東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
言語訓練との併用に関する研究と限界を正直に解説
「言葉が出てこない状態に、頭に電気や磁気を当てる方法があると聞いた」「言語訓練と一緒にやると言葉が出やすくなるのか知りたい」——脳卒中後の失語症について、ご本人やご家族からこうしたご質問をいただくことがあります。ニュースや動画で見かけて、期待と不安の両方を抱えて相談される方も少なくありません。
この記事では、失語症に対して研究が進められている「非侵襲的脳刺激」——経頭蓋直流電気刺激(tDCS)と反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)——について、現時点で分かっていること、研究どうしで結果が食い違っている点、そして日本で受けようとしたときの現実的な位置づけを、専門職として正直に整理します。
最終更新日:2026年8月17日
最新レビュー日:2026年8月17日
tDCSもrTMSも、医療機関で医師の管理のもとに行われる医療行為です。市販の類似機器を自宅で自己判断で使う方法ではありません。てんかんの既往がある方、頭蓋内に金属やクリップ・シャントがある方、心臓ペースメーカーを使用している方などは適応外となる場合があります。関心がある場合は、まず主治医に相談してください。
失語症は、脳卒中によって言葉を扱う脳の領域(多くの方では左半球)が傷つくことで、話す・聞いて理解する・読む・書くといった言葉のやりとりが難しくなる状態です。手足の麻痺と違って外から見えにくく、「話せないだけで、理解はできている」場合も多いという特徴があります。
失語症のリハビリの中心は、今も昔も言語聴覚士による言語訓練です。そこに「脳の活動しやすさを外から少し変えて、訓練で得られる学習を後押しできないか」という発想で加えられているのが、非侵襲的脳刺激です。代表的なものが2つあります。
2. rTMS(反復経頭蓋磁気刺激):頭部にコイルを当て、磁気のパルスを繰り返し与えることで、脳の特定部位の活動しやすさを一時的に変える方法
失語症に対しては、「傷ついた左半球の言語領域を活動しやすくする(陽極tDCSや高頻度rTMS)」か、「反対側の右半球が過剰に働いて左半球を抑え込んでいるという想定のもと、右半球側の活動を抑える(低頻度rTMS)」という、2つの方向の考え方が並行して研究されています。どちらが正しいのかは、まだ決着していません。
結論から先にお伝えすると、「脳刺激を足せば言葉が出るようになる」と言い切れる段階にはありません。特にtDCSでは、日常のコミュニケーションそのものを測った指標で差が出ていないという報告が続いています。一方でrTMSについては、多くの研究をまとめると検査上の言語成績が良くなる方向の結果が出ていますが、そこには後述する大きな注意点があります。
tDCSに関する25件の研究(493名)をまとめたネットワークメタアナリシスでは、主要な評価項目である「実生活に近い場面でのコミュニケーション能力」について、tDCSを加えた群と対照群とで差は確認できませんでした(陽極tDCS:標準化平均差 0.20、95%信頼区間 −0.24〜0.63)。副次的な評価項目である「名詞の呼称(絵を見て名前を言う課題)」では、左下前頭回への陽極tDCSで成績が良くなる結果でした(標準化平均差 0.51、95%信頼区間 0.11〜0.90)。ただし含まれた研究は1件あたり平均19名と小規模で、多くが第I相段階の試験でした1。
発症3か月以内の失語症のある58名を対象に、命名訓練(45分×15回)に陽極tDCS(1ミリアンペア・20分)を加える群と、見せかけの刺激(シャム)を加える群を比較した二重盲検RCTです。主要評価項目である「訓練していない絵の呼称成績」の変化は、tDCS群22.3点(95%信頼区間 13.5〜31.2)、シャム群18.5点(同 9.6〜27.4)で、統計的な差はありませんでした(p=0.54)。一方、副次的な評価項目である「話のまとまり(内容の量・効率)」ではtDCS群のほうが良い結果でした。重い有害事象は両群で各2件みられましたが、いずれも刺激との関連は否定的と判断され、皮膚の軽い刺激感が3件報告されています2。
非流暢性失語(言葉が出にくいタイプ)に対するrTMSについて、47件のRCT(2,190名)をまとめたレビューです。多くの研究が右下前頭回への1ヘルツの低頻度刺激を、2〜4週間にわたり週5日程度行っていました。統合の結果、失語指数(15件・960名)、復唱(22件・1,228名)、呼称(22件・1,229名)、自発話(17件・1,046名)のいずれでもrTMS群の成績が良い方向でしたが、研究間のばらつき(異質性)はI²=67〜86%と大きいものでした。著者ら自身が「中国からの研究が多く、出版バイアスの可能性がある」と限界に挙げています3。
30件のRCT(1,597名)をまとめた別のレビューでも、標準的な言語訓練にrTMSを加えた群で、聴理解・呼称・復唱・自発話・失語指数のいずれも成績が良い方向でした(例:失語指数の平均差 13.82、95%信頼区間 11.68〜15.97)。ただし著者らはGRADEによる評価で全項目を「中等度の質」と判定し、1試験あたりの人数が100名未満であること、長期の追跡がほとんど行われていないこと、対象者の多くが中国の患者であることを限界として明記しています。有害事象を報告していたのは30件中3件のみで、報告された範囲では頭痛・吐き気・めまいが4名(0.49%)、いずれも24時間以内に消失し、けいれん発作や中止例はありませんでした4。
なお、脳刺激そのものの考え方や、手足の動きに対して使われる場合の位置づけについては、脳卒中後のrTMSと上肢の運動について解説した記事でも取り上げています。同じ装置でも、狙う症状が変われば刺激する場所も研究の状況も変わる点にご注意ください。
