東京都立大学大学院 博士後期課程 在籍
初台リハビリテーション病院にて脳卒中リハに従事のち独立
転倒予防というと、筋力トレーニングやバランス練習を思い浮かべる方が多いと思います。ただ、転倒予防にはもうひとつ、あまり知られていない側面があります。それが「転ぶのが怖い」という心理面です。この気持ちが強くなると、外出や家事を控えるようになり、かえって体を動かす機会が減っていく、という悪循環が起こることがあります。
この記事では、運動そのものではなく、この「転倒への恐怖心(転倒恐怖感)」と、それに伴う活動の控えかたに焦点を当て、認知行動療法(CBT)という心理・行動面からのアプローチについて、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを整理します。
・恐怖心が強いと活動を控えるようになり、体力低下や社会的な孤立につながる悪循環が指摘されています3,8
・認知行動療法(CBT)ベースの介入は、転倒恐怖感そのものを小さくする方向に一定の効果が報告されています(コクランレビューでSMD −0.23〜−0.28)1
・一方で、転倒の回数そのものや身体機能への効果ははっきりせず、費用対効果も示されていません1,2
・運動と組み合わせた場合に、バランスなど身体面の指標にも変化がみられたとする報告があります3,4
「転倒恐怖感(fear of falling)」とは、文字どおり「転ぶのではないか」という不安や心配のことです。研究の世界では、転倒に対する自信の低さや、日常の動作を「安全にできる」と思える度合いの低下として測定されることが多く、実際に転んだ経験がない方にも生じることが知られています6。
一度転んだ経験がある方はもちろん、周囲で転倒を見聞きした方、体力の衰えを感じ始めた方にも起こりえます。厄介なのは、この恐怖心が強くなると、「危ないから外に出ない」「危ないから家事を人に任せる」というように活動そのものを控えるようになりやすい点です。動かない時間が増えると筋力や体力が落ち、結果として転倒のリスクがかえって高まる、という悪循環が生まれることがあります。

生活のなかで動く機会が減り、体力そのものが少しずつ落ちていく変化については、高齢者のフレイル(虚弱)と運動療法について解説した記事でも取り上げています。この悪循環を、運動だけでなく「考え方」や「行動」の面から断ち切ろうとするのが、この記事で扱う認知行動療法(CBT)ベースのアプローチです。
認知行動療法(CBT)は、もともとうつや不安の治療で発展してきた心理療法で、「考え方のクセ(認知)」と「避ける行動(回避行動)」の両方に働きかけるのが特徴です。転倒予防の分野では、「転んだらどうしよう」という考えに気づき、避けていた活動に少しずつ、段階的に取り組み直していく形で応用されます。
地域で生活する高齢者を対象とした12件の研究(2,357名)をまとめたコクランレビューでは、CBT(運動と組み合わせた場合を含む)が、通常のケアと比べて転倒恐怖感を小さくする方向に働くことが示されました1。
SMD(標準化平均差)は、0.2前後で「小さめ」の効果とされる単位です。つまり、転倒恐怖感というスコア自体は小さめ〜中くらいの範囲で軽くなる方向に動く一方、転倒の発生回数そのものへの効果ははっきりしない、というのが現時点での正直な整理です。同じレビューでは、気分の落ち込み(うつ)の指標もあわせて改善する傾向が報告されています(SMD −0.41)1。
英国で415名を対象に行われたSTRIDE研究では、医療補助者が週1回・8週間にわたりCBTベースの介入を行い、6か月時点で1回の補強セッションを追加しました2。
より新しいアンブレラレビュー(複数のレビューをまとめて評価した研究、2024年、レビュー18件)では、運動療法とCBTを組み合わせた場合が、どちらか単独より効果的とされ、CBTの効果は6か月未満でもっとも大きく現れ、その後12か月ごろまである程度保たれると報告されています3。また2026年に発表されたメタアナリシス(17件・4,095名)では、運動と組み合わせたCBTで転倒恐怖感(SMD −0.25)とバランス能力(SMD 0.79)に有意な改善がみられた一方、転倒に対する認識や身体機能そのものへの効果は明確ではありませんでした4。これより前に発表された2018年・2019年のシステマティックレビューでも、方向性としては同様に、CBTベースの介入が転倒恐怖感を軽くする可能性が報告されています5,6。
ここまでの研究を整理すると、CBTベースのアプローチで動きやすい部分と、動きにくい部分がはっきり分かれてきます。
・不安から活動を避ける程度(活動回避)1
・気分の落ち込みの指標1,2
・運動と組み合わせた場合のバランス能力4
・けがなど転倒による実害2
・身体機能そのもの(歩行速度など)や、転倒についての認識の深さ4
・費用対効果2
