東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
「腰痛には運動がいいと言われたけれど、どんな運動を、週に何回、何分くらい、どのくらいの期間続ければいいの?」。これは外来やリハビリの現場でとてもよく聞かれる質問です。運動の内容を決める枠組みとして、頻度(Frequency)・強度(Intensity)・時間(Time)・種類(Type)の頭文字をとった「FITT原則」という言葉があります。結論から先にお伝えします。3か月以上続く非特異的な慢性腰痛(原因がひとつの病気に特定できないタイプ)では、運動を行うと痛みがやわらぐことが複数の研究で報告されています2,6。ただし効果の大きさは小〜中程度で、全員に同じように当てはまるわけではありません2,6。そして「どの種類の運動が一番か」「週何回・何分・何週が最適か」は、まだはっきり決まっていません1,3,4。この記事では、研究で分かっていることと分かっていないことを、できるだけ正直に整理します。
FITT原則は、運動の「量」を4つの要素に分けて考える枠組みです。頻度(Frequency=週に何回行うか)、強度(Intensity=どのくらいきつい負荷か)、時間(Time=1回あたり何分・全体で何週続けるか)、種類(Type=どんな運動か。筋力トレーニング、体幹の安定化運動、ピラティス、ヨガ、ウォーキングなどの有酸素運動、太極拳のようなゆっくりした運動など)です。もともとは運動生理学の用語で、腰痛のリハビリでも「運動処方」を組み立てるときの目安として使われます。
この記事で扱うのは、3か月以上続く「非特異的慢性腰痛」です。骨折・感染・がん・神経を強く圧迫している状態など、特定の病気による腰痛は対象になりません。まず整形外科などで、そうした病気が隠れていないかを確認したうえで、運動療法が検討されます。運動が続けにくい方に向けた工夫は腰痛の運動を続けるための工夫について解説した記事で、コルセット(腰部装具)との関係は慢性腰痛のコルセット(腰部装具)について解説した記事で整理しています。
まず「運動をするかしないか」という大きな比較では、運動が痛みをやわらげるという方向で、比較的多くの研究がまとまっています。
慢性腰痛に対する運動療法を調べた249件のランダム化比較試験(くじ引きのように群分けして比べる研究)をまとめた大規模なレビューです。何もしない・通常のケア・偽の治療と比べると、運動を行った群で痛みが0〜100点換算で平均15.2点小さく(95%信頼区間 −18.3〜−12.2)、これは臨床的に意味のある差とされました。腰の機能の困りごとについては平均6.8点小さく(−8.3〜−5.3)でしたが、こちらは「意味のある差」の目安には届きませんでした。エビデンスの確実性は中程度です。ほかの保存的治療(手技療法など)と比べた差は小さく、全体としては臨床的に意味のある差とは言えませんでした。運動は指導・教育だけの場合や電気治療よりは有効でしたが、手技療法とは差がありませんでした。有害事象は主に軽いもの(筋肉痛など)でした2。
世界保健機関(WHO)のガイドライン作成のために、偏り(バイアス)のリスクが低い・不明の13試験(合計1,362人)にしぼって解析したレビューです。運動の種類をまとめて統合すると、何もしない場合と比べて、運動は痛みを小さくし(標準化平均差 −0.33、95%信頼区間 −0.58〜−0.08)、機能の困りごとも小さくしました(−0.31、−0.57〜−0.05)。いずれも確実性は中程度です。個々の運動の種類ごとの解析は確実性が「非常に低い」でした。混合的な運動やヨガでは、一時的に軽い痛みが増えることがあると報告されています6。
筋力トレーニング(レジスタンストレーニング)にしぼった10試験・434人の解析では、痛み(標準化平均差 −1.15)、生活の質(0.82)、機能の困りごと(−2.76)で運動群に有利な差がみられましたが、臨床的に意味のある差に届いたのは痛みだけでした。確実性は中程度です7。
まとめると、運動は慢性腰痛の痛みをやわらげる方向ではたらくと考えられますが、効果は小〜中程度で、機能面の変化はさらに小さいことが多いです。数値は集団の平均であり、個人の結果を保証するものではありません。
