
結論:軽度認知障害(MCI)のある人では、パソコンやタブレットを使う認知トレーニングによって、記憶などの検査成績が改善する可能性があります。ただし、生活の自立が高まることや、認知症の発症を防ぐことまで確立したわけではありません。本人が続けたい生活を中心に、負担と楽しさを確かめながら検討します。
「物忘れが気になり、脳トレアプリを始めた方がよいのか迷う」「家族に勧められたけれど、点数が低いと落ち込む」。MCIと説明された後には、何か取り組みたい気持ちと、続けられるかという不安が同時に生まれることがあります。
この記事では、MCIを対象としたコンピュータ認知トレーニングの研究を整理します。既存のMCIと運動に関する記事とは分けて、画面上の練習に期待できること、家庭での使い方、得点だけで判断しない視点を扱います。
- MCIの認知トレーニングで改善がみられた指標と研究の限界
- アプリの得点と、予定・買い物など生活の変化を分ける考え方
- 本人の希望に合わせた試し方、家族の支援、中止・受診の目安
MCIと認知トレーニングの基本
物忘れがあることと、MCIの診断は同じではない
MCIは、同年代に比べ記憶や考える力の低下がある一方、日常生活の自立はおおむね保たれている状態です。認知症に進む人もいますが、全員が進むわけではありません。状態が安定する人や改善する人もいます。アプリの点数や物忘れの回数だけでは診断できません。1
認知機能の変化には、病気だけでなく薬の影響、気分の落ち込み、体調などが関係することもあります。「脳を鍛えればよい」と自己判断する前に、かかりつけ医などで原因を確かめます。困っている場面と、いつ頃から変わったかを伝えることが診察の助けになります。1
研究のCCTは、目的を決めて繰り返す練習
コンピュータ認知トレーニング(CCT)は、記憶、注意、一時的に情報を覚えて使う力などを狙い、画面上の課題を繰り返す方法です。例えば、図形の位置を覚える、提示された情報を順番どおりに扱う、といった課題があります。研究では内容や難しさ、実施期間、支援方法が定められています。2,3
市販の「脳トレ」は内容がさまざまで、すべてが研究と同じ方法ではありません。読書、会話、趣味も大切な活動ですが、それらを行えば特定のCCTと同じ効果が得られるとは言えません。研究対象がMCIなのか、健康な高齢者や認知症の人なのかも確かめる必要があります。
WHOの位置づけは「選択肢として検討する」
WHOの2026年版ガイドラインは、正常な認知機能またはMCIのある高齢者に認知トレーニングを提供してもよい、としています。ただし推奨は「条件付き」、根拠の確実性は「低」です。全員が必ず行うべき課題や、予防効果を保証する方法という位置づけではありません。4

研究から分かること:記憶の検査への効果
2019年のレビュー:小さな改善がみられた領域
Zhangらのシステマティックレビューは、55歳以上のMCIを対象とした18件のランダム化比較試験、計690人を検討しました。対照群に比べ、全般的な認知機能、記憶、作業記憶の検査に改善がみられました。全般的な認知機能の効果量は0.23(95%信頼区間0.03~0.44)で、小さな差でした。2
一方、計画や切り替えなどに関わる実行機能は、効果量0.20(95%信頼区間−0.03~0.43)で、明確な群間差とは言えませんでした。効果量0.23は「23%回復した」という意味ではなく、異なる検査を共通の尺度で比べた集団の平均差です。2
2024年のレビュー:記憶の種類によって評価する
Chanらの更新レビューでは、MCIの28研究・1,489人を、認知症の参加者とは分けて解析しました。言葉による記憶、視覚的な記憶、作業記憶に改善がみられ、言葉による記憶の標準化平均差は0.55(95%信頼区間0.35~0.74)でした。研究間のばらつきがあり、MCIの結果の確実性は中等度と評価されています。3
専門職の見守りがある研究で大きな効果がみられた領域もありますが、見守りの有無だけを無作為に比較した結論ではありません。参加者、課題、練習量などの違いもあり、「必ず通所すべき」「家族が横についていれば効果が増える」とは言えません。二つのレビューには重なる試験があり、人数を単純に足して扱うこともできません。2,3
結果を読むときは「何と比べたか」を見る
通常の生活を続けた群と比べる場合と、別のパソコン活動や紙の課題を行った群と比べる場合では、差の意味が変わります。練習そのものの効果に、他者と関わる時間や新しい活動への期待が加わる可能性があるためです。アプリの広告を見るときも、対象者、比較相手、評価した能力を確認しましょう。2,3
研究の限界:長期効果と認知症予防は分かる?
