
この記事の結論
「頭に磁気を当てる治療で、歩けるようになるの?」「手の麻痺の治療と聞いたけれど、脚にも使えるの?」。rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)について、こうした疑問を持つ方もいるでしょう。
rTMSは手や腕の麻痺への研究が多い方法ですが、近年は脚の麻痺や歩行、バランスを目的にした研究も増えています。この記事では、脚と歩くことに絞って、複数の研究をまとめたメタ分析をもとに、分かっていることと分かっていないことを整理します。
目次
脚の麻痺に対するrTMSとは?
rTMS(反復経頭蓋磁気刺激:repetitive Transcranial Magnetic Stimulation)とは、頭の表面に当てたコイルから磁気を繰り返し流し、その下にある脳の神経細胞の働きを強めたり弱めたりする方法です1。手術や麻酔は必要なく、刺激の間は座ったまま受けます。
脳卒中のあとは、損傷した側の脳の働きが弱まり、反対側(損傷していない側)の脳の働きが相対的に強まって、損傷した側を抑え込むという仮説があります。すべての方に一律に当てはまる仕組みではありません1,3。そこで、損傷した側を「高頻度の刺激(1Hzより速い刺激。研究では5〜20Hzが多い)」で活発にする方法と、損傷していない側を「低頻度の刺激(1Hz以下)」で落ち着かせる方法が研究されてきました1,2。より短時間で行える「シータバースト刺激(TBS)」という方法もあります3。
rTMSの仕組みや、手・腕を中心とした研究については、脳卒中後のrTMS(反復経頭蓋磁気刺激)について解説した記事で紹介しています。この記事では「脚と歩くこと」に絞って整理します。

研究では何が分かっている?
結論から言うと、rTMSをリハビリに組み合わせると、脚の運動機能やバランスでは良い結果が報告されています。ただし、歩く速さについては研究によって結果が分かれています1,2,3。
脚の麻痺がある脳卒中後の方を対象に、rTMSと偽の刺激(音や感覚は似ているが、脳に届く刺激がない方法)を比べた18件のランダム化比較試験(計690人、1試験6〜80人)をまとめた研究です2。刺激は1〜5週間で計5〜21回でした2。
脚の運動機能(16件・643人)では標準化平均差0.45(95%信頼区間0.25〜0.65)、バランス(8件・512人)では0.72(0.35〜1.09)と、偽の刺激より良い結果でした2。一方、歩く速さ(7件・130人)は0.28(−0.21〜0.78)で、全体としてははっきりした差がありませんでした。損傷していない側の運動野を刺激した2件に限ると、歩く速さでも良い結果でした2。
急性期・回復期・生活期の脳卒中の方を対象に、rTMSとリハビリを組み合わせた群と、リハビリ(または偽の刺激)だけの群を比べた49件のランダム化比較試験をまとめた研究です1。
脚の運動機能(Fugl-Meyer評価 下肢項目〔FMA-LE〕、34点満点)は平均3.97点(95%信頼区間3.20〜4.74)高く、バランスや歩く速さでも良い結果でした1。脚の運動機能とバランスでは、発症から1〜6か月ほどの回復期の方で、より大きな差がみられています1。ただし、含まれた研究の多くは中国で行われたもので、参加者と担当者の両方に割り付けを伏せていた研究は49件中12件でした1。
短時間で行えるシータバースト刺激(TBS)の8件(290人)を収集し、うち7件(230人)を統合した研究では、iTBSと呼ばれる方法でバランスの評価(Berg Balance Scale、56点満点)が平均4.57点高い結果でした3。
一方、脚の運動機能、10m歩行の速さ、立ち上がって歩く速さ(TUG)、日常生活動作には、はっきりした差はみられませんでした3。バランスで良い結果が出たのは、主に小脳(バランスに関わる脳の部位)を刺激した研究でした3。
小脳への刺激については、脳卒中後の小脳刺激とバランス・歩行について解説した記事で詳しく紹介しています。
rTMSは、刺激だけで歩けるようになる方法ではありません。研究のほとんどは、刺激と同じ時期に歩行練習やバランス練習などのリハビリを行っています1,2。また、すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。
エビデンスの質と限界・まだ分かっていないことは?
偽の刺激と比べた18件のうち、偏りのリスクが低いと判断されたのは9件で、8件は「いくつか懸念あり」、1件は「高い」でした2。研究の多くは数十人規模と小さく、刺激する場所(運動野、前頭部、小脳など)、強さ、回数が研究ごとに大きく異なります1,2。
49件のメタ分析では、比べる相手が偽の刺激ではない研究も含まれ、割り付けを伏せていた研究が少ないことから、良い結果が大きめに出ている可能性があります1。研究の多くが同じ地域で行われているため、ほかの国や医療環境にそのまま当てはまるとは限りません1。
何が変わりやすく、何は変わりにくい?
研究をまとめると、「脚の運動機能」と「バランス」では良い結果が報告されやすく、「歩く速さ」や「日常生活動作」でははっきりしないことが多い、という傾向です1,2,3。
どんな人に向いていて、どんな人は注意が必要?
研究の対象は、脚の麻痺がある脳梗塞・脳出血の方で、刺激を受けながらリハビリを続けられる方が中心でした1,2。実施できる医療機関は限られており、受けられるかどうかは医師の判断になります。
・発症から数週間〜数か月の時期の方(回復期でより大きな差の報告)1
・頭の中に金属がある方や、ペースメーカーなどの機器を使っている方
・刺激のあとにふらつきや頭痛が出た方(強さの調整が必要な場合がある)2
このレビューの対象研究では重い副作用は報告されていませんが、小規模な研究が中心で安全性を保証するものではありません。軽いめまいや頭痛、刺激した場所の不快感、筋肉のぴくつきなどが報告されています2。
どのくらいの回数・期間で行う?
研究では「1〜5週間に、合計5〜21回程度」が多く、1回あたりのパルス数(刺激の数)は600〜1,600発でした2。最適な量は、まだはっきりしていません。以下は研究条件であり、ご自身で刺激機器を使用・設定する手順ではありません。
刺激の前後に行う練習の中身も大切です。歩く練習の強さや量の考え方は、脳卒中後の高強度歩行トレーニングについて解説した記事で紹介しています。