つまり、「怖さが減って、動ける範囲が広がる」ところまでは研究で支持されつつありますが、「だから転ばなくなる」とまでは、現時点の研究では言い切れません。この点は、患者さんやご家族に正直にお伝えしておきたい部分です。
・地域で生活しており、対話や振り返りを伴うプログラムに自分の意思で参加できる
・体力面の運動だけでなく、気持ちの面からもアプローチしたいと感じている
・対面での通院・訪問が難しい場合は、オンラインで行う自己学習型のCBTプログラムが選択肢として検討されることもあります7
・認知機能の低下があり、プログラムの内容理解や振り返りが難しい
・転倒リスクそのものが医学的に高く、心理面より先に医療的な評価・対応が優先される状態
・視力や聴力の低下でグループ形式の参加が難しい場合は、個別形式など進め方の調整が必要
これらに当てはまる場合は、自己判断でプログラムへの参加を決めず、必ず主治医・リハビリ専門職と一緒に進め方を検討してください。
運動によるアプローチとの関係については、バランス訓練とふらつき・転倒不安について解説した記事もあわせてご覧ください。心理面と運動面、どちらか一方だけでなく、その方の状態に合わせて組み合わせを考えることが多いです。
「最適な回数・期間はこれ」と言い切れるほどの確立した基準はまだありませんが、研究から見えてくる目安はあります。
共通しているのは、いきなり高い負荷をかけるのではなく、小さな成功体験を積み重ねながら、避けていた活動へ段階的に戻していくという進め方です。回数や期間は、その方の不安の強さや生活状況によって個別に調整されます。
転倒予防に対するCBTベースの介入は、コクランレビューを含む複数のシステマティックレビューで取り上げられていますが、正直にお伝えすべき限界もいくつかあります。
・研究ごとに使われる評価尺度が異なり、研究間の結果のばらつき(異質性)が大きいことも確実性を下げる要因です1。
・2024年のアンブレラレビューでは、含まれた18件のレビューのうち、質が高いと評価されたのはわずか1件で、大半が「質が低い」「非常に質が低い」と評価されています3。
・2026年のメタアナリシスでは、それぞれのアウトカムに含まれる研究数が3〜5件程度と少なく、対象もおおむね先進国に限られています4。
・大規模なSTRIDE研究では、転倒恐怖感の指標は改善した一方、費用に見合う効果があるとは示されませんでした2。
研究全体では一定の傾向が示されていますが、対象者の年齢層、不安の強さ、介入の形式(個別・グループ・オンライン)が研究ごとに異なるため、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。効果を保証するものではない、という前提で読んでいただくのが適切です。
・CBT単独と、運動と組み合わせた場合の使い分けについて、明確な基準はまだありません3,4。
・効果が1年を超えて続くかどうかを検証した研究はまだ限られています3。
・国内、とくに訪問リハビリという形での実施方法や効果については、まだ十分な検証が進んでいません。新しいレビューも継続して報告されており、今後さらに知見が積み重なっていく分野です8。
現在の研究でも、どのような方に最も合うのか、どのくらいの頻度・期間・形式がよいのかは十分に分かっていません。今後は、不安の強さや生活環境、身体状況をふまえた検討が必要です。

転倒への恐怖心を「気持ちの問題」と片づけず、実際の転倒歴、めまい、服薬、視力、履物、住環境、認知機能を確認します。活動を再開するときは、手すりや見守りなどの安全条件を整え、本人が選んだ小さな課題から段階的に進めます。急なふらつき、意識消失、麻痺や言葉の出にくさ、強い痛みを伴う場合は、活動練習より先に医療機関へ相談してください。
転倒予防には、筋力やバランスといった運動面だけでなく、「転ぶのが怖い」という心理面へのアプローチも研究の対象になっています。認知行動療法(CBT)ベースの介入は、転倒への恐怖心や活動を控える程度を小さくする方向に一定の効果が報告されている一方、転倒の回数そのものや身体機能への効果ははっきりせず、費用対効果も示されていません。研究の質にも限界があり、効果を保証できるものではありません。大切なのは、心理面と運動面のどちらか一方に偏らず、その方の不安の強さや生活状況に合わせて、無理のない範囲で活動を取り戻していく道筋を一緒に考えることです。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。転倒への不安や活動制限への対応方法は、年齢、体力、既往症、認知機能、生活環境などにより適切な方法が異なります。実施前には担当医師やリハビリ専門職へご相談ください。強い抑うつ症状や不安がある場合は、まず医療機関にご相談ください。研究データは執筆時点(2026年8月)のものであり、今後変わる可能性があります。
