらついた状態で一人で屋外へ出る必要はありません。6
日中:眠気と疲労を分けて予定を組む
眠くて目を開けていられないことと、眠くはないが消耗して動けないことは同じではありません。休息が必要な人の昼寝を一律に禁止せず、長い昼寝や夕方のうたた寝と夜の睡眠の関係を記録し、主治医や担当者と調整します。夜によく眠るために、日中の運動量を急に増やすことも避けます。
夕方から夜:落ち着く準備を生活に合わせる
夕方以降のカフェイン、寝酒、就寝前の強い光などを見直し、照明や室温を過ごしやすい状態に整えます。寝酒は途中で目が覚めやすくなるため、不眠対策として勧められません。水分や服薬の量を自己判断で減らすのではなく、夜間の排尿や痛みがある場合は、その原因や治療も相談してください。6
一度に多数のルールを加えると、守れなかったことが新たな負担になります。記録から関係がありそうな項目を一つ選び、日中の体調も見ながら振り返ります。これらは一般的な生活調整の例で、CBT-Iの治療効果と同じ根拠があるという意味ではありません。

作業療法士の視点:眠りと翌日の生活をつなぐ
作業療法では、眠りの問題を「夜だけの問題」として切り離さず、朝の着替え、調理、通院、余暇など翌日の生活との関係を見ます。眠れなかった翌日に危険な作業を一人で行っていないか、記録や治療説明を理解しやすい方法は何か、ベッド周辺の動線に負担がないかを確認する視点です。
例えば、寝室からトイレまでの移動に不安があるなら、足元照明、床の障害物、呼び出し方法を家族と確認します。「眠れなければベッドを離れる」という一般的な指示をそのまま使わず、安全に移乗・移動できるか、別の方法が必要かを治療担当者と相談します。言葉の理解や記憶に難しさがある場合は、説明を短く区切り、図や一つずつの確認を使います。
Journey Rehabの訪問自費リハビリを検討する際も、生活上の課題と医療機関での治療内容を共有することが大切です。ここで紹介したCBT-Iの提供や効果を保証するものではありません。作業療法の役割は脳卒中後の作業療法の記事、利用条件は料金・ご利用の流れで確認できます。
安全上の注意・練習の中止と受診の目安
自己流の睡眠制限は行わないでください。
CBT-Iには床にいる時間を調整する手法が含まれますが、初期に眠気・疲れ・注意力低下が生じる場合があります。強い日中の眠気、発作、躁状態・軽躁状態の既往、運転や危険な作業がある人では、適応と実施方法を慎重に判断します。脳卒中後は転倒リスクもあるため、インターネットの手順だけで始めないでください。1
運動・生活動作の練習を中止する目安
運動や歩行の練習中に、普段と違う強い眠気、ふらつき、めまい、胸痛、息苦しさ、失神しそうな感覚が出たら中止し、安全な姿勢を取ります。胸痛や強い呼吸困難、意識の変化など緊急性のある症状は119番で対応を求めます。個別の中止基準が示されている場合は、その指示を優先してください。
早めに主治医へ相談すること
眠れないために生活やリハビリが進まない、強い眠気で危険を感じる、いびきや呼吸の停止を指摘される、気分の落ち込みが強い、服薬後にふらつく、といった場合は早めに相談します。睡眠薬や抗うつ薬の増量・減量・中止、市販の睡眠改善薬やサプリメントの追加を自己判断で行わないでください。56
突然の変化は「寝不足」と決めつけない:新たな片側の顔・手足の麻痺やしびれ、言葉が出ない・理解できない、急な視力やバランスの異常、経験したことのない激しい頭痛があれば、脳卒中などの緊急疾患を疑い119番へ。いったん症状が消えても様子見をしないでください。7

まとめ
脳卒中後の不眠にはCBT-Iを相談する根拠がありますが、研究で改善した指標と改善しなかった指標を分けて理解することが大切です。まず眠れない形、日中の困りごと、痛みやいびきなどを記録し、主治医に共有します。生活の調整は小さく始め、夜間の移動と翌日の安全を確かめながら、必要な治療につなげてください。
本記事は一般的な情報提供で、診断や個別の治療指示ではありません。文献確認・制作日:2026年10月2日。サイト上の対象日:2026年10月1日。画像はAIによる説明用イメージであり、実際の患者・支援場面ではありません。
よくある質問
Q. CBT-Iで脳卒中後の不眠は必ず治りますか?
A. 保証はできません。比較試験では自覚的な不眠症状に改善がみられましたが、全員に同じ効果が出るわけではなく、客観的な睡眠指標や生活の質には明確な差がなかった研究もあります。
Q. 睡眠記録は何分単位で正確に付ける必要がありますか?
A. 細かい測定より、困る時間帯やきっかけを伝えることが目的です。翌朝におおよその様子を記し、負担が大きければ項目を減らします。夜中に時計を何度も確認する必要はありません。
Q. 眠れないときはベッドを出た方がよいですか?
A. CBT-Iの一部で使われる方法ですが、脳卒中後は移乗や夜間歩行の安全確認が先です。一人で無理に移動せず、治療担当者と安全な方法や代替策を決めてください。
Q. 昼寝や休息はやめるべきですか?
A. 一律には決めません。眠気と疲労、昼寝の時間帯、夜の眠りとの関係を記録し、生活に必要な休息を守りながら相談します。強い眠気がある状態で運転や危険な作業をしないでください。
Q. 睡眠薬を使っていても相談できますか?
A. できます。薬の名前・量・飲む時刻と翌日の眠気を医師や薬剤師に伝えます。CBT-Iを検討するときも、薬を自己判断で減らしたり中止したりしないでください。
参考文献
- Edinger JD, Arnedt JT, Bertisch SM, et al. Behavioral and psychological treatments for chronic insomnia disorder in adults: an American Academy of Sleep Medicine clinical practice guideline. J Clin Sleep Med. 2021;17(2):255–262. PMID: 33164742. DOI: 10.5664/jcsm.8986. PubMed / PMC
- Fleming MK, Smejka T, Macey E, et al. Improving sleep after stroke: A randomised controlled trial of digital cognitive behavioural therapy for insomnia. J Sleep Res. 2024;33(2):e13971(オンライン公開2023年). PMID: 37407096. DOI: 10.1111/jsr.13971. PubMed / PMC
- Ymer L, McKay A, Wong D, et al. Randomized controlled trial of cognitive behavioral therapy versus health education for sleep disturbance and fatigue following stroke and traumatic brain injury. J Rehabil Med. 2025;57:jrm41302. PMID: 39749423. DOI: 10.2340/jrm.v57.41302. PubMed / PMC
- Hasan F, Prasetya EC, Gordon CJ, et al. Effects of nurse-led, web-based brief behavioral therapy on insomnia severity in patients in the chronic stage of stroke recovery: a preliminary randomized controlled trial. J Clin Sleep Med. 2025;21(12):2031–2040. PMID: 40904277. DOI: 10.5664/jcsm.11856. 抄録のみ確認。 PubMed
- National Heart, Lung, and Blood Institute. Insomnia: Diagnosis / Symptoms. 公式資料
- National Heart, Lung, and Blood Institute. Insomnia: Treatment / Causes and Risk Factors. 公式資料
- American Stroke Association. Stroke Symptoms. 日本の緊急通報番号に合わせ本文を119番と表記。 公式資料