まず、どこにどう刺激するのが最も適しているのかが確立していません。tDCSでは陽極・陰極・両側同時と複数のやり方が比較されていますが、レビューの著者自身が「最適な刺激の組み合わせは未確立」としています1。rTMSでも刺激部位やパルス数が研究ごとに異なり、細かい条件別の解析ができるほど研究数がそろっていません4。
次に、「検査の点数」と「日常生活での会話」が同じように変わるとは限らない点です。tDCSのレビューでは、絵の呼称成績には差が出た一方、実生活に近いコミュニケーション能力では差が確認できませんでした1。2023年のRCTでも、呼称では差がなく話のまとまりでは差がある、という一致しない結果になっており、著者らもその理由は説明できていないとしています2。
さらに、どのタイプの失語症の方に、発症からどの時期に行うのがよいのかも十分に検証されていません。失語症には言葉が出にくいタイプ、聞いて理解することが難しいタイプなど幅がありますが、タイプ別に反応が違うのかを検討できるだけのデータがそろっていないと明記されています4。
そして、変化がどのくらい続くのかも分かっていません。多くの研究は介入直後の評価にとどまり、数か月後まで追跡した研究はごく限られています4。
ここで紹介した4件は、いずれもランダム化比較試験、またはそれを統合したシステマティックレビュー・メタアナリシスであり、研究デザインとしては比較的質の高い部類に入ります。特に2023年のRCTは、参加者にも評価者にも割り付けを知らせない二重盲検・シャム対照という、この領域では厳密なつくりです2。
一方で、rTMSの2件のレビューは、研究間のばらつきが大きく(I²が最大86%や95%)、1試験あたりの人数も少なく、対象者が特定の国に偏っているという共通の弱点を抱えています34。呼称と自発話については出版バイアスを示す統計的な兆候も報告されており3、「良い結果が出た研究ほど発表されやすかった」可能性を差し引いて読む必要があります。
また、tDCSのレビューでは、有害事象の報告のしかたが不十分な研究が多いことも指摘されています1。統計的に差があることと、すべての方に同じ変化が起こることは別の話です。これらの結果を、目の前のおひとりに、そのまま当てはめることはできません。
安全性について、報告されている範囲では、いずれの方法も重い問題は多くありません。tDCSのレビューでは、シャム刺激と比べて中止者数や有害事象の数に統計的な差はありませんでした1。rTMSのレビューでも、報告があった範囲では頭痛・吐き気・めまいが一過性に生じた例が中心で、けいれん発作の報告はありませんでした4。ただし前述のとおり、有害事象を報告していない研究が多いこと自体が限界です。
これらは医療機関で医師の管理のもとに行われるもので、訪問リハビリや自宅で実施できるものではありません。てんかんの既往、頭蓋内の金属やクリップ、ペースメーカー、妊娠中などの条件では実施できない場合があります。また、研究で用いられている刺激は必ず言語訓練とセットで行われており、刺激だけを単独で受ける形は想定されていません。
日本では、失語症に対するtDCS・rTMSは一般に保険診療として広く行われているものではなく、実施している施設は限られます。関心がある場合は、まず主治医に「自分の状態で適応があるか」「近隣に実施している施設があるか」を確認するところから始めるのが現実的です。
ここまで見てきたとおり、脳刺激は「言語訓練の代わり」ではなく「言語訓練に足すもの」として研究されています。つまり土台にあるのは、あくまで言語訓練そのものです。そして土台の側にも、まだ検討が続いている論点があります。
たとえば「どのくらいの時間・頻度で訓練を行うか」という問題については、脳卒中後の失語症のリハビリ量について解説した記事で研究を整理しています。装置を使うかどうかを考える前に、まず現在の訓練の量と内容が本人の生活に合っているかを確認するほうが、優先度としては高いことが多いと考えています。
また、言葉が出にくいタイプの失語症に対しては、歌うようなメロディーとリズムを手がかりにする方法も研究されています。関心のある方はメロディックイントネーション療法について解説した記事もあわせてご覧ください。
Journey Rehabは訪問型の自費リハビリであり、tDCSやrTMSといった脳刺激そのものを行う立場にはありません。ご相談があった場合は、研究で分かっていること・分かっていないことをこの記事と同じ温度感でお伝えし、判断は主治医と一緒に進めていただくことを基本にしています。
そのうえで私たちが担うのは、日々の生活の中でのやりとりの部分です。ご家族の話しかけ方の工夫、伝えたいことを絵や文字で補う方法、外出先での注文や電話の場面など、暮らしの中で言葉を使う機会をどう設計するかを、ご本人・ご家族と一緒に確認していきます。装置の有無にかかわらず、生活の場面が変わらなければ会話の機会も増えにくい、という前提を大切にしています。
失語症に対する非侵襲的脳刺激(tDCS・rTMS)は、言語訓練に足す方法として研究が進んでいる段階です。tDCSでは、絵の呼称のような限られた課題で差が出る一方、実生活に近いコミュニケーションの指標では差が確認されていません。rTMSでは多くの研究をまとめると検査上の言語成績が良い方向の結果が出ていますが、研究間のばらつきや対象者の偏り、出版バイアスの可能性といった弱点があり、確定的とは言えません。安全性は報告されている範囲では大きな問題は多くないものの、報告そのものが不十分です。現時点では「言語訓練を土台に据えたうえで、主治医と相談しながら選択肢のひとつとして検討するもの」と位置づけるのが正直なところだと考えています。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、診断・治療・医療行為を推奨するものではありません。tDCS・rTMSは医師の管理のもとで実施される医療行為であり、適応の可否は個別に判断されます。実施を検討される場合は必ず主治医へご相談ください。研究知見は執筆時点の情報であり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