作業療法士の視点
rTMSは、脚の運動機能やバランスについては良い結果が報告されている一方で、歩く速さや生活の場面での変化は、まだはっきりしていません1,2,3。研究の多くが小規模で方法もさまざまなため、「誰にでも勧められる治療」とまでは言えないのが現状です。
rTMSを受ける場合も受けない場合も、歩く力を支える土台は日々の練習です。刺激で動かしやすくなった時期を、歩行やバランスの練習にどうつなげるかを、主治医や担当のリハビリ専門職と相談しながら決めていくことが大切だと考えています。

まとめ
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為・診断・治療を推奨するものではありません。rTMSなどの治療を受けるかどうかは、必ず主治医にご相談ください。運動や練習を始める前、また内容を変える前には、担当の医師・リハビリ専門職にご相談ください。紹介した研究データは執筆時点(2026年10月)のもので、今後の研究により変わる可能性があります。
よくある質問
Q. rTMSで脳卒中後に歩けるようになりますか?
A. rTMSだけで脳卒中後に歩けるようになると保証できる研究結果は、今のところありません。研究では、リハビリと組み合わせて脚の運動機能やバランスで良い結果が報告されていますが、歩く速さははっきりしていません2。
Q. rTMSは脚の麻痺にも使えるのですか?
A. 手や腕だけでなく、脚の麻痺や歩行・バランスを目的にしたrTMSの研究も多く行われています1,2。脚の運動野や、損傷していない側の脳、小脳などを刺激する方法が試されていますが、最適な方法はまだ決まっていません。
Q. 何回くらい受ける必要がありますか?
A. 研究では1〜5週間に合計5〜21回程度が多く、バランスでは10回以上のサブグループで良い結果がみられました2。ただし最適な回数は分かっておらず、医療機関の方針によって異なります。
Q. rTMSに副作用はありますか?
A. このレビューの対象研究では重い副作用は報告されていませんが、安全性を保証するものではありません。軽いめまいや頭痛、刺激した場所の不快感などが報告されています2。てんかん発作を起こしたことがある方などは受けられない場合があるため、医師に相談してください。
Q. 発症から時間がたっていても意味はありますか?
A. 生活期の方でもバランスなどで良い結果を示した研究はありますが、脚の運動機能やバランスでより大きな差がみられたのは回復期の方でした1。生活期の方を対象にした研究はまだ少なく、結果ははっきりしていません。
Q. rTMSと歩行練習はどちらが大切ですか?
A. 研究のほとんどは、rTMSを歩行やバランスの練習と組み合わせて行っています1,2。rTMSは練習の代わりではなく、練習を後押しする方法の一つとして考えられています。