作業療法士(国家資格)/認定作業療法士:登録番号2836(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士後期課程 在籍
・2021年:大手自費リハビリ会社に転職後、2024年にフリーランスとして独立
・2025年:株式会社Journey Rehab設立。千葉県/東京都23区を中心に訪問型の自費リハビリを提供中
・第34回日本保健科学学会(2024)ポスター発表
2. Parry SW, Bamford C, Deary V, et al. Cognitive-behavioural therapy-based intervention to reduce fear of falling in older people: therapy development and randomised controlled trial - the Strategies for Increasing Independence, Confidence and Energy (STRIDE) study. Health Technol Assess. 2016. DOI:10.3310/hta20560. PMID:27480813. PMCID:PMC4983706.
3. Sheng Y, Wang C, Wang Y, Pan L, Zhang M, Liu D, Gao W. An umbrella review of physical-activity therapy and cognitive behavioral therapy in reducing fear of falling among community-dwelling older adults: insights on intervention intensity and duration. Front Public Health. 2024. DOI:10.3389/fpubh.2024.1498451. PMID:39830186. PMCID:PMC11738953.
4. Saragih ID, Suarilah I, Ko HK, Wangi K, Lee BO. Effects of Cognitive Behavioral Therapy on Fall Prevention for Older Adults: A Meta-Analysis. Worldviews Evid Based Nurs. 2026. DOI:10.1111/wvn.70161. PMID:42427163. PMCID:PMC13351814.
5. Chua CHM, Jiang Y, Lim DS, Wu VX, Wang W. Effectiveness of cognitive behaviour therapy-based multicomponent interventions on fear of falling among community-dwelling older adults: A systematic review and meta-analysis. J Adv Nurs. 2019. DOI:10.1111/jan.14150. PMID:31287182.
6. Liu TW, Ng GYF, Chung RCK, Ng SSM. Cognitive behavioural therapy for fear of falling and balance among older people: a systematic review and meta-analysis. Age Ageing. 2018. DOI:10.1093/ageing/afy010. PMID:29471428.
7. Lim ML, Tran M, van Schooten KS, Radford KA, O'Dea B, Baldwin P, Delbaere K. A Self-Guided Online Cognitive Behavioural Therapy to Reduce Fear of Falling in Older People: a Randomised Controlled Trial. Int J Behav Med. 2023. DOI:10.1007/s12529-022-10105-6. PMID:35655058.
8. Oliveira ARC, Magueja CMP, de Almeida AMG. Actions to control the fear of falling in older people: An umbrella review. Arch Gerontol Geriatr. 2026. DOI:10.1016/j.archger.2025.106087. PMID:41289647.