検査の改善と、生活の改善・認知症予防は別の結果
研究の中心は、練習後の認知機能検査です。そこでの改善を、そのまま「薬を間違えなくなる」「一人で買い物ができる」「将来の認知症を防げる」に置き換えることはできません。効果が長く続くか、生活全体に広がるかを調べたデータは十分ではありません。2,4
2019年レビューでは、小規模な試験、参加者や評価法の違い、途中でやめた人を十分に含めない解析などが限界でした。2024年レビューでも課題や頻度の違い、バイアスのある試験が含まれます。うまく続いた研究の平均値を、どの人にも同じように当てはめないことが大切です。2,3
SMART試験からも「組み合わせれば必ず上乗せ」とは言えない
SMART試験は、MCIの100人を筋力トレーニング、CCT、両者の組み合わせ、模擬的な活動を使う4群に分けた研究です。2020年の報告は、そのうちMRIを受けた84人からの解析で、18か月時点のMRIは74人でした。18か月時点では、筋力トレーニングと模擬認知活動の群で、両方とも模擬活動だった対照群より認知機能の成績が良好でした。CCT単独や併用の群では、その対照群に対する同様の差は示されませんでした。5
これは特定の訓練と少人数の画像解析を含む結果で、CCTが無意味、併用が有害、筋力トレーニングがすべての人に優れると断定する材料ではありません。負担の大きいメニューを重ねる根拠にもなりません。運動を行う場合の種類や強さは、持病や転倒リスクを踏まえて別に相談します。5
生活につなげる具体例
予定を忘れる:覚える練習と、思い出す手がかりを分ける
画面で単語を覚えることと、翌日の通院を思い出すことは同じ課題ではありません。通院なら、予定を一つのカレンダーにまとめ、確認する場所とタイミングを決める方法を考えます。通知が多くて混乱する場合は紙の予定表を使うなど、本人が理解しやすい形を選びます。
「メモに頼ると頭を使わなくなる」と決めつける必要はありません。補助を使って大切な予定を守ることにも意味があります。記録するだけで終わらず、予定表を見つけられるか、内容を読めるか、出かける準備に結びつくかまで確かめます。これは生活を支える工夫で、CCTの研究で効果が証明された手順そのものではありません。
買い物:練習の難しさを日常に持ち込まない
買い物では、必要な物を少数に絞り、売り場に沿ってリストを並べる工夫が考えられます。最初から「覚えているか試す」ためにリストを隠したり、会計を急がせたりしません。迷う工程が商品の選択、場所の移動、支払いのどこかによって、必要な支援は変わります。
薬の管理や金銭の扱いなど、間違いの影響が大きいことは、脳トレの得点が上がっただけで一人に任せる範囲を広げないでください。実際の場面での確認と、医師・薬剤師やリハビリ専門職への相談を優先します。安全の確認を兼ねた練習は、本人の同意を得て進めます。

作業療法士の視点と家族の関わり
作業療法士は「何を続けたいか」から目標を整理する
作業療法では、認知機能の検査だけでなく、本人の役割、習慣、道具、周囲の環境を合わせて考えます。「点数を上げる」より、「友人との約束を確認して参加したい」「料理の準備に関わりたい」といった具体的な希望から、困りごとを整理する視点です。
同じ課題でつまずいていても、説明が聞き取りにくい、文字が小さい、操作に慣れていない、疲れているなど、理由は異なります。これらを認知機能の低下だけで説明しないようにします。画面を拡大する、説明を一度に一つにする、姿勢を整えるなど、課題以外の負担も確認します。
Journey Rehabへの相談でも、主治医の説明や注意点を共有し、生活で困る場面と本人の希望を整理することが出発点になります。特定のアプリの効果や認知症予防を保証するものではありません。訪問での支援のご案内はJourney Rehabのホームページをご覧ください。
家族は採点係にならず、選択を支える
毎回の得点を比べたり、間違いを繰り返し指摘したりすると、本人にとって活動が試験のように感じられることがあります。「今日は取り組みたいか」「困ったところを一緒に見ようか」と確認し、休む・やめる選択も尊重します。家族が訓練を管理する義務はありません。
画面の課題が好みに合わない場合は、本人が楽しめる活動や交流について相談できます。趣味や役割の考え方は高齢者の意味ある活動と社会参加の記事も参考になります。参加できたことや気分、負担を見ながら選び、これらをCCTと同一の治療効果として説明しないようにします。
無理なく試すための手順
まずは使えるか、無理がないかを確かめる
開始前に、医療機関での評価、本人の希望、使う機器、目や耳の状態を確認します。最初は短い試用で操作と疲れを確かめ、時間や難しさを一度に増やさないようにします。「毎日何分すれば予防できる」という確立した用量はありません。研究の実施量を、そのまま家庭のノルマにはしません。4
選ぶ際には、MCIを対象に検証された内容か、日本語の説明を理解できるか、難しさを調整できるかを確かめます。料金、自動更新、個人情報の扱い、困ったときの問い合わせ先も確認してください。高価であることや「脳年齢」という表示だけでは、医学的な有効性は判断できません。
記録するのは得点だけでなく、負担と生活への影響
実施した日、取り組んだ内容、疲れや気分を簡単に記録します。生活の目標については、「予定を確認できたか」「必要な声かけはどの程度か」など、同じ場面で振り返ります。得点が伸びても、睡眠や外出を削って続けているなら、続け方を見直す材料になります。
点数の上下だけで効いた・悪化したと結論づけず、担当者とあらかじめ振り返る機会を決めます。受診時には、アプリの画面だけでなく生活の変化も伝えましょう。続けにくかった理由を記録することも、方法を調整するための情報になります。