では、FITTのそれぞれの要素について、研究は何を示しているのでしょうか。
研究の質にはいくつか共通した限界があります。運動の研究では、参加者や指導者に「どちらの群か」を伏せる盲検化ができないため、多くの試験で偏りのリスクが残ります2,3。研究ごとに対象者(痛みの期間、心理社会的な要因、年齢)や運動の内容が大きく異なり、結果のばらつき(異質性)も大きいです2,5。FITTの各要素を1つだけ変えて比べた研究は限られ、ネットワークメタアナリシスは間接的な比較を含むため、順位づけは「確率的な目安」であって「明確な優劣」ではありません1,5。
1. どの人にどの運動が最も合うのか。痛みの出方、体力、併存する不安や気分の落ち込み、生活背景によって向き不向きは変わりますが、条件を分けた十分な比較がまだありません3,6。
2. 最適な強度。研究数が少なく、測り方も統一されておらず、どのくらいの負荷がよいのかは分かっていません5。
3. 頻度・時間・期間の「正解」。週3回以上・16週以上が目安として挙がるものの、信頼区間が重なり、明確な最適値は定まっていません1,5。
4. 効果がどのくらい続くか。長期の追跡は限られ、運動をやめた後の変化は十分に分かっていません2。
5. 一時的な痛みの増加。混合的な運動やヨガでは、始めた時期に軽い痛みが増えることがあると報告されており、どんな人で起こりやすいかははっきりしていません6,8。
2026年のFITT原則のレビューは、こうした限界をふまえて「確実性が低く、臨床的に意味のある差も乏しいため、運動処方は単一のFITT要素にこだわるより、本人の好み・実行しやすさ・長く続けられるかを優先すべき」と結論づけています1。研究全体では前向きな傾向がある一方、対象者や介入内容が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
・運動を続けた場合の長期の機能(高頻度プログラムでやや有利)1
・生活の質・気分(有酸素運動や筋力運動で報告あり)3,7
・ほかの保存的治療(手技療法など)に対する上乗せ効果2
・機能の困りごとの大きな改善(変化は小さめのことが多い)2,6
・最適な強度・頻度・時間の「正解」1,5
研究の傾向からは、原因が特定の病気に絞れない慢性腰痛で、痛みのために活動を控えている方に、運動療法が幅広く検討されます。種類は「自分が続けられそうなもの」を軸に選ぶのが、複数の研究の示唆と合っています1,3。慢性腰痛に加えて、腰部脊柱管狭窄症などが疑われる場合の運動の考え方は腰部脊柱管狭窄症の保存療法と運動療法について解説した記事で扱っています。
・安静にしていても強い痛みがある、夜間に痛みで目が覚める、体重が減ってきた、発熱がある
・骨粗鬆症や圧迫骨折の既往があり、前かがみや強い負荷が心配
・がんの治療歴がある、ステロイドを長く使っている
・転倒やけがのあとに急に腰痛が出た
こうした「危険信号(レッドフラッグ)」がある場合は、まず医療機関での評価が優先されます。問題がないことを確認したうえで、運動の種類・量を担当の専門職と相談しながら決めていきます。
当施設のような訪問リハビリでは、腰痛のある方の運動を「どうすれば生活の中で続けられるか」を中心に一緒に考えます。研究でも、細かい頻度や種類の設定より、続けられること・本人の好みが重視されていました1。そのため、道具がいらない体幹の運動や短時間のウォーキングなど、生活動線の中に無理なく置ける形から始め、翌日の痛みの残り方を目安に少しずつ量を増やしていきます。脳卒中などのあとに歩く量が増えて腰やお尻に痛みが出た方には、姿勢や動き方の確認と整形外科へのつなぎ方も一緒に相談します。「痛みをゼロにする」ことより、「痛みと付き合いながら、やりたい活動を減らさない」ことを目標に据えています。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
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