安全上の注意・中止と受診の目安
その場で中止・休憩する目安
目の痛み、頭痛、めまい、吐き気、強い疲れ、いらだちや落ち込みが出たら、画面の練習を止めて休みます。症状が強い、繰り返す、休んでも続く場合は医療機関に相談してください。立ちながら、歩きながら、調理の火を使いながらの操作は避け、安定して座れる場所で行います。
本人が嫌がる場合や、失敗を恐れて緊張する場合も、無理に続ける理由にはなりません。点数を取り戻すための長時間練習は控えます。運動を組み合わせている場合、胸痛、息苦しさ、冷汗、失神しそうな感覚があれば運動を中止し、強い症状では救急対応を求めます。
急な混乱を「MCIだから」と見過ごさない
突然、場所や状況が分からなくなる、会話が急に成り立たなくなる、意識がいつもと違う場合は、練習不足として様子を見ず、直ちに医療の助けを求めてください。感染症、薬の影響、脳卒中など、急いで確認すべき原因があります。日本では急な意識の変化や、片側の手足の麻痺、言葉の異常がある場合は119番へ連絡します。6
徐々に物忘れが増える、服薬や支払いの間違いが増える、慣れた場所で迷うなどの変化も、かかりつけ医に相談してください。アプリを続けていることを理由に診察を先延ばしにせず、薬や通院を自己判断で中断しないことが大切です。1
まとめ
MCIへのコンピュータ認知トレーニングには、記憶などの検査成績を改善する可能性があります。ただし、その変化が生活の自立や認知症予防にどこまで結びつくかは未確定です。医療的な評価を受け、本人が続けたい生活を目標に、環境の工夫と負担の調整を組み合わせて考えましょう。得点よりも、無理なく取り組めることと、暮らしでの変化を確認することが大切です。
本記事は一般的な情報提供であり、診断や個別の治療指示ではありません。株式会社Journey Rehabのサービス案内を含みます。研究結果は個人の効果を保証しません。文献確認日:2026年10月4日。
よくある質問
Q.脳トレをすれば認知症を防げますか?
MCIの人の検査成績が改善した研究はありますが、発症予防を保証できる根拠ではありません。医療機関での評価を続け、生活全体を考えながら検討します。2,4
Q.毎日何分取り組むのがよいですか?
最適な種類・頻度・時間は確立していません。研究の時間をそのままノルマにせず、操作、疲れ、目の状態、本人の希望を確認して調整してください。4
Q.無料アプリと有料アプリはどちらがよいですか?
価格だけでは判断できません。MCIでの検証、課題の内容、使いやすさ、料金と更新条件を確認します。この記事は特定の商品を推奨するものではありません。
Q.点数が下がったらMCIが進んだということですか?
一回のアプリの点数では判断できません。操作への慣れや疲れなども影響します。生活上の変化を記録し、気になる低下が続くときは主治医に相談してください。
Q.家族が毎回見守る必要がありますか?
全員に同じ見守りが必要とは言えません。操作や安全面で必要な支援を相談し、本人の希望と家族の負担を確認します。見守りのある研究の結果だけから、家族に訓練の義務を課すことはできません。3
参考文献
- National Institute on Aging. Assessing Cognitive Impairment in Older Patients. 出典を確認する
- Zhang H, Huntley J, Bhome R, et al. Effect of computerised cognitive training on cognitive outcomes in mild cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis. BMJ Open. 2019;9:e027062. PMID: 31427316. DOI: 10.1136/bmjopen-2018-027062. 出典を確認する
- Chan ATC, Ip RTF, Tran JYS, Chan JYC, Tsoi KKF. Computerized cognitive training for memory functions in mild cognitive impairment or dementia: a systematic review and meta-analysis. npj Digital Medicine. 2024;7:1. PMID: 38172429. DOI: 10.1038/s41746-023-00987-5. 出典を確認する
- World Health Organization. Risk reduction of cognitive decline and dementia: WHO guidelines, second edition. 2026. Section 3.1.1 Cognitive activity. 出典を確認する
- Broadhouse KM, Singh MF, Suo C, et al. Hippocampal plasticity underpins long-term cognitive gains from resistance exercise in MCI. Neuroimage Clin. 2020;25:102182. PMID: 31978826. DOI: 10.1016/j.nicl.2020.102182. 出典を確認する
- NHS. Sudden confusion (delirium). Reviewed 28 May 2024. 出典を確認する